True End しんあいなるあなたへ。
今までのお話全話に挿絵を追加しました。
夜の海は、やさしい。
それは誰の涙も見せないから。
シアは、貝殻を砕いた粉で紙を白く染めていた。その傍らで、ウィンが静かに見守っている。
「ほんとに……書くのかい」
「うん。これが、最後の手紙」
海藻の汁で作ったインクが、淡い紫に滲む。その筆跡は震えて、泡のように儚い。
「『――あなたを好きになってしまいました。
でも、わたしは、あなたの想っている“彼女”ではありません。』」
ウィンは目を伏せた。人魚の言葉で「別れ」を書くとき、それは命の一部を削る行為に近い。
「……“だから、もう手紙は書けません。
でも、あなたが笑っていられますように。
それだけを、海の底から祈っています。”」
最後の一文を書き終えると、インクが乾く前に、涙が落ちた。波に溶けて、文字の端がかすむ。
「シア……」
「ねぇウィン。言葉って、こわいね」
「こわい?」
「だって、“好き”って書くと、ほんとに好きになっちゃうの。“さよなら”って書いたら、ほんとにさよならになるの。」
ウィンは小さく頷いた。
「それが“ヒトの書く”ということだよ。文字で書いた言葉は、口で言った言葉より長生きする。書いた瞬間に、君の心が海を越えて残るんだ」
「……それって、きれいだね。」
「きれいで、残酷だ。」
瓶の口を閉じる。
海流が、彼女の想いを攫う。
「さようなら。海の外のひと。
わたし、あなたを忘れる努力をしてみます。」
……その夜、海はひときわ静かだった。
ウィンはそっと彼女の肩に腕を乗せる。
「シア。泣いていいよ。」
「泣いてるよ。」
「見えないけど。」
「海の中だからね。海の中じゃ泣いていても誰も気づいてくれないよ?」
二人は笑った。
けれど、その笑い声は、波に呑まれて消えていった。
遠く、瓶が月を映して漂う。
やがて潮に運ばれ、海の彼方へ。
――いつか、その瓶がまた誰かの手に届くとき、
それはもう、ひとつの祈りのように読まれるだろう。
シアは最後に書き終えた。
まだ文字も知らぬ時分に初めて聞いた言葉を添えて、だけど自分のことばで――
『――“しんあいなるあなたへ。”
ありがとう。
――わたしは、“そこ”にいます。』
まだ続きます。




