Chapter 3 親愛なるあなたへ。
朝の光が海面にきらめき、泡が小さく光の破片となって跳ねる。岩の上に座ったシアは、昨日届いた手紙をそっと胸に抱き、尾鰭で水面を弾いた。泡が星屑のように散るたび、心が小さく跳ねるのを感じる。
「ウィン……また返事を書かなくちゃ」
ウィンは触腕をゆらりと揺らし、柔らかく言った。
「そうだね。君の想いは文字にする価値がある。焦らなくてもいい」
「うん……でも、ちょっと緊張するね」
その時、岩の間から古びた箱が目に入った。触れると、ほこりまみれの箱の中には、色あせた肖像画が一枚。ラベルには「ルフェニ」と書かれてある。優雅な令嬢が、微笑みを湛えてこちらを見つめていた。
「わぁ……きれい……」
シアの瞳は青く輝き、胸が少しドキドキする。
「君みたいに好奇心が強いと、こういう宝物も見つけられるんだね」
ウィンは微笑む。
箱の奥にもう一冊、古びた小説があった。表紙には小さく『ADPh.D. 著 堕胎告知』と書かれている。
「……これって……何?」
シアは首をかしげた。
「本だね。」
「ほん?」
「う〜んと、本は……君が今まさに書いてる手紙をもっとも〜っと長くしたものかな?言葉を文字するための参考に、ちょっと読んでみる?」
ウィンが本を差し出す。
「うん……でも、題名がちょっと怖い感じがする……読めないのに。」
シアがページをめくると、文字が整然と並ぶ。ウィンが声に出して読むと、心にざわめきが広がった。
「ウィン……文字って、すごいね。口で話すのと全然違う」
「文字はね、口で話す言葉より長く残る。波に流されても、誰かの手に届くかもしれない」
「でも……口に出すと、泡と一緒にすぐ消えちゃうもんね」
「そう。だから、文字残すことには価値があるんだ」
「でも……文字にするって、ちょっと怖い気もする」
「確かに一回残すと取り消せないし、怖いと思うかもしれない。でも同時に、強い力もある」
「強い?」
「君の心を相手の手に届けられるんだ。口じゃ届かない想いも、文字なら伝わることがある。メッセージボトルがまさにそうだろう?君たち二人は会えないけど……口では言葉を交わせないけど、文字でお話してるだろう?」
シアは頬を赤くし、手紙を握りしめる。
「うん……わたしも、文字でなら、相手の心に触れられるかも」
「そうだよ。君の想いを文字にする。それだけで十分意味がある」
海面の光が揺れ、泡が弾ける。シアは小さく笑った。文字も波も、届くまでに時間がかかるけれど、心は確かに伝わる。
「ウィン……文字って、波と似てるね」
「うん?……あぁ、そうかもね。届くまでに時間はかかる。だけど届いたとき、誰かの心を慰めるんだ」
シアは深呼吸をして、海藻で作った淡い青のインクを手に取った。筆を握る手に少し力が入る。
「……よし、返事を書こう」
◇◆◇
①『あなたが好きなサンゴは?』
シア「あなたはどのサンゴが好きですか? わたしはひらひらした可愛い子がお気に入りです」
ウィン「ウミアザミだね。まぁ、サンゴはボートからでも見られるし……これなら怪しまれないかな」
シア「ウィンはサンゴ好き?」
ウィン「食べられないものには興味ないかな」
シア「もうっ! ろまんちっく?じゃない!」
ウィン「サンゴにロマンチック求める人魚、キミくらいだよ」
② 『あなたが好きなタコは?』
「あなたはどんなタコが好きですか? わたしはウィンと仲良しです」
書き終えた瞬間、隣のウィンがぴくりと腕を動かした。
「……シア、それはマズい。」
「えっ?どうして?」
「“タコと仲良し”なんて書いたら、君が海の生き物だって気づかれるに決まってるだろう。」
「……あっ……!……じゃあ、なんて書けばいいの?」
「そうだな……“海で見かけるタコがかわいくて好きです”くらいにしておいたら?そうすれば、ただの観察好きな少女に見える。」
「ふふ、なるほど。ウィンって、本当に陸のこと詳しいね。」
「君が危なっかしいだけだよ。」
③『あなたが好きな魚は?』
シア「あなたはどんな魚が好きですか?」
ウィン「……あっ、それはやめといた方がいい」
シア「えっ、なんで?」
ウィン「ヒトの国じゃ、“魚が好き”は“食べるのが好き”って意味だからね」
シア「そ、そんなぁ……じゃあ、食べられちゃう!」
ウィン「うん、君の美味しそうな尻尾が心配だ」
シア「ひゃっ……! ウィン、そういうこと言わないで!」
ウィン「冗談だよ、冗談」
◇◆◇
紙にインクを落とすたび、胸の奥が小さく跳ねる。想像の彼の笑顔を思い浮かべながら、シアは静かに書き進めた。
『親愛なるあなたへ。お手紙、とても嬉しかったです。あの夜のことは、心に鮮やかに残っています。文字であなたの想いを受け取れて、胸がふわりと温かくなりました』
書き終えると、紙をボトルに入れて水面に浮かべた。泡が光を散らし、文字の一部のように揺れる。
「……これで届くかな」
シアは少し不安げに呟く。
「届くだろう。君の心は、文字に込められているからね。文字は何処に向かうべきか、自分が誰に読まれたいか、知ってるはずさ」
シアは箱の中の肖像画と文字の本を見比べた。どちらも、誰かの思いを形に残すためにある。絵も文章も、波のように遠くへ運ばれる。
「ウィン……かいがもしょーせつも……形が違うだけの手紙なのかもね。」
「キミはたまに穿った見方をするね?でも……たしかにそうかもね。」
「返事を待つ時間も、少し楽しみかも」
「それでいい。君がそう感じるなら、それが一番大切だ」
夕陽が水面を染め、金色の道を描く。シアの胸には、文字を通して遠くの誰かと繋がる小さな期待が膨らんでいた。
海は静かに揺れ、手紙は遠くの誰かへ漂う準備をしている。文字と波の間で、シアの心は少しずつ弾み、海と陸の距離を超える想いを育んでいた。
『堕胎告知』は私が実際に書いている小説です。
作者名ををクリックするか、若しくは此方から是非。
https://ncode.syosetu.com/n7285kj/




