85話 大玉
----(大島視点)----
螺旋階段の手前で防御壁を展開していた。その向こう、階段の前には魔物が絡み合い巨大な肉団子を形成していた。
その肉団子も、螺旋階段から湧き出てくる量がガクッと落ちたようで、通路いっぱいのサイズだったのが今は2メートルほどの玉になっている。
このデスエ近くの迷宮の氾濫のために派遣された冒険者(デスエ側の)や、ニッポンギルドの防衛課から来たチーム龍と亀、そして後から加わった俺たち山下班。
俺の防御の隙間からコンスタントに這い出す小者魔虫をリズミカルに退治しては大喜びしている。
そりゃあ狩り易かろう。穴から並んでチマチマ出てくるんだからな。
俺の隣に引っ付いて立っていた清みんも少し飽きてきたのか大欠伸をしていた。俺も立ちっぱなしは疲れたぞ?
「ねぇねぇ、大島氏。螺旋階段の大穴の下ってどうなっているんだろうね」
とうとう地面に座り膝を抱えた清みんが俺を見上げて話しかけてきた。
「螺旋階段がくっ付いているこの大穴……どこまで続いているんだ?」
「ん? そりゃ、この迷宮の最下層……地下14階だったか?その地下部じゃないのか?」
「でも、この迷宮ってまだ生きているから最下層は造られ続けているんだよね? 生きている迷宮って魔物の死体を吸収するよね」
清みんは何を言おうとしているんだ?
清みんは座ってはいたが顔は真っ直ぐ前、あの魔物の肉玉を見つめていた。そしてそれ指差した。
「ねえ、あの大玉、おっこどさない?………螺旋階段の穴に」
頭上に雷(天啓)が落ちた。
通路いっぱいの大きさの肉団子を動かすのは至難のワザだ。なので、魔物同士で食い合ってもらう為に今まで放置していた。
しかし今、目の前の肉団子は直径2メートルほどだ。運動会の大玉……よりは大きいが、俺の防御で押せる、と思う。
「山下さん! 金浦さん!」
俺は後ろで小者叩きをしていたギルド員達を急いで呼んだ。
話はあっという間に決まった。そして俺の防御を後ろから押してもらう。
魔物の肉団子は転がり始めて螺旋階段近くまで運ばれた。
そこで一旦ストップ、俺は防御壁の前面を5メートル先くらいへと突き出した。
そう、肉団子を突き飛ばす形で、だ。
ダンッ!
「うわー、飛んでいった」
「落ちましたね」
「あ、着地音?」
「4階程度とは言え、迷宮の螺旋階段はそれなりに高さがありますからね」
「でも、死んでいないんじゃないか?」
「いや、上がってこれないだろう? 最下層の螺旋階段ってどうなっているんだろうな」
「踏破済み迷宮は階段が現れたままですが、ここは未踏破ですし、どうなんでしょうね? 仮に地下13階まで上がれても、次の螺旋階段までは13階層を徘徊しないとならないでしょう?」
「じゃあきっとまた共喰いかな」
ちょっと待った。おかしくないか?
迷宮は各階層の螺旋階段が繋がっていない。それぞれの階層で孤立して階段が出たり引っ込んだりしている。
迷宮は踏破されて初めて、階段が螺旋状に繋がり固定される。地上から最下層まで。
なので未踏破迷宮は、他の階への移動が大変だ。
だが、さっきここへ来る前によった小さな迷宮……、あそこは。
「ねぇ、さっきの迷宮って螺旋階段が繋がっていたよね? あそこ未踏破迷宮なのに何で?」
清みんもそれに気がついたようで俺より先に口にしていた。山下さんらもハッとした顔になった。
「確かに。気にせず螺旋階段で移動をしていましたが、あそこは未踏破のはず……なんで」
「んー……、あまりシステマチックに考えない方がいいのかな。こうだから絶対とか、誰かが決めてるならともかく。あ、誰かって神様とかだけど」
「そ、うだな。まだこの世界はわからない事だらけだ。踏破済だからこう、と決めてかからない方がいいかもしれないな」
「うん。あそこの迷宮ってまだ地上にも届いてなかったじゃん。若い迷宮でもかなり若い赤ちゃん迷宮なのかも。地上に届くまでは階段が繋がってるとか」
「地上まで迷宮が繋がり、階段が分断されるのか。そして踏破されたらまた繋がる……」
「うん。迷宮でも、赤ちゃんと高齢者には優しい世界なのかも。って、誰が何に対して優しいのかわからないけどね」
うむ。本当にわからないな。
それはともかく肉団子を落とした後も階段から魔物が出てくるが、俺の防御壁を突き出したり引っ込めたりで大穴落としを続けた。
「通路の背後からは全く魔物は出ませんね。いつもの10階層に戻ったのでしょうか」
そう、迷宮では基本、10階層に魔物は湧かずに安心出来る階層であった。それが『氾濫』で他の階層から溢れた魔物が10階層の通路に溢れていたのだ。
階段から流れてくる魔物が減った。『氾濫』で押し出された魔物は処理し終えたのだろうか。
「本来なら魔物は階層越えをしない。まぁ、これも俺らが勝手に思っていただけで、本当の条件はわかりません。が、階段から通路へ出てくる魔物が減りましたね。通常に戻ったのでしょうか?」
俺は通路のギリギリ先まで行き、大穴を覗き込み階段の状況を確認した。
「地下9階からの階段は消えましたね。いったんスタンピードタイムは終了したのか。11階行きの階段は現れたままです」
「下行きの螺旋階段は踏むと出現する。今、踏んでいるので地下11階への階段が出ているのでしょう」
「ああ、そうか。と言う事は俺たちがここから離れればとりあえず10階層の上下の階段はなくなる。街へ続く10階層の通路も安全になったということか」
「魔物が踏んでも階段は出現するんだろうか? 普段の迷宮なら魔物は階段付近には近寄ってこなかったはずだが」
「けれど今回、これだけの魔物が各階層を移動しているところをみると、螺旋階段は出現したんじゃないですか?」
「魔物が足場を踏んでも階段が出現すると?」
俺は四年前に迷宮で階段を出すのに四苦八苦した事件を思い出していた。
あの時、階段前の足場を踏むと、下行きの階段は出現した。
上行きの階段が出ずに四苦八苦したんだ。階段近くのエリアで魔物を倒すと出現する事に気がついたんだよな。
今回のスタンピード、もしも各階層に魔物が氾濫して別の階層へと移動したとする。
けどおかしくないか?
地上に一番近い地下1階層に魔物は居なかった。魔物が居ない層は、足場を踏めないはずだ。
最下層から地下2階層まで螺旋階段が繋がり魔物が溢れても、地上へ出るための最後の階段は誰が踏んだんだ?
「地下1階の階段前の足場を踏める魔物はいないですよね……」
「大島氏ぃ、誰でも踏めるよ」
「え……」
「だってさ、俺たち人間と違ってアイツらって飛んだり跳ねたりするし、壁くらいよじ登るじゃん。きっと押されて穴に落ちかけたヤツが壁をよじ登ったんじゃない?」
「なるほど、最初の一匹が踏めば階段は出来る、か」
「それに何百年に一度のスタンピードでしょ? 迷宮が膨れ上がった魔物を吐き出すのにハシゴくらいかけたかもよ?」
なるほどと、出たり引っ込んだりする螺旋階段自体も謎だからな。スタンピードが起こった瞬間に階段が全階層出っぱなしになっても不思議ではない。
皆もそれぞれ納得していた。が清みんは自分が言った言葉に慌てて俺にしがみついた。
「穴から這い上がってくるやつ、いるかも! ど、どうする? え、え、遠距離攻撃出来る人いる?」
山下さんが穴の淵まで確認に行った。
「大丈夫そうですね。それよりまだ他の階層は魔物で溢れていると思います」
「他の階層の魔物も処理するか」
班長達が話し合い、とりあえず一旦戻ることになった。もしも各階層の掃除をするのなら、長期戦覚悟で迷宮に篭る用意が必要になる。
ニッポンも、デスエも、近くの都市も村も、今回の2度のスタンピードで大混乱のままのはずだ。
「態勢を整える必要がある」
「そうだな。腰を据えてしっかり処理していかなくては」
「階段がいつも通りなら、各階層に居る魔物同士である程度食べあってくれるんじゃないかな……」
座り込んでいた清みんが疲れた風で言った。帰りたい気持ちが十分伝わってきた。
「スタンピードはさ、魔物も湧き湧きになるけど、階段が一斉にオープンになってそれで一気に溢れ出す。いつもはその階層でお互い食うか食われるかだけど、扉の鍵が開いたら、それは一斉に外へ溢れていくよねぇ」
この世界の魔物が同族でも見境なく喰い合うのは、案外それが理由かもしれない。
もしも、外に居る魔物達が、元は迷宮に居てそこで喰いあって生きていた。そしてある日外へ出た。
森や荒地に居る魔物達が強いのは、迷宮で生き残った強者、そして餌の少ない外の世界でも生き残る最強者たち、なのかもしれない。
俺たちはニッポンへと引き上げた。




