真実の愛って何ですか?
広間には多くの貴族の子弟が集まっていた。
リトランド王国、貴族学校の卒業パーティー。
テーブルには豪華な料理が並べられ、美しく着飾った男女が談笑している。
だがその最中、一人の女が私を指さして叫んだ。
「アキテーヌ公爵令嬢マルグリット。あなたの悪行はすべて明らかになったわ。観念なさい」
その女ルイーズを、私は知っていた。
私の婚約者でこの国の第一王子のシャルルと、最近よく一緒にいるようである。
ブルネットの髪に、勝気な灰色の瞳と、高慢そうな薄い唇。
だがそれよりも、派手なオレンジのドレス、胴体を締め付けるコルセット、膨らませすぎたスカートが気になった。
今はパステルカラーが主流であるし、コルセットやスカート枠も用いられなくなりつつある。
大方、都会の流行に憧れる田舎貴族が、ひと昔前の情報を耳にして精一杯のおしゃれとやらをしてみたのだろう。
「それで?私が何をしたというの?」
私の返答は彼女を満足させなかったようだ。
「まぁ、白々しい。証拠はそろっているのよ」
そういって、ルイーズは私の悪行とやらを並べ立てた。
シャルルという婚約者のいる身でありながら、若手の俳優だの楽団員だの、辺境伯の息子だのと逢引を繰り返していること。
夜な夜な繁華街へ繰り出して、男漁りをしていること。
ルイーズが授業で作った刺繍を、勝手に捨ててしまったこと。
ルイーズの悪口を周囲に吹き込んで、彼女を陥れようとしていること。
「そう。でも言わせていただくと、それらに関しては何の問題もないと思っていますわ」
実際、何が悪いかわからない。
「婚約者のいる身でありながら、他の男に色目をつかうなんてありえないわ」
「あなたの思っているような事はまだないわ。それに妻や夫がいても恋人を持つなんて、高位の貴族の間では普通にあることよ。芸術家を保護するのも、庶民の暮らしを知るのも、私たちの仕事ですし」
こんなことくらいで、私を断罪できると、ルイーズは思っているのだろうか?
奇妙な事に、彼女の態度は妙に落ち着いている上、どこか芝居がかっている。
「私の刺繍を捨てたのは?」
「あれは神殿へ献上する品でしょう?生徒たちの監督生として、あんなものを出せるわけないじゃない。あなたも貴族なら、刺繍くらい練習なさったら?」
「私の誹謗中傷を言って回っていたでしょう?」
「それはあなたが、政治的な事にまで口出しするから。近寄せない方がいいと、王妃様に申し上げただけよ」
この件に関しては、シャルルに直接言えば良かったかもしれない。
だがルイーズとのことは、あくまで私的な事項である。
もしシャルルがルイーズを公妾にしたいなら、いずれは私に直接話があるだろうと思っていた。
その前に彼女との事を言い出すのも気がとがめたのだ。
「ねぇ、シャルル様。お聞きになったでしょう?なんてひどい女。シャルル様が真実の愛に目覚めて私を選び、この女を捨てられるのも当然ですわ」
ルイーズはシャルルの方を見る。
なぜだか勝利を確信しているような表情だった。
だがシャルルの返答はルイーズの期待を裏切るものだったろう。
「ルイーズ。何回も言ったはずだ。僕の婚約者はマルグリットであり、彼女と結婚するとな。君を妻にするつもりはない」
ルイーズの顔がひきつる。
「そんな!私を愛していると言ってくださったのは、あれは嘘だったのですか?」
「愛しているさ。だがそれと結婚とは別のことだ。それは何度も言ったと思うが」
「このマルグリットは、男にだらしない売女ですよ!」
「それも問題ないと言ったはずだ」
ルイーズの目が泳いでいる。
彼女にとっては思わぬ計算違いなのか、目に見えて動揺している。
こんな杜撰な計画とも言えない計画が、なぜ成功すると思ったのかはわからないが。
「ねぇ、シャルル様。私を愛してくださっているのでしょう?妻にしてくださるのですよね?」
それでもルイーズは言葉を続けようとした。
うんざりしたように黙り込むシャルルにかわって、私がこたえる。
「愛?そのようなもので決まるわけはないでしょう?。私たちには責任があるの。好きだの嫌いだので、物事を決定し判断するなんて、ありえない事よ」
「でも、愛の無い結婚をする方がありえないわ」
私は心底あきれていた。
そんなこともわからないのだろうか、この女は。
私は呼吸をととのえ、なるべく穏やかにルイーズに話しかける。
「いい、ルイーズ。あなたのような地方男爵の娘が、第一王子のシャルルと結婚できるわけないじゃない。仮にできたとしてどうするの?大した領地も財産も政治力もないあなたの家が、他の大貴族たちをおさえ、諸外国に対抗する。そんな事ができるというの?」
「でも、でも、シャルル様は好きだって言ってくださったわ……一緒にいたいって……好きあうものが一緒になるのが当然だわ」
一体誰が彼女にそのような考えを吹きこんだのだろう。
「何を言っているの?好きだとか愛してるだとかで、結婚なんてするわけないじゃない。王族や大貴族は多くの人に責任があるの。民とこの国の行く末に」
一座はしんと静まり返っていた。
ルイーズは不満げであり、納得していない様子だった。
だがそれは彼女だけだった。
この卒業パーティーに列席している者たちは、私の言う事が当然であり、理がある、そういう表情の人間しかいなかった。
それも当然である。
彼らもこの国の支配階級であり、貴族たちなのだから。
私はルイーズに言葉を続ける。
「あなたは別に私を敵視する必要はなかった。シャルルの妾になりたいなら、私に相談すればよかったのよ。喜んで協力したでしょう。もしあなたがそれにふさわしければね」
私の発言はルイーズにとっては予想外だったのか、何度も唇をかみしめ、荒い息をついた後に、言葉を絞り出した。
「そんなのって……。ねぇシャルル様。私のことを好きなんでしょう?一緒に暮らしたいとおっしゃったじゃないですか」
「ルイーズ。君は僕の言う事を聞いていなかったのかい?」
シャルルはそっけなくこたえる。
「あのねぇ、ルイーズ。ロマンス小説じゃないんだからさぁ」
私の言葉は貴族らしからぬ、乱暴なものだったかもしれない。
下町の酒場に出入りするうちに、うつってしまったのだろうか。
気を付けなければならない。
「近頃巷で、そういうものが流行っているのは知ってるわ。でもそれは現実とは違う。もし自由に自分の好き嫌いで行動したいなら、貴族としての地位を捨て、庶民になればいい。地位や権力やお金も欲しいし、自分の好きなことをしたい。そんな我儘が通るわけないでしょう?」
私はあえて言わなかったが、もちろんシャルルは、そんな無責任な行動などするわけがない。
ルイーズは最後の希望にすがった。
「ねぇ、シャルル様。このマルグリットは私を侮辱しました。とうてい許せません!」
「マルグリットの言葉にも行動にも、何も問題はないと思う。もし仮に問題があったとしても、このような席で、公衆の面前で、糾弾するものじゃない」
シャルルの言葉にルイーズはしばらく黙っていた。
その後彼女が発したのは、私にはよく理解できない独り言だった。
「そんな……そんははずは……だって今日は断罪イベントの日……なのに……」
私はなるべく口調を抑えて言う。
「あなたは疲れているのよ、ルイーズ。休息が必要だと思うわ」
「そうだ、ルイーズ。君は休むべきだ。騒がせてすまないな、マルグリット」
「いえ、かまわないわ」
私とシャルルの姿を見て、ようやくルイーズも全てを察したのだろう。
うなだれ、手をにぎしめつつ、うめくように呟いた。
「あなたたちは……おかしいわ」
それが彼女の最後の言葉だった。
「ルイーズを、別室に連れていけ」
遠巻きに私たちを見ていた警護の騎士たちに向けて、シャルルが言った。
一週間後、私たちは王立劇場へと向かっていた。
久しぶりにシャルルと一緒に、ユゼフ・ミラボー卿の新作オペラの観劇をするためだ。
「そういえば、あの女はどうなったの?」
馬車の窓から隣にいるシャルルに視線を戻し、私はふと思い立って聞いてみた。
「貴族らしからぬ振る舞いで君を侮辱したとはいえ、直接危害を加えたわけでもない。しばらくは修道院にいてもらうことにしたよ」
シャルルは誰の事だとも聞きかえさずに言った。
「私は別に気にしてないわ。でも、あの女の事に関しては、あなたらしくないわね」
「すまん。ただ不思議な事があったのは確かなのだ。未来が見える貴族の令嬢がいると評判になってな。最初は信じていなかったのだが……」
ルイーズが不思議な力を持っていた事は確からしい。
最初は失せものや迷い犬を行方を言い当てた。
次に様々な予言を行うようになった。
天候から作物の実り、諸外国の動勢まで。
それで徐々に彼女を信用し気に入って、時間を共にするようになったのだという。
「なかなか面白い子でね。いずれは君とも正式に引きあわせねばと思っていたのだが……」
「そう。でもあの調子じゃあね。彼女は何もわかっていない。あれほど常識がないとはね」
「ああ。あんな女だとは思わなかったよ」
ルイーズは取り調べに対して、あまりはかばかしく答えていないそうだ。
時折壁を見ながら、前世がどうとやら、 遊戯がどうとやらと、ぶつぶつ独り言を言っているらしい。
一応はこの国の地方貴族の娘のはずだが、ひょっとすると先祖が外国からでもやってきたのだろうか。
だからこの国の貴族と価値観が異なるのだろうか。
それとも、吟遊詩人の語る恋物語の世界を、現実だと錯覚してしまったのだろうか。
「今回のことはすまなかった。今後は全て、君に相談するよ」
「そう願いたいわ。私なら、全てあなたのためになるような公妾を選んであげられると思うわ」
シャルルはとても真面目で責任感がある男だ。
民のことも国のことも、よく考えている。
きっと良い王になるだろう。
私は彼の事を尊敬しているし、彼の妻になることを心から誇りに思っている。
いずれは彼は何人もの愛妾を持つに違いない。
私もこれから何度も、新しい恋を見つけるのかもしれない。
けれど彼にとっての妻は生涯私一人で、私のとっての夫は生涯彼一人だ。
自分自身でもわからない衝動にかられ、私は思わず言葉を発する。
「シャルル。私、あなたのことを……愛してる……と思う」
「急にどうしたんだい?でも奇遇だね、マルグリット。僕も君を愛していると言おうとしていたところだよ」
真実の愛とはなんだろう?
普通の人々はどのように愛を語らうのだろう?
私にはわからない。
ただあの女には、決して理解できないだろう。
私たちが、一時の熱病に浮かされたような感情に身を任せるなど、決してないということを。
もしこの世に真実の愛とやらが存在するとしたら、私とシャルルの関係こそが、そうに違いない。
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