モヤモヤ
パンもスープもおいしくて、思わずほっぺたがゆるんだ。さっきまで知らない空間、匂いに緊張していたのに気づけばにこにこと食べてしまっていた。
けれど――ふいに胸の奥がきゅっとなる。
(……わたし、ここにいていいのかな)
そんな思いが浮かんで、笑顔がすっと消えた。
「…どうした?」
低い声が静かに落ちて、顔を上げると父がじっとこちらを見ていた。
隣に座る兄も、心配そうにのぞきこむ。
「どこか痛い?熱いもの、食べすぎた?」
ーー心配させたくない。
ぶんぶん、と小さく首を振る。
食べられるよ、と伝えるようにスープを飲もうとしたけど小さい身体は正直で、ぎこちなくスプーンを口に運んだ。
スプーンを握ったまま、笑いながら食べてみせた。けれど父の目は騙されなかった。
静かに席を立つ音がしたと思えば、大きな影がすぐそばに落ちた。
「おいで」
低い声とともに、ひょいと身体が持ち上がった。あっという間に、幼児専用の椅子が大人用椅子に替えられ、父の膝の上におさまった。
広い胸に抱かれると、さっきまでのなんとも言えないモヤモヤが少しずつほどけていった。背中をぽんぽんと優しく叩かれるたび、胸の奥のモヤモヤが少しずつ薄れていく気がする。
「大丈夫だ。ゆっくりでいい」
耳もとで落ち着いた声がして、ぎゅっと目を閉じた。ふと、横から温かい感触が頭に落ちる。
兄の手だった。
心配そうな顔で、そっとわたしの髪を撫でてくれている。
二人の温もりに、こんなにも愛してくれる家族に、本来の身体の持ち主への申し訳なさが溢れそうだった。
◻︎◻︎◻︎
スープの香りも、パンの香ばしさも、いまはもう胸の奥には届かない。
父の膝の上で抱かれながら、背中をぽんぽんとされるリズムに合わせて、呼吸が少しずつゆっくりになっていった。
兄の手が髪を撫でる感触も、心地よい。胸の奥に絡まっていたもやもやが、少しずつほどけていった。
(……わたし……どうなったんだろう)
さっきまでぐるぐるしていた頭が、不思議と静かになっていく。心の中に、ようやく少しだけ余裕ができた気がした。
(ちゃんと考えなきゃ。メソメソしてても何も分からない)