ご飯
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長いテーブルの上には白いクロスがかかり、銀の食器が整然と並んでいた。
兄はもう既に席に座って私たちを待っていた。
わたしの席はその兄のすぐ隣らしく、一つだけ特別に足が長く作られている椅子が置かれていた。
座ると若干テーブルが高いものの手が届くようになっていた。
正面には父が座り、静かな目でこちらを見守っている。
全員が席についたことで食事が始められた。
私は手が付けやすそうなパンに手を伸ばした。パンはかごの中に入っており、見た目は丸いのに表面が固そうなパンだった。
両手でぎゅっと持ってみるけど、思ったより硬くて、なかなかちぎれない。
(かた……)
指に力を込めても、パンは少しも割れてくれない。
お皿の上でカリカリと滑る音ばかりがして、ちょっとだけ唇を尖らせた。
その様子に気づいた兄が、くすっと笑って手を伸ばす。
「貸してごらん」
大きな手がわたしの手からパンを取り、器用に小さくちぎって、
お皿の上に並べてくれた。
「ほら、これなら食べられるよ」
私はこくんとうなずき、言われるがままちいさな手でちぎれたパンを一つつまんで口に入れる。
表面は少しだけかためだけど、中はふんわりしていて、小さな歯でもちゃんと食べられた。まだぎこちない舌でモグモグしてから、視線を落としたまま、小さな声でつぶやいた。
「……ありあと」
ボソッとしたその声に、兄の笑顔がいっそう柔らかくなった。
パンを飲み込んだころ、ふわりといい匂いが鼻をくすぐった。
湯気の立つスープの香り。
知らない葉っぱのような匂いが混ざっていて、少しだけ不思議なにおい。
「スーププレートでは食べにくいだろう」
父が低くつぶやくと、給仕してくれている人が両側に小さな取っ手のついたその器にスープを入れて持ってきてくれた。わたしの小さな手でもしっかり持てる。
兄はそっと銀の小さなスプーンを差し出した。
「こぼさないように、気をつけて」
正面から聞こえたその声は、優しさとやわらかさが混じっていた。
わたしはこくんとうなずき、左手で取っ手を握りスプーンでスープをすくってそっと口を近づける。
熱いけれど、口に入れるとほんのり甘くて、野菜の味が広がった。なんだかほっとする味だった。
父や兄が私を気遣ってくれているのを痛感しながらお昼ご飯を食べ進めた。
テーブルの上に置かれている料理は一見どれも見覚えのある形をしていた。
パンもスープも肉も、日本でもよく見かける料理と見た目はほぼ同じ。
けれど――匂いや味は違った。
焼きたてのパンからは、麦だけじゃない、甘い花みたいな香りがふわりと広がる。
スープは、野菜と肉の匂いの奥に、嗅いだことのない葉っぱの香りがする。
そして肉料理から立ち上る湯気には、ほんの少しスパイスのような刺激が混じっていて、鼻の奥がくすぐったい。
見慣れているはずなのに、知らない匂い。
それだけで、ここが自分の知っている世界じゃないことを思い知らされた。
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