好奇心
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ユラユラとした揺れで、目が覚めた。
まだ涙で瞼が重い。泣き疲れて寝てしまっていたようだった。
体はしっかりとした腕の中にあって、温かい胸の鼓動が耳元で聞こえていた。
父だ。
眠ってしまったわたしを、抱っこしたまま運んでくれているらしい。
ぼんやりとした視界の端で、兄が歩いているのが見えた。
二人に守られながら運ばれていくのが、不思議とくすぐったくて…申し訳なくて…
もう一度、ゆっくりと瞼を閉じた。
窓から差し込む光が、薄いまぶたを優しくなぞった。
眩しい。そっと目を開けると陽だまりの匂いに変わっていた。
涙で張り付いたまつ毛が少し重い。
今朝とは違う、どこか知らない部屋の天井。
隣には誰もいないけれど、掛けられた毛布からはさっきのぬくもりの香りがして、胸の奥がほっとする。
静かな部屋の中に、鳥の声だけが遠く聞こえる。
お腹のあたりが少しきゅうっとして、喉もからから。
しばらく天井を見つめて、深く息を吐く。
誰もいない静けさが、不思議と怖くなくて…
そろそろと体を起こした。
誰もいない。
さっきの部屋もだが、やはり見たことのない部屋だった。
天井は高く、壁には大きな窓があって、透け感のある上品なグレーのカーテンが風にゆらゆら揺れている。
光が床に落ちて、絨毯の模様をやわらかく照らしていた。
見慣れない家具がきちんと並んでいて、空気が少しだけいい匂い。ダークトーンでまとめられた部屋はどこか静かで大人の人の部屋――そんな感じがした。
ベッドの上から、ぐるりと部屋を見渡す。
不安と、ちょっとだけのわくわくが胸の中でまざりあった。
わくわくが好奇心に塗り替えられるのははやかった。
毛布をぎゅっと抱えて、そろそろとベッドを降りた。
足が床に触れると、ひんやりして少しくすぐったい。
部屋の奥には、大きな机と背の高い椅子があった。
紙やペンがきちんと並んでいて、ここで父が何かを書いたりしているんだろう。
(ちょっとだけ……)
椅子の座面は大きくて、よじ登るみたいにして腰かける。座った瞬間、椅子の柔らかさが体に伝わり、思わず小さくため息が漏れた。
足は床に届かず、じっと静かに揺れている。
椅子に座ったままぼうっとしていると
カチャリ、と扉が開いた。
振り返ると、ちょうど父が入ってくるところだった。
びっくりしたように目を見開き、それからすぐに優しい顔になる。
「起きたのか。…勝手に歩いてきたな?」
低い声は叱っているみたいなのに、少しだけ笑っていて。
胸がきゅっとして、思わず小さくうなずいた。
「お転婆だな」と言って、ゆっくりと椅子に近寄ってきた父の腕が、そっと私の体を包み込む。
抱き上げられたことで、生暖かくなった椅子から解放され、温かい胸の中に包まれた。
私の体がふわりと浮かんで、父の腕の中で揺れる。胸の振動は、まるで子守唄のように心地よく、だんだんと心が落ち着いて言った。
そのとき――
「ぐぅ……」
お腹の奥から小さな音が響いた。
父がくすっと笑いながら顔を覗き込む。
「腹減ってるのか?そうか、そうか」
少し恥ずかしくて、私は口元を指で押さえた。
でも、その優しい笑顔に、胸がぽかぽかと温かくなった。
「ごはんにしようか」
父の声に、私はまた小さくうなずいた。
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