優しい手
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あたたかいものが、頭に触れた。
大きな手。
指先が髪をすくように、ゆっくり、優しく撫でていく。
その動きに合わせるように、胸の奥のざわめきが静かになっていった。
――ここ、どこ……?
まだ夢の底にいるみたいで、身体が動かない。
でも、その手のぬくもりだけはやけに現実で、優しく包み込まれるようだった。
『……ティア、もう怖くない。大丈夫だ』
低くて落ち着いた声が、耳の奥に溶けていく。
その声音は、私だけに向けられる柔らかさを含んでいて、胸の奥がじん、と熱くなる。
ティア。それがこの子の名前なんだろう。
夢と現実の境目がゆっくり溶けていく。
重たいまぶたが、ほんの少しだけ開いた。
視界に飛び込んできたのは、頭を撫でてくれる厳しさよりも心配を隠せない瞳とすぐ横で身を屈めている青年の顔だった。
――知らない人たち。
でも、分かる。
この人たちは、この子を守ってくれる存在だと。
喉が勝手に震え、小さく声が漏れた。
「……とう、しゃ……に、しゃ…」
かすれた幼い声が、静かな部屋に落ちた。
その瞬間、父の手がぴたりと止まる。
横にいた兄も息をのんで、まるで時間が固まったみたいだった。二人とも信じられないような顔をしている。
「……今……呼んだのか?」
父の声が震えていた。
兄が慌てて身を乗り出す。
「父上、聞き間違いじゃないですよね!? 今、父上って…俺のことも…!」
大きな手がもう一度私の頬に触れる。
ごつごつしてるのに、そっと撫でられて、胸の奥がくすぐったい。
あったかくて、あったかくて――
なんだろう、知らないのに、懐かしい。
きゅっと唇がゆるんで、自然に笑みがこぼれた。
「あ……わらった……!」
兄の声が、歓声みたいに弾む。
父は、言葉もなく私を抱き上げると、そのままぎゅっと抱きしめた。
「……やっと……やっと……」
低い声が震えていて、肩が小さく揺れている。
背中越しに、その大きな体の震えが伝わってきた。
安心できるその胸の中で、また笑った。
笑ったら、涙がぽろぽろ出てきて止まらなくなった。
父の手が髪をなでる。兄が慌てて布を差し出す。
あたたかい。くるしいくらい、うれしい。
父の腕の中で、涙が止まらなかった。
あたたかさがまるで魔法のように体を満たすけれど、
心の奥では、私が「この身体にいた元の魂の子から、幸せを奪ってしまった」という思いが重くのしかかる。こんなにも愛されているのに。
「ごめんね……」
声にならない声が、胸の内でずっと繰り返された。
父のぬくもりが救いになりながらも、
自分のせいで誰かが苦しんでいる気がして、胸が痛んだ。
「ティア。私たちのティアローズ…」
父がやさしく囁き、背中をそっとなでる。
兄が廊下に駆け出していく。
「報告してくる。みんなに伝えないと!」
すぐに侍女たちや家臣の足音が賑やかに響き、屋敷の中がぱっと明るくなった。
誰もが笑顔で、私の様子を確かめにやってくる。
「お嬢さま、お目覚めでございますか?」
優しい声が次々と聞こえ、見知らぬけれどあたたかい顔が集まる。
はじめて目を開けた時に1番初めに見た優しい笑顔の女の人もいた。
その中で、私の胸はまだくすぐったくて、涙がぽろぽろとこぼれた。
知らないのに、懐かしいあたたかさに包まれながらどうしようもない申し訳なさで、私は涙が止まらなかった。
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