初恋の王太子に裏切られた公爵令嬢、第二王子と王国の未来を紡ぐ
ルディリア・アウグスト公爵令嬢は16歳。
ディアド王太子殿下が好きで好きで好きでたまらなかった。
婚約者であるディアド王太子殿下は18歳。
整った美しい顔、艶やかな黒髪、逞しい身体。
だから彼の婚約者に選ばれた時は嬉しかったのだ。
だが、その嬉しかった気持ちは微塵に砕かれた。
ある日、王立学園の食堂のテラスに呼び出されたルディリア。
ディアド王太子はルディリアに会った途端、冷たく、
「結婚後、君とは白い結婚を貫きたい」
「どうしてですの?わたくしは貴方の子が欲しいですわ」
「私は愛しているのだ。アリアを。王立学園で知り合った平民のアリアはとても頑張り屋で、だが、昼休みに学園の丘の上に登って泣いているのだ。家の為に頑張らなくてはならない。せっかく優秀者を認められて特待生になれたのだから、でも辛いと。お前達、貴族の令嬢達が辛く当たっていたに決まっている。お前らはプライドだけは高いからな。お前達のような汚い心の者には愛想がつきた。だから、私はアリアと子を作る。アリアとの子しか抱きたくない。お前とベッドを共にすることはない。私が愛するのはアリアだけだ」
悲しいとかそう言う気持ちよりも、まず感じた事‥‥‥
この人はこんな愚かな人だったのかしら。
王太子になるからには、私情等は必要ない。我がアウグスト公爵家のわたくしが選ばれたのは何故だか解っているの?王国で力がある公爵家だからよ。
虐め?礼儀がなっていないから注意しただけなのに、それだけで虐め?
今のうちに注意してあげた、わたくし達はまだ親切なほうだと思うわ。
もっと、気の短い貴族に礼儀知らずな態度を平民が取ったらあっという間に亡き者にされるというのに。
汚い心の者?
綺麗ごとだけで貴族の社会を生きていけると思っているのかしら。
ましてはわたくしは先行き王妃になるのよ。
王家に不利になるという輩は時には始末をしなければならない。
わたくしが、判断をして始末をする場合だってあるわ。
こんなに甘い男だったなんて、わたくしは今まで何を見てきたのかしら。
幼い頃から知っていた。
彼は王宮で王太子として紹介された時に、ルディリアの心は跳ね上がったのだ。
二つ年上のディアド王太子が、ルディリアに手を差し出してきて、
「ディアドだ。君が先行き私の婚約者になると聞いた。よろしく頼むよ」
12歳の彼は10歳のルディリアからしたら大人っぽくて、手を繋いで王宮の薔薇が咲き乱れる庭を見せてくれた。
ディアドは、
「庭師に頼んで薔薇を切ってあげようか?女性には優しくと母上に言われている」
「嬉しいですわ」
初恋だった。貰った赤い薔薇の花束を花瓶に入れて飾って。
枯れてしまった時はとても悲しく思った。
10歳から16歳の今まで、時々、ディアド王太子と会って交流を深めてきた。
でも、彼は、彼の心は‥‥‥
悲しいとかそういう気持ちはなかった。なかったと言い聞かせたかった。
ディアド王太子に呼びつけられて、結婚後は白い結婚をと言われた、王立学園のテラス。
ルディリアは、
「承知致しましたわ。白い結婚で。アリアと言う女、愛妾にでも致しますの?」
「愛しいアリアを側妃にしたいが、彼女は市井の女性だ。愛妾にするしかあるまい」
「では、わたくしとは白い結婚で」
この日から、ルディリアはディアド王太子に関心が無くなった。
今まで王太子の婚約者として女性だけと交流を深めてきた。だが、それを男性にまで幅を広げた。
男女構わず、交流を広げて、放課後には「王国の政を良くする集まり」とかを立ち上げ、激しく皆で討論した。
ディアド王太子はその会に入れなかった。
ディアド王太子は苦情を入れてきた。
「私は先行き、国王になる。何で私を呼ばないんだ?」
とある日、放課後の「王国の政を良くする集まり」にやってきて文句を言ってきた。
騎士団長子息が、
「アリア嬢とデートが忙しいって、最近、私との交流をしていなかったではありませんか。ですからお誘いしなかったのです」
宰相子息も、
「私ももっと王太子殿下と話をしたかったのですが、アリア嬢との交流がと、遠慮をしていたのです」
ルディリアは皆に向かって、
「さぁ、話の続きをしましょう」
騎士団長子息はディアド王太子を追い出した。
廊下ではアリアの声が、
「私と一緒に街へ行きましょう。楽しい事をしましょう」
ディアド王太子は、アリアと共に、
「そうだな。お忍びで街へ行こうか」
「王国の政を良くする集まり」の部屋の奥から、一人の少年が出てきた。歳は16歳。王立学園1年生。ディアド王太子の弟、オスカー第二王子である。
オスカーは、皆に向かって、
「兄上はあのように、愚かだ。あのような兄を先行き国王にしてよいのだろうか?」
「心配ですね。確かに」
「私も心配しております」
騎士団長子息も宰相子息もため息をつく。
ルディリアの手を取ってオスカーは、
「ルディリア。私はまだ婚約者はいない。兄上を失脚させて私が必ず国王になる。だから、その時は私と結婚してくれないだろうか」
まだ16歳。オスカーは鋭利なナイフのような男だ。
皆、オスカーに心酔していて、人望もある。
「王国の政を良くする集まり」でもオスカーの発言は、皆の心をとろかしてきた。
ルディリアも、愚かなディアドが国王になって、自分をないがしろにして、アリアに子を産ませる未来。
ルディリアの家のアウグスト公爵家を馬鹿にしているような態度。
アウグスト公爵家を大切に思っているならば、ルディリアに対して白い結婚なんて絶対に言い出さないはずだ。
愚かな婚約者。愚かな王太子殿下。なんて愚かな。
涙が流れる。
このままではディアド王太子は、王太子でなくなる。
オスカーによって失脚させられるだろう。罠にかけられて。
その後、オスカーの妻となって王国に君臨する?
好きだった。愛していた。初恋だった‥‥‥だけども。わたくしを敵視する貴方なんていらない。
ルディリアはオスカーに向かって、
「貴方がプロポーズをして下さったら受け入れますわ。全て貴方に任せます」
「承知した。必ず兄上を失脚させて私が王太子になる。楽しみにしていてくれ」
ディアドは騎士団によって逮捕された。
部屋から違法の薬が出てきたのだ。
違法の薬を使っているような男を王太子にはしておけない。
彼は離宮に隔離された。そして、廃籍されたのだ。
ルディリアは、離宮のディアドに会いに行った。
鉄格子が付けられている窓の中から、ディアドがルディリアに叫ぶ。
「私を貶めてさぞかし、満足しているだろうな。弟と結婚か?お前の心はこんなに汚かったのか?」
ルディリアはディアドに近づいて、鉄格子越しにそっとその手を握り締めた。
「愛しておりましたわ。でも、貴方の方がわたくしを見限った。アリアという女を選んだのは貴方でしょう?我が公爵家を馬鹿にしていたのは貴方ではなくて?初めて出会って薔薇の花をくれた時から、共に過ごした日々をわたくしは忘れてはおりません。一緒に勉強にも励んだでしょう?王国の未来も語ったでしょう?わたくしは貴方と共に王国に並び立つ日を楽しみにしておりましたのよ。貴方の子を抱いて。子に未来を託して。共に王国の為に走って老後はゆっくりと過去を振り返って。裏切ったのは貴方ではなくて?」
「アリアはどうした?」
「殺しましたわ。貴方をたぶらかした平民の女。始末するのは簡単でしたの。だから殺しました」
涙が流れ落ちる。
ディアドに触れていた手をそっと離した。
ディアドは鉄格子を揺らして、
「ここから出せっ。お前をっ」
「貴方に殺される訳にはまいりません。わたくしは貴方に言わせれば心が汚い女なのでしょうね。でも、わたくしはアウグスト公爵家の娘として、王国に君臨せねばなりません。未来をオスカー様や他の方々と語りましたの。やりたい事が沢山出来ましたわ。王国の事はお任せ下さいませ。さようなら。ディアド様」
オスカーが迎えに来た。ルディリアの手の甲にキスを落として、
「さぁ、ルディリア。行こうか。私たちの婚約を発表しないとね」
「ええ、参りましょう」
ディアドが叫んでいる。耳を塞ぎたかった。でも、塞げない。
わたくしは先に向かって歩かなくてはならないのだから。
オスカーの事は好きになれない。
恋心はディアドに置いて来てしまった。
ルディリアは泣き崩れた。
オスカーがそっと支えてくれた。
オスカーにとってディアドは幼い頃から目の上のこぶだった。
ディアドは背も高く美しい顔をしている。そして優秀だった。
王妃の息子として何一つ曇りのない、恵まれた立場だったのだ。
それに比べてオスカーの母は側妃だ。
ディアドと似ていて美しさや優秀さは似たようなものだと思う。
ディアドの方がオスカーより2歳年上なのと、王妃の権力が強かった為に、王太子はディアドに幼い頃から決定していた。
国王になりたい。国王に。
オスカーは幼い頃からそう思って生きてきた。
何故なら、ディアドは12歳の時にルディリアという婚約者が決定したからだ。
ルディリアは10歳の時。そしてオスカーも10歳だった。
王宮の庭でルディリアを見て、恋に落ちた。
彼女の可愛らしさに。彼女の可憐さに。
何で自分の婚約者じゃないんだ?嫉妬した。
ルディリアを手に入れたい。
ルディリアと結婚したい。
だから、一生懸命、勉学に励んだ。
学園で王国の政を良くする集まりを立ち上げにルディリアに協力し、彼女との交流を熱心に行った。
そして兄を罠にかけた。
違法の薬を部屋に置いて、騎士団に逮捕させたのだ。
騎士団長に賄賂を渡して、有罪にした。
驚いた事がある。
アリアと言う女の事だ。
あの女は男を誑し込む女だ。
それも無自覚に。どこかの勢力のハニートラップかと思っていたが、違う。
アリアはディアドに弱みを見せるのだ。
学園の丘の上で、街を見て泣いている姿を、ディアドに見せて、
「学園に慣れなくて辛い。でも私、頑張らないと。せっかく特待生になれたのですもの」
と言って泣いてディアドの胸に縋ったのだ。
女の涙に男は弱い。
ディアドはアリアを強く抱き締めて、
「私が守ってやる。慣れるように傍にいるから」
あのように女に縋られたら男ならイチコロだ。
オスカーはそう思った。自分なら突き放すけどな。
ルディリア一筋だから。
だから、兄に罪を着せて廃籍。
ルディリアに婚約を申し込んで受け入れられた時に嬉しかった。
でも、ルディリアの心は離宮に閉じ込めたはずの兄ディアドにいまだにあって。
ずっと思っていたのに。ずっとずっとずっと。
あんな愚かな兄なんて忘れてしまえ。ルディリアに白い結婚を言ってきたのだろう?
ルディリアの良い所を忘れて、アリアなんて女に現を抜かして。
アリアは殺した。ルディリアに頼まれて、王家の影に頼んで闇に葬った。
兄ディアドは離宮にいる。
だからいい加減に自分を見てくれ。そう言いたかった。言えなかった。
拒否されたらどうしよう。好きになれないだなんて言われたらどうしよう。
白い結婚にしたいと言われたらどうしよう。
オスカーは悩んだ。
悩んで悩んで悩んで、ルディリアに正直に自分の気持ちを話すことにした。
王宮の庭のテラスでお茶をする。
ルディリアは紅茶のカップを手に持って、
「薔薇が綺麗な季節になりましたわね。わたくし達の婚姻も王立学園を卒業後、それまでまだ時間がありますけれども、忙しくなりますわ。学ぶことが沢山ありますから」
微笑んだ彼女はとても美しくて。
やっと憧れて手に入れられたのに。彼女の心がとても遠い。
「君が私との婚約を受け入れてくれてとても嬉しく思う」
「そうですの?だってわたくしが王太子妃にならないと、アウグスト公爵家の為にも。当然受け入れますわ」
「違う」
「え?何が違いますの?」
「私は君の事をずっと思っていた。初めて見かけた時は今日のように薔薇が咲いていて。君は兄上の傍で笑っていた。その時からずっと君の事が好きだった。王立学園で共に討論した王国の政を語った時も、君と一緒に王国を治める事が出来たらどんなによいかと」
「だから、ディアド様を失脚させたのですね」
「私は国王になりたかった。君の伴侶になりたかった。君は私の事をどう思っているんだ?」
「どうって‥‥‥学園の同級生ですわ。この度は婚約者にして頂き有難うございます」
「違うっ」
「え?」
「私は君に愛されたい。愛しているんだ」
「わたくしは‥‥‥」
ルディリアが俯いた。
そして言ったのだ。
「ディアド様をまだ愛しております。すぐに忘れる事なんて出来ません」
「ディアドは近いうちに毒杯を受ける事になる。彼は違法の薬をやっていた」
「貴方が擦り付けた罪でしょう」
「私の事を許せないというのか。私は国王になりたい。君と未来を歩んでいきたい。君との子を抱いて‥‥‥」
涙が零れる。
ルディリアが手を握り締めて来て、
「ディアド様の命を助けて下さいませんか?どうかお願いです」
「まだ兄の事をっ」
「愛しております。でも憎んでおります。わたくし達の治世を見せてやりましょう。オスカー様」
ディアドの命を助けるしかなかった。
王立学園を卒業してすぐに、結婚式を挙げた。
オスカーは、初夜のベッドに赤い薔薇の花を敷き詰めて、ルディリアを待った。
夜着を着て入ってきたルディリアに向かって、
「愛している。例え、君の気持が私に向かなくても一生、君を愛するよ」
手の甲にキスを落とした。
ルディリアは微笑んで、
「貴方は結婚式までに一生懸命、わたくしを愛して下さいましたわ。わたくし、ディアド様との結婚を夢見ていましたの。共に王国を治めて、子を作って、老後も一緒に過ごす夢。でも、それは砕けました。あの人がわたくしを裏切った時から。オスカー様。貴方がわたくしを愛して下さるというのなら共にその夢を紡いでいこうと思います。わたくしも貴方の事を愛しておりますわ」
結婚するまで沢山の愛を注いだ。共に結婚式の準備に追われながら、王国の政について更に語り合い、手を繋いで、忙しい合間にも沢山話をした。色々な所にも出かけた。思い出も沢山紡いできたのだ。
だからオスカーは嬉しかった。ルディリアの言葉が心から嬉しかった。
「共に歩んで行こう。ルディリア」
「オスカー様。よろしくお願い致します」
この夜、二人は結ばれた。
ディアドは離宮から行方不明になった。
「美男の屑は我らが元へ」
「今回も大物美男、ゲットだっ」
ムキムキ達が喜んでディアドをさらっていった。
変…辺境騎士団は美男の屑を教育する騎士団。今頃、ディアドは可愛がられているだろう。
ルディリアはオスカーとの間に、男子を二人産んで、王国の為に精力的に働いた。
二人の治世の王国は栄えに栄えた。
老後は語り合っていた通り、子に王位を譲り、二人でのんびりと愛を深めた。
ルディリアはオスカーの腕の中で死ぬ時に、
「貴方に愛されてとても幸せだったわ」
と言い残したと言われている。