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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

作者: 壱原 一

うちの子は生まれてすぐの頃、体が弱くて。


親としてはとても心配です。注意深く見守って、変調があれば大事を取って迷わず病院へ行きました。出先から帰ったら、家の中へ病原を持ち込まないよう玄関で服を脱いで、お風呂に入って。掃除もまめに。日用品なんかもあれこれ気を配りました。


大変とは思いませんでした。何せどれほど穏やかに寛いでいても、いつも意識の片隅がはらはらそわそわしていて、大変と感じる隙もなかったと言うか。


それだけ子供が愛おしかったんです。でも、こればかりは力を尽くしたからって報われるものでもありませんので。


お医者さんや、両親や周囲は、成長するにつれきっと丈夫になっていくよって、散々励ましてくれたんですけど、度々迎える峠や山をどうにかこうにか乗り越えても、全体の、こう、既定値として、いつまでも体が弱いままで。


もう…今になってしまえばね。全然意味のない事だって、いや、当時だってよぉーく分かっていたんですが…他のお宅の、元気なお子さんとね、比べてしまったりして…


それで見兼ねた職場の方が、□□さんを紹介してくれたんです。世界各地の色々な民間療法を、実際に現地で研鑽を積んで身に付けた、確かな腕のある人だからって。


こう言っては何ですが、子供の事がなければ、お礼を言ってお終いの話でしたよ。会って話を聞いてもらおうなんて露ほども思いませんでした。


でも、その職場の方も、□□さんも、やっぱりお子さんの体が弱くて…常識とか外聞とか、そういうこだわりを捨てて、最適な療法を見出されたそうで、その甲斐あってお子さん達は、すっかり丈夫になられて、元気に学校へ行ったり働いたりしてらっしゃるって言うんです。


うちの者に打診しましたが、どうにも消極的だったので、1人で相談に行きました。


そこで勧めていただいたのが、うちの子に飲ませた重湯です。


□□さんが仰るには、昔は今より格段に人の寿命が短くて、死亡率が高くて、健康に長生きできれば、それだけで大変価値があった。


現代も勿論そうですが、当時は医療が未発達だった分、それは非常に運が良い、前世の徳とか、先祖の加護とか、神仏の恩寵とか、そう言った、余人にない特別な恵みがあったから、元気に長生きできたと考えられていたそうです。


爪の垢を煎じて飲むってことわざがありますよね。


つまり…そんな風に、すぐれた所のある人の一部を取り入れる事で、その人の素晴らしい特長にあやかるって方法が、昔から、世界各地に伝わっているらしいんです。


特定の文化から伝え広がった訳じゃなくて、異なる起源で、色んなレパートリーで、ばらばらにです。


その中で、うちの家系に最も適していると言われたのが、健康に長生きした親族の骨を重湯にすり下ろして飲ませる方法でした。


垢だとちょっと衛生面とか、気持ち的にも微妙ですものね。


とうぜん骨も生ではないです。うちは、ひいお□□ちゃんが***歳まで凄く元気に生きたので、お参りして、たぶん指のを頂いて、目の細かいやすりで擦って、あげました。


いえ、親には…分かってるんです。普通ならちょっと考えられませんよね。分かっているので言ってません。


職場の方にも□□さんにも。取り敢えず方法だけ聞いて、実際するかどうかなんて、それは家族の事ですので、ただ、いくら夫婦と言ったって、意見が折り合わない事もあります。


だけど重湯を飲ませるだけで何のリスクもないんですから、先入観に囚われないで、出来る事なら何だって試してみてあげなくちゃ。


あの子の為になる事だけ考えたら親としてどうしてあげるべきか自ずと分かる筈でしょう。


本当に元気になったんです。


いつも難しい顔で怠そうだったのが、ほっぺはピカピカふくふくして、目は潤ってつやつやで、元気な声を張り上げて、嬉しそうに笑ってくれて。


うちの者なんか、だから心配し過ぎって言ったでしょって、自分だって心から安堵しながら、とっても幸せそうに軽口を叩くんです。こっちの気苦労なんか何も知らない癖にって、ちょっと呆れてしまいました。


とは言え、そうした呑気な人だからこそ、これまでの大変な道のりを一緒に進んで来られたし、これからも進んで行けると思えるんです。


その為にもこの子の癖が何か問題ないか知りたくて。


ほら、今も、こんな風に…物を見る時、見る物から右へ顔を逸らして、左目を剥いて、右目をぐうっと細めて、唇を()の字にして、この通り、ぎゅっと突き出すんです。


左右の視力差が大きかったり、乱視が入ったりすると、同じような癖が出る場合があるって調べました。お医者さんに診てもらったのですが、異常はないそうで、でも、こんな癖、絶対、今まで全くなかったんです。


重湯で元気になるまでは。


それでひいお□□ちゃんが乱視だったんです。


いえ。あー、分かってます。そうなんです。ちょっと思い詰めやすい性分で。うちの者は例によって気にし過ぎと言うし、随分心配させてしまって、ちゃんと通院してます。食事も睡眠もとってます。


□□さん?一番に相談しました。でも夫婦で必ず良く話し合ってって伝えたのに、パートナーに黙って療法をした上、きちんと元気になったのに、そんなオカルトめいた難癖を付けるなんてって。


うちは体の弱い子を丈夫にする方法を真剣に案内していて、そういう怪しげな方面には一切関知していないし、こっちを信頼できなくなったので今後相談に乗れないって。


どうしても気になるなら専門の人に相談してはいかがですかって。だから此処に来てるんですよ最初にお話ししましたよね?


ですよね。話しましたよね?


え?


…ええ。それはそうです。はい。


生前会った事はないですが、ひいお□□ちゃんは、ひ孫に、そんな事する人じゃないと思います。


そうなんですけど、あのね、あの…いいですか、あのですね、これ。見てくださいこれひいお□□ちゃんの写真です。


ほら、ね。この子の顔。見て。これ。これと、今。


そっくりでしょう?


ひいお□□ちゃん、ひどい乱視で、眼鏡の調節も碌にしなかったので、何か物を見る時は、いつもこんな顔してたそうです。


こんな顔…こんなに似てるの、おかしいですよね。思い込みですかね。勘違い?せっかく元気になった子をこんな所まで連れ回してこんな妙なこと心配してるこっちの方が変ですか?


この癖、大丈夫なんでしょうか。


この子に変な事しちゃってない?


この子、変な事になってないですか?


骨すり下ろして飲ませたから、ひいお□□ちゃん取り込んじゃったとか、そんな莫迦みたいな事に、なっちゃったりしてないですかね?


ねぇ…


ねぇ、何か言ってくださいよ。


あなたを探すのに、どれだけ…どれだけ苦労したか、あの、良く思い出せませんが、とにかく凄く探し回って、漸くあなたを見付けたんです。やっとお会いできたんですから、ねぇ、聞いてますか、どうなんです、何か、返事をしてください。


どうして黙ってるんですか。


…ここにいらっしゃいますよね。


ひいお□□ちゃん、骨を取ってごめんなさい。


もしかして、本当は居ない?


でもちゃんと薬飲んで食べて寝てるのに。


骨を取って本当にごめんなさい。


この子が心配だったんです。


…やっぱり、ここに居るよね。


頼むからそんな顔しないで。



終.

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