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平和を買いに行く話

作者: 桃園沙里

 昔々、あるところに絶えず戦争をしている国がありました。

 人々はいつも身の危険を感じ、貧しい暮らしをしていました。多くの国民が兵隊にとられ、農業をしたり工場で働いたりする人が少なくなっていたので、十分な物資や食糧を作れないのです。

 王様は、一向に豊かにならない国を憂いていましたが、どうしていいかわかりませんでした。


 ある日、旅の占い師がお城に挨拶に来ました。

 そこで王様は聞きました。

「どうしたらこの国が豊かになるだろうか」

 占い師は答えました。

「平和を手に入れれば、国は豊かになりましょう」

「その、『平和』を手に入れるにはどうしたらよいのじゃ」

 占い師は首を横に振りました。

「私にはわかりません」


 占い師が帰ると、すぐさま王様は大臣を呼んで命令しました。

「世界のどこかには『平和』という物があるそうじゃ。『平和』を手に入れれば、戦争はなくなり人々は幸せに暮らせるそうじゃ。『平和』を買ってまいれ」

 大臣は困り果てました。生まれてから半世紀、国はずっと戦争をしていましたし、大臣も『平和』がどういう物か知らなかったのです。

 大臣は仕方なく、最も信頼できる部下、グリードに『平和』を買いに行かせることにしました。


 さて、困ったのはグリードも同じです。若いグリードもまた『平和』を知りませんでした。

 グリードは考えたあげく、街の市場に行きました。市場なら、よその国から来た商人の話が聞けると考えたからです。

 しかし、聞く人聞く人、みんな同じような返事ばかりが返ってきました。

「平和がどこで売ってるかって? さぁねぇ…」

 最後に、帰り支度をしていた商人に聞きました。その商人は言いました。

「平和? それなら、ここからずっと西のほうの国に行ってみたらどうですか? 西の国には大きな市場があって、何でもこの世の物で売っていない物はないという話ですよ」

 グリードは喜びました。

「それならきっと『平和』も売っているに違いない」

 グリードは、大臣から金貨十枚とロバ一匹をもらって、西の国に向かって旅立ちました。


 やがて、隣の国に入りました。ここも、グリードの国と同じくらい小さくて貧しい国です。グリードは畑を耕している老人に声を掛けました。

「すみません、この辺りで平和を売っているところを知りませんか?」

 老人は手を止めて言いました。

「この国に平和なんかあるものか。あるのは戦争と貧困だけだ。おまえさん、馬鹿なこと聞くのはよしとくれ」

 老人はまた鍬を動かし始めました。グリードはしばらくその場に立っていましたが、老人はそれきりグリードを見向きもしませんでした。グリードは諦めてまた西を目指して歩き始めました。


 しばらく行き、別の国に入りました。大勢の人々がや馬車や荷車が同じ方向に向かっています。グリードは、荷車を押している男に声を掛けました。

「平和だって? そんなもん、ここにはないのが見てわからないのかい? 」

 男はさも邪魔そうに言いました。

「これからX大国が攻めて来て戦争になるんだ。みんな、よその国へ逃げるんだよ。あんたもここにいちゃ危ないよ」

 グリードは仕方なくさらに西へ進みました。


 何日か西へ行くと、グリードは大きな城門のある国に辿り着きました。

 街へ入るとそこは様々な人々が行き交い、活気にあふれていました。

「この国のことかもしれない」

 グリードは胸を躍らせました。

 そこはまるで街全体が市場のようでした。今まで見たことのないような食べ物や、洋服やらでいっぱいです。グリードは店を一軒一軒見て歩きました。


 すると何ということでしょう。ある小さな店の入り口に「平和売ります」という札が掛かっているではありませんか。グリードは喜び勇んで店に入りました。

「平和を買いに来たのだが」

 店主は答えます。

「はい、一日分の平和が金貨五枚、一ヶ月分の平和なら金貨百五十枚、一年分の平和が金貨千八百二十五枚になります」

 グリードは肝をつぶしました。

「なんと、そんなに高価な物なのか」

 店主は平然と言います。

「平和とは高価な物です。今のような戦国乱世の時代、一ヶ月、一年、十年と平和を長く続けることは大変なことですからね。それを何の努力もしなくても平和を手に入れられるんですから、戦争で亡くなる命を考えたら、安いもんですよ」

「う〜む」グリードは唸りました。

 何しろ、グリードが王様から預かったお金は金貨十枚です。これでは二日分の平和しか買えません。

「たった二日間の平和を手に入れて何になろう? 二日では小麦も育たぬ。兵士たちにわずかな休息を与えるだけだ」

 グリードは考え込みました。

「王様が求めている『平和』とはまさしくこれなのだろう。やはり買うべきなのだろうか」

 しかし、すぐにグリードは考え直しました。

「この町の市場は広い。まだ自分はほんの少ししか見ていない。他の店にもっと安く売っているかもしれぬ」

 グリードは店主に軽く礼を言って店を出ました。


 少し行くと別の店の前で、男が呼び込みをしていました。

「一粒で千粒収穫できる小麦、一粒で千粒の小麦が収穫できる小麦の種、あるよ」

 グリードは男に聞きました。

「一粒で千粒の小麦が収穫できる種ってなんだい? 」

 男は快活に答えました。

「文字通り、種を蒔けば一粒で千粒の小麦が収穫できる小麦さ。十粒で金貨十枚。どうだい? 」

 グリードはまたしても唸りました。

「ちょっと高いんじゃないか? 」

 男は言います。

「確かに高く思うかもしれない。だがね、考えてみてくれよ。普通なら一粒の小麦で二十粒程度しか実らない。それがこの種は、一粒で千粒、十粒なら一万粒の小麦が収穫できるんだよ。その十分の一の百粒を種にして蒔けば次の年には十万粒、またその十分の一の一万粒を蒔けばどんどん収穫できる小麦は増えていく。ずっと食べ物に困ることはない。安い買い物だと思うがね」

 確かにこの種があれば国民を飢えから救えるかもしれない。

 しかし前述の通り、グリードの持ち合わせは金貨十枚。この小麦を買ったら、本来の目的の「平和」が買えなくなってしまう。

「金貨五枚にまけてくれないか?いや、だめなら、五粒で売ってくれんか?」

 男は渋い顔をしました。

「だめだめ、これ以下じゃ売れないね。他にも買い手はたくさんいるんだ。金が無けりゃ諦めてくんな」

 グリードは立ち去りました。


 しばらく行くとまた別の店の前で、男が呼び込みをしていました。

「一度火を着けると二度と消えないランプ、一度火を着けると油を注がずとも二度と消えないランプはいらんかね」

 グリードは店に入りました。

「いらっしゃい。一度火を着けると二度と消えないランプをお求めですか?」

 店員に声を掛けられました。

「一度火を着けると二度と消えないランプというのはどういうものかな?」

「はい、一度火を着けると、油を注がずとも二度と消えないランプでございます。油代を気にせず使えますし、大風の夜でも外を歩けます。暮らしが便利になりますよ」

「ふ〜む、確かにその通りだ。で、いくらだ?」

「一個金貨十枚になります」

 これも高い、金貨十枚では一個しか買えない。たった一個ではお城の王様の部屋だけだ。人々の家には行き渡らない。

 再びグリードは唸り、その店を後にしました。


「さすがに見たことも聞いたこともないような物がたくさんあるのだが、どれもこれも高価な物ばかり……」

 グリードがため息をつきながら歩いていると、道端の物売りの声がしました。

「一晩でお金が十倍になる袋、一晩でお金が十倍になる袋、いらんかね」

 グリードが声のする方を見ると、ボロ布を身に纏った老婆が道端に座っていました。老婆はグリードが振り向くのを見ると再び言いました。

「一晩でお金が十倍になる袋、いらんかね」

 また高い値段を言われるのだろうと思いながら、グリードは一応声を掛けてみました。

「それはどんな袋だね? 」

 老婆は答えました。

「夜、この袋の中にお金を入れ枕元において寝ると、次の朝にはお金が十倍に増えます」

 老婆は掌に乗るほどの小さな革袋を見せました。

「そんな小さな袋じゃ、金貨数枚しか入らないだろう」

 老婆は言いました。

「いいえ、これはただの袋じゃございませんから、いくらでも大きくなるのでございます。物は試し、特別にお安くしますから買って下さいまし」

「で、いくらだ」

「金貨七枚でございます」

「なんと!」

 グリードは驚きました。そのような袋ならもっと高価だと思っていたのです。グリードは考えを巡らせました。この袋で金貨を増やし『平和』を買おう。それから『一粒で千粒収穫できる小麦』を買って、そうだ『一度火を着けると二度と消えないランプ』も買っていこう。きっと王様に満足して貰えるはずだ。

「よし、買った」

「毎度ありがとうございます」

 老婆は深々と礼をしました。

 グリードは早速、宿を取りました。そして宿賃を別にして、残りの金貨二枚を袋の中に入れると枕元に置きました。

「どうか、沢山増えますように……」

 グリードは手を合わせて眠りにつきました。


  旅の疲れか、翌朝グリードが目を覚ましたのは日がかなり高く昇った頃でした。

「はっ」

 グリードは飛び起きました。慌てて枕元を見ると、そこには大きくふくらんだ革袋がありました。グリードが数えると、中には金貨二十枚がありました。確かに金貨は十倍に増えています。

 グリードは飛び上がって喜びました。

 その日の夜も金貨二十枚を入れて眠ると、翌朝には大きくふくれた袋に金貨二百枚が詰まっていました。また夜になり、グリードが金貨二百枚を袋に入れようとしましたが、どんなに詰め込んでも二十五枚しか入りません。

「袋が大きくなるって言ったのに、嘘を言ったな」

 仕方なくグリードは二十五枚の金貨を袋に詰め込んで枕元に置きました。翌朝、また、二百五十枚の金貨が袋の中にありました。

「増える分には袋が大きくなるみたいだな、しかし、文句を言ってやらねば」

 グリードは市場に出掛け、袋売りの老婆を捜しましたがみつかりませんでした。

「インチキがばれる前に、他の街へ逃げたか。まあ、仕方ない、一日二百二十五枚ずつしか増えないが、それで我慢しよう」

 そうしてグリードはしばらく宿に滞在し、どんどん金貨を増やしていきました。


やがて半年が経ちました。

「もうそろそろいいだろう、平和を買って国へ帰ろう」

 ようやくグリードは自分の任務を思い出しました。

 お金持ちになったせいでグリードは贅沢を覚え、豪華な食事をしたり、街の盛り場へ遊びに行ったりしてしまったので、予定より金貨は増えず、思ったより多くの平和が買えませんでした。

「十年分の平和と一粒で千粒の小麦が収穫できる小麦が百粒、それに消えないランプが十個だ。これを王様に見せれば、さぞお喜びになるだろう」

  しかし、グリードは国へ帰りませんでした。十年分の平和より、二十年分の平和を持って帰ったほうが王様も喜ぶに違いないと思ったからです。

 そうしてまた、半年が過ぎました。


 国を出てからちょうど一年が経った日、グリードは二十年分の「平和」と「一粒で千粒の小麦が収穫できる小麦」を千粒、それに「消えないランプ」百個を、金貨百枚で買った「何でも入る鞄」に入れてロバに積み、帰路につきました。


 久しぶりに故国に戻ったグリードは、国が以前にも増して荒れているように感じました。都に入るとそこには人の姿はなく、ひっそりとして、まるで廃都のようです。

「一体どうしたことだ」

 不思議なことに王様のお城の門は開け放たれ、門番もいません。城内はドアや壁が壊され、人影が全く見当たりません。

 呆然としながら階段を上ろうとすると、ボロボロの服を着た男が座っていました。グリードは男に聞きました。

「この国に何が起きた? 王様はどうされたのだ? 」

 男は言いました。

「あんた、知らないのかい? 半月ほど前にX大国の軍隊が攻めてきて、この国の軍隊は全滅さ。王様は捕らえられて殺されたよ。多くの人が殺され、生き残った者はみんなどこかへ逃げたよ」

「村に住んでいる私の両親は、妹は」

「さあね、どこに行ったのかね」

 グリードは泣き崩れました。

「ああ、私の帰りが遅かったばかりに……もっと早く帰っていればこんなことにはならなかったのに」

 悔やんでも悔やみきれません。

 がっくりと肩を落としたグリードは、どこへ行くともなく歩き出し、その後、彼の姿を見たものはいませんでした。


 そうしてX大国に占領された国は、食糧に恵まれ、夜中でも街は明るく不夜城と呼ばれ繁栄しました。(了)

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