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爪を隠すというより気づいていない

作者: ひいらぎ

 好きなものは好き。

 嫌いなものは嫌い。

 これがほしい。

 そうはっきり言う。

 それが俺の妹。

 そんな妹のいうことを両親は全部聞いた。

 妹が好きだといったものは、妹がいらないというまで買い与え。

 妹が嫌いだといったものは、徹底的に遠ざけた。

 そうしてすべてを妹の思うままにしてきた。

 その結果がこれである。

「私、王妃になる」

 そう宣言したのだ。

 これには頭を抱えた。

 妹が自分の意志を宣言するのはいつものこと。その中で叶えられることはすべて叶えられてきた。といってもそれができるだけのものを妹が持っていたからだ。

 自分だけのドレスが欲しいといえば、服飾のものと知り合いになり、つてを作り、自分ように作らせた。

 学園に入りたいといえば、両親が探してきた家庭教師に徹底的に教えてもらい、入学して。

 妹の努力もあった。

 そしてそれをかなえてやりたいという親の思いもあった。

 ただただ甘えて全部してもらったわけではない。それが妹のすごいところで、尊敬している。

 けれど今回のは無理だ。

 王妃なんて。

 貴族ではある。けれど、王族とお近づきになれるような規模の家ではない。

 どうにか貴族という形をとっているだけで、領地も財産も大したことない。

 通っている学園も貴族であれば入学が当然とされているところで、俺も通ってはいるけれど最低限の付き合いしかしてない。長子である俺がこの家を継ぐことになるから、俺にあう婚約者探しをしろということなんだけれど。そうはいっても、家柄であう人はいないわけで。

 となると必然的に妹の家柄も王族と釣り合うわけもなく。

 なのになりたいというのは、無謀だ。

 妹が特別容姿端麗で、特別優秀であれば。

 といっても王位継承権第一順位にいる王太子には婚約者がいるわけで。どうあがいてもそれは無理なんだよ。

 と兄である俺がいくらいっても聞かなくて。

「そんなの関係ないわ。私は王妃になるの。この国の。そして国母になるの。この国で一番尊い女性になるの。それが私なの」

 はあ。

「あら。溜息かしら?」

「……君の耳にも入っているだろう。妹のことだ」

「ええ。届いているわ。届いているというよりも目撃しているわ」

「え……」

「あら。さすがに兄にはそれは言わないようにしているのかしら。妹さん。王太子にお近づきになっているわ。物理的にね」

 頭を抱えた。

 王妃になりたいとはさすがに明言はしていないけれど、勉強している内容は明らかにそういったものに変えている。それは目に見えてわかる。

 それだけでも周りの目が痛いというのに、さらにそんなことまで……。

「なんてことを……」

「ふふふ。困った妹さんね」

「……君に迷惑はかけない。何があっても。だから」

「あら。迷惑だなんて、水臭いわ。私たち婚約するのに?」

「……その話だけれど、しばらく待っていただけませんか」

「どうして? と聞くのは野暮かしら」

「君の問いにはすべて答える。君が納得するまで何度だって」

「ふふふ。ありがとう。……承知いたしました。お待ちいたしますわ」

「ありがとう。本当に君は頭が上がらないよ」

「あらあら」


「兄様には関係ない。兄様はこの家を継ぐ。私はこの家から出るの。同じ年の方は婚約者がいらっしゃるのに、兄様にはいないでしょ? 私もいないわ。だから誰を婚約者にしてもいいはずよ。私は王太子様がいいの。ハムリン様の婚約者になるの」

「あの方には婚約者がすでにいるだろ。あといくら家だからって軽々しくお名前を口にするのは不敬だ」

「問題ないの! 私が妻になるんだから」

「……父様も母様も言ってください。いくらなんでも無理だと」

「まあまあ。婚約者になるのは無理があるが、むけて勉強するのはいいことだ。そのために必要な知識や所作を学ぶのはどのご子息と婚約することになっても意味のあることだよ」

「そうねぇ。何事も勉強はつながっていくわ」

 ……勉強といっても無理がある。

 確かに妹はかわいい。

 学園で話題にはなった。それなりの美人が入ってくると。

 けれどそれなりのである。

 あの方の婚約者のほうがお美しいし、なにより王妃となるためにずっとお勉強されてきた方だ。どんなにこれから妹が勉強したところでかなうわけがない。

「……親しくされているとも聞いたが」

「あら。そうよ。よくお話させていただいているわ。私とのお話、とても楽しそうに聞いてくださるの。とてもお優しくて、笑顔で。真剣に聞いてくださるの」

「おやおや。仲良くしてくださっているんだね。お心が広い」

「ええ。まっすぐ私を見てくださるの。だから私もお話ししていてとても楽しいわ」

 ……勘違いだ。

 あの方は誰にたいしてもそうなのだから。

「でもね」

 お。父様の声が厳しくなった。

「婚約者がいる男性に無駄に近づくのはよくないよ。どうとらえられるかわからないからね」

「どういうこと?」

 それすらもわからないのなら、王妃なんて無理だろ。

「第三者から自分がどう見えるのか。それをよく考えなさい。そうすればその行為がどういった意味を持つのかわかるだろう」

 そもそもそれは今考えるというよりも、昔から身につけているものだ。貴族は見られている。それを理解したうえで自分の立ち居振る舞いを考える。それができて初めて、貴族と名乗れるといわれるほど基本的なことだ。


「そんなことも知らない。……というか身につけていなかったのにここまで来れたことに驚いているよ」

「……申し訳ございません。ご迷惑をおかけしております」

「いいんだ。君のせいではないのだから」

「ですが……」

「私のことなら問題ありません。彼女が何をしようと。正直。言葉を選ばずに申し上げていいのであれば」

「かまわないよ」

「ありがとうございます。……どうでもいいです」

 背筋に汗がつたった。

「妹様。確かに見目麗しい方ですわ。勉学にもはげんでらっしゃる。きっと良い縁談が舞い込むでしょうね。魅力的な方ですもの」

「……そういっていただけて光栄です。クラーラ様」

「ふふふ。ここにでしたか」

「あら。探させてしまったかしら」

「いえ。いくつか目星はつけていたのですが、最後の場所だったので、私もまだまだだと」

「あなたがまだまだであれば、私はもっと足りないわね」

 ふふふと笑いあう二人に、そっと目を下げる。

 明らかに俺だけ場違いだ。

 ……王太子にその婚約者。

 そして、お二人の旧友。

 どうあがいても、関わることがない家柄の方たち。

 そんな俺に声をかけてくださったのが。

「ルネの思考をもっと深くまで読むことにするわ。で目星にすら出てこない場所にするわね」

「それは意地悪ですわ。それでは私が合流できないです」

「あら。遅れてこなければいいのよ?」

「それはそうですが……」

「二人は本当に仲がいいね。僕にもそういった存在がほしかったよ」

「あら。彼がその候補では?」

 ……え? 俺?

「おや。なってくれるかい?」

「……恐れ多い。恐悦至極にございます」

「いや本心だよ。君がなってくれるのであれば僕としては心強いのだけれど」

 まっすぐ俺を見てくださる。

 ……この方は俺にもそうしてくださるのだ。妹が勘違いするのも仕方ない。

「……俺でよければ。今後ともよろしくお願いいたします」

「ああ。よろしく」

「ふふふ。とってもうれしそう」

「いいですね。新たな友情の誕生ですわ」

 ……ああ。ここにいるだけでも恐れ多いのに。

「妹のこと。これ以上ご迷惑おかけしないようにいたしますので。今しばらくお待ちいただけますか」

「だから気にしていないと言っているだろう? まあそうはいってもか……。君の妹にいらぬ噂がたつのもよくないね。僕も気をつけるよ」


 心優しい皆様のおかげで、妹の行動はやんわりと注意をうけ、少しだけ落ち着いたけれど、それでも相も変わらず自分が王妃になるのだと。クラーク様から婚約者の座を変わっていただくのだと。家では言っている。さすがの妹も学園では言わないだけ、安堵している。クラーク様の家を敵に回すことはさすがにまずいとわかっているのだろう。……それさえもわからない子だったら本当に救えないと思ってしまったけれど。

 妹の王妃になるための行動は、いい意味でとれば、おっしゃっていたように、株があがり縁談の話も来ている。悪い意味でとれば、ただただ家族を振り回している。

 ……せめて縁談が成立して、そこできちんと妻として生活してくれるようになれば。それが望みだ。

「私あきらめないから」

 ……だめだな。

 両親の手助けもあって、どんな望みも叶えてきたからこそ、これも叶うと信じている。

「もう止めてください。やめさせてください。無理なものは無理だと言ってください」

 何度も俺はそういっているのに。

「まあまあ。本人もさすがに気付いているよ。頑張るだけ頑張るもの大切だ」

「そうよ。あの子だって叶えられない望みだということはわかっているわよ」

 なんていうのだから。

 ……はあ。


「ご卒業おめでとうございます」

「ありがとう。君の卒業の時は僕、来るからね」

「……ありがとうございます」

「ふふふ。私のお祝いには来てくださらないのですか?」

「もちろん君をエスコートするために来るよ。そしてそこで三人の卒業を祝うよ」

「私たちはどうやらおまけのようね」

 ……怖いことをいう。

「おめでとうございます!」

 四人で話をしているところに、聞きなれた声が割り込んできた。

「……ああ。ありがとう」

 一瞬表情を消されたけれど、すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべられて。

「せっかく学園でお話させていただく機会があったのに、それがなくなってしまうのはさみしいですわ」

 ほかの三人は見えていないのか、王太子にのみ話しかけている。

 ……そんな礼儀のなっていない行動など、いくら兄でも擁護はできない。

「ふふふ。かわいらしい方にそういっていただけてうれしいですわね」

「ああ。そうだね。こうして後輩が声をかけてくれるのは喜ばしいことだ」

 すっととなりに立たれて、微笑みあう二人。

「……失礼いたしました。お話しているところ」

 やっと一歩さがって、一礼して。

「妹が失礼いたしました」

 兄として頭をさげる。

 そのまま腕をつかんで、もっと遠ざける。

「お兄様!」

「ほかにもお話したい方がおられるんだ。ひかえなさい」

 少し距離を取りながら、周りに人がいることに目を向けさせる。

 みんなお祝いの言葉を伝えたいのだから。

「……はい」

 しぶしぶといった様子でひきさがった。

 ……こういうときに引き下がってくれるのなら、もっと考えてほしい。

 妹をつれて、場所をうつした。

 その間に生徒が入れ替わり立ち代わり挨拶にいくのを見ていると。

「あなたが妹の。はじめまして。お初お目にかかります」

 え? ルネ?

「あなたのお兄様の婚約者のルネと申します。以後お見知りおきを」

 ……。

「え?」

 二人そろってしまった。

 なんで?

「ふふふ。兄妹ね。驚き方が一緒だわ」

「……ルネ?」

「ごめんなさい。もういいかなって思ってしまって」

 いたずらっ子のような笑顔で。

「妹さん。この方が婚約者のクラーク様。あなたがどんなにあがいてもかなう方ではない方よ。そして私はあなたのお兄様の婚約者。あなたとは身内になるわけだけれど、どんなに身内びいきで見たとしてもあなたの望みはかなわないわ」

「……身内って。婚約者だなんてありえないわ。お父様もお母様もそんなこと」

「ええ。知らないでしょうね。話していないのだから」

「はい?」

「あなたのお兄様。あなたの行動があったから私に迷惑をかけてしまうって思って、この話を待ってくれって。……妹思いのいい兄ね」

「……どういうこと? お兄様がクラーク様と? 宰相家のご令嬢と?」

「あなたが私の大切な二人の邪魔をしようとしていたから、家がどうなるかわからない。そうなれば婚約などありえない。たとえ自分の家に問題があって婚約破棄となったとしても、私に婚約破棄にあった令嬢という名札はつけたくないと。本当に優しいわ」

 ……言っていないのにそう感じ取っていたのか。

 ……本当に頭が上がらない。

「まあ。ことが大きくならなかったのはすべてあなたのお兄様のおかげなのだけれどね」

「え? どういう……」

「あらあら。本当にわかっていないの? あなたが望みをかなえるために勉強していたことは知っていたわ。その勉強が一貴族の娘のするものとは逸脱していることも。……まるで王妃になるかのようなね。そんな内容をあなたは勉強していた。この国の歴史から王族の流れ。国政について。まあ知っていて悪いことではないけれど。……失礼を承知でいうわね。あなたが嫁ぐであろう家柄であれば、そこまでしなくても成立するでしょう。そして同時期に王太子によく声をかけていた。とても親しげに。距離も近かったわね。とてもお優しい方だから、単純に後輩が声をかけてきたという感覚でご対応されたのだろうけれど。……そんなあなたの悪い噂が立たないように動いていたのよ? 自分の家はそこまで大きくないからこそ、妹が兄である自分を盛り立てるために、頑張っているのだと。いずれ家を出る身として、少しでも貢献したいのだと。……自分を卑下してね。そんな必要ないのに」

 ……。

「婚約者のいる男性に親しげに話しかけるなんて。まるで自分を売り込んでいるようで。同性であればそういうのはあるけれど、異性となるとね……。まあそんな噂はたたなかったし、あなたが今日声をかけてきたけれど、兄がいたからという言い訳もできるでしょう。本当にあなたはお兄様にたすけられているわね」

 ……。

「さて。私からは以上よ。また日を改めて婚約の話をしましょう。ね」

 ずっと妹に視線を向けていたのに、ここで俺にきた。

「……ああ。そうだね」

 どうにか笑い返した。


 無事卒業の舞踏会は終わって。

 妹は終始意味が分からないといった様子だったけれど、あの場でクラーク様を婚約者としてきちんと紹介されていたし、片時も離れられることがなかった様子から、やっと妹もわかったようで。

「……王妃はあきらめる。でも、それに並ぶ立場になる。そういう家に嫁ぐ」

 ……まあそれならいいか。

「ほら。さすがのあの子もわかっていただろ?」

 なんていう父様に、返したかったけれどぐっとこらえた。

 無事妹が叶わないと理解したのだから。それで良しとしよう。


 そして俺は。

「ああ。来てくれ。このことなんだが」

 宰相家長女の夫となった。

 彼女がこちらに嫁いだのだが、していることは彼女の稼業だ。

 なんで俺が……。

「はい。……こちらでしたら……」

 王太子として陛下より任せられた仕事を俺もご一緒させていただいている。

「ああそうか。ありがとう」

 ルネには兄がいるから家を継ぐのはそちらなのだけれど、なぜか呼ばれる。で話をする。

「すまない。忙しくさせてしまって」

「……いえ」

 お手伝いすることはあると思っていたけれど。

「兄がね。とても優秀だから自分の補佐に入ってほしいって。父の手伝いに自分は入るから王太子のほうをって。ふふふ。お父様にもお兄様にも認められるなんてすごいわ。やっぱりあなたはすごいわ」

「……ルネは俺を過大評価している」

「そんなことないわ。あなたはとても優秀よ。初めて会ったときにそう思ったの。そしてそれは当たっていた。あなたに出会えてよかった。もしあなたに婚約者がいたら私きっと困っていたわ」

「……君の評価に見合う俺であれるようにがんばるよ」

「ふふふ。能ある鷹はなんとやらだけれど、あなたの場合は爪があることをすら気づいていない。もったいないわ。もっと爪を研ぎましょう? そしてそれを隠したり出したりしましょう?」


 家柄はそうでもないといわれてしまう方。

 でも、だれよりも優秀な方。

 見つけた。

「ごきげんよう。少しいいでしょうか」


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