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スカイツリーが見えるビルの屋上。

刑事ドラマでは、スカイツリーがよく登場する。それが理由だけでこの場所を住処に選んだ男がいる。

アウトドアーで使用するテーブルとチェアー。

WiFiに接続された液晶テレビで、刑事ドラマに夢中になっているのは、探偵だった。


デリバリーで、バーガーセットが届くが、ドラマに夢中で気づかない。いや、気づかないふり?

「あの~」

「ちょっと待って、いいところだから」

この男、若いのに一人で探偵業を営んでいる。

本名はありきたりなので、名刺には、福寿岬(ふくじゅみさき) 飛吾(ひご)と印刷されていた。

主人公の刑事によくある利根川、西園寺、綾小路なんかにしたいところだったが、もう少しひねってこの名前を考えた。


サスペンス風より人情物を好む探偵は、破天荒な刑事や弁護士、鑑識、法医学、検察が登場する物語がお気に入りだ。

特に人間の表裏が交錯するシーンに夢中になってしまう。


人情を語る主人公のバックに流れる曲も好きだ。

今、盛り上がりのシーンで、心揺らす曲が流れている。

ドラマでは、誤解が誤解を招く。殺害された被害者が、実は犯人を大切に思っていたことを後で知るとか。犯人は被害者の行動を誤解し、恨みを抱き殺害してしまう。それが大きな勘違いだったと刑事から聞かされる犯人。死んだ人間は元には戻らない。後悔と反省に打ちひしがれる犯人に、主人公の刑事が真実を話し、手錠をかけるというシーンは定番だ。


「何度見ても、いいシーンだ」

探偵は、目に涙を浮かべている。

「すみません」

配達員はじっと待っていた。

「あ~ 待たせたね」

気楽な顔で商品を受けとった。紙袋からフライドポテトの香り。

代金を払うと、配達員は不満げに帰っていった。


ランチをハンバーガーにしたのは、食べながら画面を見やすいからだ。

リモコンを手にすると、次のドラマを検索して見続ける。


事務所には、広告も出していないのに時々依頼がくる。その理由は、本人の知らないところで情報が流通しているのでは? と思われるが、依頼の内容は家出人探しや浮気調査など、よくある相談が多い。


ということで、暇さえあれば刑事ドラマを見ている。もはや、依存症と言っていいレベルだ。

犯人像が見えてきた頃、食事が終わり、コーヒーも飲み干した。

その時、スマホに着信。

銀さん? 探偵は複雑な表情を浮かべた。


下の事務所に来客らしい。

同時に、ビル一階の喫茶店からコーヒーとあんみつをオーダーした。

コーヒーは来客用だが、あんみつは自分が食べる、食後のデザートだ。

来客を屋上に連れてきた。

座って話す相手は遠野銀次郎(とうのぎんじろう)。50代後半の無職で女に養ってもらいパチンコ三昧? ……そんな外見の印象なのだが?


実は警察庁長官。

警察庁長官なんて、ありえない?

ドラマでは、上官やキャリアという幹部連中は、脇役という設定が多い。組織を守ることや保身、出世のために主人公の事件解決を妨げるのだが、銀次郎は違っていた。

趣味は時代劇。

遠山の金さん、水戸黄門、徳川将軍など、お忍びで街に溶け込み、悪を退治する役者に憧れている。巷では銀さんと呼ばれ、街の様子を密かに監視しているのだ。


銀次郎に同行してきたスーツ姿の女がいた。離れて立っているが、鋭い視線が気になる。

警視庁警備部のSPだった女を、銀次郎が影で長官を警護する日本唯一のシークレットサービスとして採用したらしい。

名前は、泉川蘭子(いずみかわらんこ)。警護のお蘭と呼ばれ、武道、射撃はオリンピック選手をしのぐ。


「お待たせしました」

喫茶店の店員が来た。

「コーヒー一つは、そこに置いて」

別のテーブルにコーヒーが一つ。


もう一つのコーヒーとあんみつが、探偵と銀次郎のテーブルに置かれた。

「コーヒー、どうぞ」

蘭子は首を振ったが、

「せっかくだから頂いたら?」

銀次郎に言われ、蘭子は承諾した。



「頼みたいことがあって」

「またですか~」

と不満そうな顔をしているが、内心は喜んでいる。

銀次郎の運んでくる依頼は、いつも複雑な事件。

ドラマのような事件の中に入り込みたい気分の探偵は、相当やる気になっている。


「これを見てくれ」

銀次郎は、テーブルに事件の現場写真をのせた。捜査資料の持ち出しを長官自ら行うとは前代未聞だが、未解決事件にしないためには探偵の力が必要だった。


事件現場は渋谷のマンション。

部屋の中で、男がうつ伏せで倒れている。頭部に出血。

被害者は、奈良県出身の国会議員・島村雅也の秘書で松木浩二。出身は京都だそうだ。

「国会議員の秘書ですか? 贈収賄でも絡んでいるんでしょうか?」

刑事ドラマではよくあるストーリーを思い浮かべる。

殺害方法は、撲殺だと判断されたが、被害者の背中に短冊が落ちていた。


短冊の写真を見ると、文字が書かれている。


朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに

あらはれわたる 瀬々(せぜ)網代木(あじろぎ)



「百人一首ね。作者は、権中納言(ごんちゅうなごん)定頼(さだより)


いつの間に!!

ポニーテールで眼鏡、地味なメイクのビルの清掃員。

この女、実はテレビのニュースキャスター、夏海冬子(なつみとうこ)

テレビ局の正社員ではなく、芸能事務所のタレントなのだが、スクープを狙って探偵事務所のあるこのビルに現れる。迷惑をかけると出入り禁止になるので、情報の公開にはタイミングを考慮し、守秘義務は守っている。銀次郎とも顔見知りなので、蘭子も警戒していなかった。


「明け方、あたりが徐々に明るくなってくる頃、宇治川の川面にかかる朝霧も薄く、霧がきれてきたところから川瀬に打ち込まれた網代木が現れるっていう意味かな」

冬子が偉そうに解説した。


「なにかのメッセージかな?」

「事件解決に力を貸してもらえるかな?」

「あまり頼らないでくださいよ」

と言ってはいるが、やはり気持ちはやる気満々だった。ドラマのようにミステリーを解決したいと、探偵の血が騒ぐ。

福寿岬飛吾は動き出した。


飛吾は、警視庁を訪れた。

通常は簡単に入れないのだが、飛吾は銀次郎の通行手形で、職員と同等の扱いだ。


広域特捜七係瀬能班、【特七(とくなな)】と呼ばれるこの部署は、管轄の影響を受けず全国的に捜査ができる日本版FBIで、銀次郎の発案で結成された。やはり、ドラマと同じで【特】がつく。

特七というのは、7番目という意味ではなく、広域捜査チームは一つしかない。


「こんちは~」

軽いノリで入る。

「探偵には用事はないぞ」

嫌味を言ったのは、真中信二(まなかしんじ)・巡査部長。イケメンの探偵に嫉妬しライバル心を燃やしている。よって、あまり仲はよくない。


「歓迎してやれよ」

と優しい言葉をかけてくれるのが、班長の瀬能正義(せのうまさよし)だった。

「コーヒーでも入れてやれ」

「はい」

笑顔を見せたのは、皆川玲子(みながわれいこ)・巡査部長。

「ミルクと砂糖も」

遠慮のない飛吾だった。


「渋谷の事件で来たんだろ?」

「はい」

瀬能にはお見通しのようだ。

渋谷坂上署(しぶやさかがみしょ)に捜査本部が置かれた。行こうか」

瀬能は、スーツの上着を肩にかけて歩き出した。


渋谷坂上署で捜査会議が始まろうとしている。


が、ん!?


「なんで無関係なのが座っている」

一番後ろに座っている飛吾を見て怒鳴ったのが、宇部健司(うべけんじ)。捜査一課長だ。

以前、一課が犯人と断定した人物を誤認逮捕として、真犯人を探り当てた飛吾をよく思っていないことは事実だ。

「まぁそう言わず、役に立つかもしれませんから」

瀬能も一課と飛吾の関係悪化の経緯を知っている。

隣には、真中と玲子も座っていた。


「先に進めましょう。報告を」

と、飛吾は澄ました顔をしている。

「おまえが仕切るな」


仕方なさそうに宇部は会議を進めた。


管理官が捜査状況の説明を求める。


「被害者は……」


捜査員の情報で有力なものはなかった。

手掛かりの短冊の文字、百人一首の歌についても、なんのメッセージなのかは不明。

被害者の背中にあったということは、犯人か、別の誰かが置いたものと思われる。


飛吾と瀬能は事件関係者と独自に会うことにした。まずは、国会議員の島村が事務所の一つとして利用しているホテルに向かった。

遺体の第一発見者は、被害者と同じ秘書の高崎直哉。事情を聞くことにした。


丸の内城門ホテル。

飛吾と瀬能が部屋の前に立つと、一課の刑事・立花と後藤が出てきた。

「これは特七さん、邪魔な探偵も一緒で」

嫌味にも慣れている二人。

「有力な情報でも?」

「さあな」

立花と後藤は不愛想に歩き出す。一度後ろを振り返り廊下を歩いて行った。


島村と対面で座る瀬能と飛吾。

「今も刑事さんにお話ししましたが」

秘書の高橋は、島村の隣で立っている。

「すみません。部署が違うもので」


瀬能は、発見時について訊ねた。

殺害された松木との連絡がとれず、高崎が様子を見に行ったところ、ドアのカギが開いていて、松木が倒れていたとのこと。

「松木君?」

と、叫んでも動かず。

遺体には触れず、すぐに警察に連絡したらしい。


「犯人に心当たりは?」

「仕事は、真面目な方でしたから」

「恨まれていたとか?」

「仕事で特に、そうことは?」

瀬能は丁寧に接していたが、

「政治の世界では、色々とトラブルも多いのでは?」

飛吾が遠慮なく言う。

「癒着、収賄、裏金……」

飛吾の言葉には棘があった。

「失礼な、先生の周囲ではそのようなことは」

「プライベートでなにか? 女性問題とか」

飛吾は、立ち上がって室内を見回した。

「こちらでも全てを把握しているわけではない」

高崎は怒りだした。

棚に『見ざる聞かざる言わざる』の猿の置物があった。

「同僚のプライベートには無関心とは」

と言って、飛吾は猿の頭を撫でた。

「言葉を慎め、こちらは任意の調査に協力しているんだ」

「まあ、いいじゃないか。彼も事件解決のためにここに来たんだ」

島村が初めて声を出した。

「確かに、我々の周りは人も物も、綺麗なものばかりではない」

飛吾は、島村の目を見て、その奥底を探った。

「ただ、私の周囲で殺人が起こるとは思ってもみなかった。なんとしてでも犯人を捕まえて、真相を解明してほしい」

島村はそう言った。

「わかりました。必要があればまた伺いますので」

瀬能が頭を下げた。

「いつでも協力させていただきます」

島村は立ち上がって礼をした。


ホテルを出ると、飛吾は瀬能の運転する車で警視庁に戻ることにした。

「あの様子だと、島村議員は殺人には関与していませんね」

「わざと怒らせるようなことを? 相手の内面を探るために……」

「自分で手を汚さなくても、人の殺害を計画するような人間は、隠しても臭いがでるもの」

「それは、刑事ドラマの中だけの話じゃないのか?」

瀬能は笑っていた。


特七では、被害者の交友関係を捜索すると同時に、短冊メッセージの解明を急ぐことになった。

短冊は宇治川を示し、被害者も京都出身。そこになにかあると睨んだ。

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