最後の飲食店。その跡地(あとち)に建ったもの
もう何年も経ってるから、ちょっと記憶というか時系列が曖昧なんだけど。最初に言った通り、首切場エリアには一本道があってね。その道路の、ファミレスがあった側の向かいに、ステーキ屋が建ったんだよ。ファミレスが潰れた後だったかな。
あのステーキ屋が、首切場エリアでの、最後の飲食店じゃなかったかね。そこは比較的、早くに潰れて。俺は一回も行かなかったけど、値段が高すぎたんじゃないかな。周囲には、もっと安い飲食店があるんだから、そりゃ客はそっちに行くよ。
でもね、俺がステーキ屋に行かなかったのは、値段だけが理由じゃないんだ。何か、嫌な感じがしたんだよ。『その感じ』を当時は具体的に言葉で表せなかったけど、ステーキ屋の前を歩くのも嫌だった。首切場エリアを歩く時は、必ずファミレスがあった側の歩道を利用してたね。
で、ステーキ屋が潰れて、建物も取り壊されてさ。その跡地に、今度は何が建ったと思う?
斎場だよ、斎場。お葬式を行う施設。たぶん火葬炉もあったんじゃないかな。たまに建物の排気口から、独特の臭気があったから。俺、その斎場を見て、やっと分かったよ。『あー、あのステーキ屋は、この斎場と雰囲気が似てたんだ』って。
考えてみれば似てるよな。ステーキ屋と斎場、というか火葬場って。どっちも肉を焼く施設なんだから。こんなことを言うとステーキ屋と斎場と火葬場から、まとめて怒られるけどさ。
そりゃ俺もね、普段なら気にしないよ。でも、いわくつきのエリアに施設が作られたらさ、それがトンネルだろうが病院だろうが怪談の舞台になるんだよ。あの斎場を見た時は、霊感なんか無い俺も、負のオーラが具現化して建物になったような気がしたね。
新築だから見た目は綺麗なんだよ、見た目はね。でも、もう分かるんだよ。ファミレスが二軒、そしてステーキ屋が一軒、潰れたのを見てたらさ。『この斎場には、首切場の霊が寄ってくる。それもファミレスとは比べものにならないくらい、大量に』って。
ファミレスに寄ってた霊はさ、店員はノイローゼになったかも知れないけど、それでも遠慮がちに来てたと思うんだ。客の俺は一回も被害に遭ってないしね。でも斎場は別だよ。俺は近寄りたくも無かったから、斎場の内部に付いては知らないけど、たぶん火葬炉があって霊安室もあるんだろうね。
そういうところは霊の溜まり場になりやすい、と思う。二十代の頃の、俺の経験だよ。霊安室近くの洗い場で、ドアが閉まらなくて真っ暗な部屋の中で、ラップ音に囲まれた俺の経験。建って何年も経過した病院の霊安室は、霊の遊び場みたいになるんじゃないのかな。それで新入りの俺が、霊に悪ふざけで、からかわれたりする訳だ。
まして、その斎場は首切場エリアにあるんだからね。百年以上も昔から成仏できない連中に取っては、集会場というか娯楽施設みたいなもんじゃないか。ダンスホールか宴会場か、霊が集まって賑やかなことになるんじゃないの。特に夜はね。
斎場で夜、働いてたら、閉まるはずのドアが閉まらなかったり。逆に開かなくて、閉じ込められたりするんじゃないかなぁ。嫌な気配があったり、聞こえちゃいけない音や声が聞こえたりね。俺は病院で、一回だけの被害で済んだけど、あの斎場はどうかなぁ。
シャチがアザラシをなぶり殺すみたいに、集団的、組織的な悪ふざけが続くかもよ。それはもう、悪ふざけというか悪意であり、祟りだね。そういう職場からは、早く逃げ出した方がいい。これまでの俺の経験から、そう強く、言っておきたいね。