13 二人目の金縛りちゃん
ゾンビだ。
ゾンビが追いかけてくる。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
全速力で逃げてるのに、ゾンビたちから逃げられない。むしろ追いつかれてきている。
全速力の僕以上に足が速いゾンビって……そんなのありかよ。
「――ぬぁッ!!」
大事な時に激しく転んだ。
追いかけてくるゾンビを見ていて前方不注意になってたからじゃない。
地面から伸びる二つの手に僕の両足が掴まれて、それで転んだんだ。
ゾンビ映画ではお決まりのシーンだろう。
「は、離れろ! は、離せ離せ!!」
ゾンビたちは僕の足を離してくれない。
どんなに動いても、どんなに暴れても全くと言っていいほど掴んだままだ。
「や、やめろー!!!!!!」
背後からゾンビが噛み付いて…………ない。
夢か。それも悪夢か……。
よかった。
いやいやいや、ゾンビってリアリティがない悪夢だな。
でも夢の中だとどんなにリアリティがなくても夢だって疑わないのは不思議だよな。
「……はぁ……」
変な汗もかいた。
それに上半身を起こしてるってことは、金縛りにはかからずに目覚めたってことだよな。
手も首も肩も回せる。金縛りじゃない。
今日もカナちゃんに会えると思ってたのに。
くそくそくそー! 悪夢め! 許さん。
でも待てよ。
悪夢と同じように足首を掴まれてる感覚があるんだけど……。
え? なんで?
き、気のせい? じゃ、ないよな……。
足が痺れてるとか? いや、なんか違うぞ。
それに足が動かない。本当に掴まれてるみたいだ。
はははっ。まだ悪夢でも見てるのか?
いや、違う。これは現実だ。
じゃあ、この足が掴まれてる感覚はなんだ?
普通に考えてカナちゃんだと思う。
けど、違う。
今日は違う。
悪夢と同じように両足が掴まれてる。
カナちゃんが両足を掴んでるのか?
そうだと願いたい。
や、やばい。動き出した。
両足にある掴まれたような感覚はゆっくりと上がってくる。
足首からふくらはぎ、膝、太もも、腰、腹。そして胸のあたりまで来て止まる。
ここまでの流れはいつも通りだよな。
でも布団はいつもよりも二倍近く盛り上がってる。
僕自身も上半身を起き上がらせてるし……。
明らかにおかしい。いつも通りの流れだけどいつも通りじゃない。
も、もしかしたらカナちゃん以外の金縛りの幽霊が?
こんなに布団が盛り上がってるんだ。太った幽霊がいるんじゃないか?
大男とか……い、嫌だ。男とか絶対に嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
カナちゃんのために部屋を掃除したのに。
布団だって消臭スプレーかけたのに。
疲労だってたくさん溜めたのに。
大男なんて絶対に嫌だ。
カナちゃん以外の幽霊なんて絶対に嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
頭の中でどんなに否定しても来るものは来てしまう。
無情にも布団の中の幽霊は姿を現すために動き出した。
「ぷはぁー」
「ふぅー」
目の前の光景に衝撃を受けた。
心臓を鷲掴みにされた。
目が釘付けになった。
超絶美少女が……超絶美少女が……いや、天使が、
「ふ、二人!?」
艶やかなストレートの黒髪。
こぼれ落ちそうなほど大粒でキラキラと輝いたブラックダイヤのような瞳。
ぷるぷると柔らかそうな透き通った桃色の唇。
小さくて可愛らしい耳。
筋の通った美人鼻。
雪のように純白でシワ一つない肌。
白いワンピースから溢れそうなほどに実ったたわわ。
そう。毎度お馴染み超絶美少女のカナちゃんだ。
カナちゃんが右側から現れたんだ。
そ、そして驚くことに僕の左側にもう一人天使がいる。
見たことがない天使。
カナちゃんと同じように超絶美少女の天使。
年齢は十代後半くらいだろうか。
髪は短い。ボブヘアーというものだろう。色は栗色だ。
丸顔で幼い顔が可愛らしい。ロリフェイスというものだろう。最高だ。
特にほっぺたがぷにぷにで柔らかそうだ。
さらには、まん丸でキラキラと輝く黒瞳までもが可愛らしい。
おっぱいはないけど、カナちゃんに負けず劣らずの超絶美少女。
カナちゃんと同じ白いワンピースを着ているな。
ということはカナちゃんと同じ金縛りの幽霊?
それとも姉妹?
姉妹揃って同じ白いワンピースとか可愛すぎる。
というか姉妹じゃなくても可愛すぎるだろ。
や、やばい。やばいぞ。
せっかく声を出せるようになったのに、可愛すぎて声がかけられない。
き、緊張する。
「本当に動いてますね。カナちゃんの言う通りでした!」
「うん。すごいでしょ。お友達のウサギくんだよ。動くし喋れるんだよ」
なんだろう。
二人ともなんだか楽しそだ。
楽しそうに笑ってる。
それに僕のことを見ながら。
全然違う。
学生時代に笑われていた時と、今とでは全然違う。
笑い方も表情も何もかもが違う。
僕を見て笑っているはずなのに、嫌悪感は全くない。むしろ幸福感があるくらいだ。
こんなにも素敵な笑い方があったんだ。
釣られて笑っちゃいそうだ。
愛想笑いでもない心の底からの笑顔が溢れそうだよ。
「喋ってみてくださいよー」
ロリフェイスの『金縛りちゃん』は、その見た目通り子供のように大はしゃぎ。
見てるだけで癒される。なんて可愛らしい子なんだ。
「あ、あれ? やっぱり喋れないんじゃないんですか?」
「そんなことないよ。ウサギくんは喋れるよ」
「えー。でもぼーっとしてますよ」
「どうしちゃったんだろう? お願い。ウサギくん喋ってみてー」
カナちゃんもロリフェイスの『金縛りちゃん』も不思議そうに、何かを待っているかのようにじーっと見つめている。
正直言って恥ずかしい。
こんなに可愛い子たちに見つめられているだなんて恥ずかしすぎる。
童貞には耐えられない。否、男なら誰でも耐えられるはずがない。
「天国だ」
「すごいです!」
「でしょー!」
ロリフェイスの『金縛りちゃん』はさらにはしゃぎ始めた。どうしたんだろう。
カナちゃんは自信満々にドヤ顔だ。ドヤ顔も可愛いとか天使かよ。
でもなんでこんなに楽しそうにしてるんだろう。
二人とも僕のベットの上で座りながら跳ねてる。
手を繋ぎ合ってるのも可愛いすぎるんだよな。これが百合ってやつか。
「は、初めまして。レイナです」
レイナ?
ああ、この子の名前か。
レイナ。いい名前だな。カナちゃんの次にいい名前だ。
金縛りの幽霊のレイナ。
ん? 待てよ。
幽霊のレイナ。ゆうれいのレイナ。すごいピッタリな名前だ。
って、前にも似たようなことあったな。
「カナちゃんと同じ金縛りの幽霊です。よろしくお願いします」
子供っぽいなって思ってたけど、とっても礼儀正しいなこの子。しっかり敬語だし。
って、えーっと待てよ。状況を整理しないと。
この子は誰に挨拶してるんだ? よろしくお願いしますって……僕にだ!
しゃ、社会人として挨拶を、挨拶を返さないと。
「よ、よそしくおねがいしなす」
噛んだ。しかも微妙な噛み方。
噛むんだったらもっと盛大に噛んでくれ。
めっちゃ恥ずかしい。
「レイナ生きてる人とお話ししたの初めてです!」
「ウサギくんはすごい人なんだよ」
僕が噛んだのはスルーされたっぽい。聞こえなかったのかも。それとも気を使ってくれてる?
どっちでもいいや。なんとか助かった。
本当に姉妹みたいな二人だな。
でも自己紹介の時、姉妹とか言ってなかったな。カナちゃんと同じ金縛りの幽霊って。
見た目からしてカナちゃんの方が先輩っぽい。まあ、幽霊の世界でも上下関係があるかどうかは謎だけど。
「二人いて栄養は大丈夫なんですか?」
栄養?
なんのことだ?
「ウサギくんなら問題ないかな。栄養たっぷりだよ」
僕なら問題ない?
栄養たっぷり?
どう言うことだ?
言ってる意味がわからない。
「栄養ってなんのことだ?」
おっと。つい心の声が漏れてしまった。
なんか無愛想っていうか、素っ気ない感じになってしまったぞ。
「そういえば説明してなかったね」
「普通は喋れませんから説明とか必要ないですもんね」
「うん。でもせっかくウサギくんが気になってることだし説明してあげるよ」
な、なんだかよくわからないけど説明してくれるみたいだ。
でも大丈夫か?
生きた人間が幽霊のことを知るのって。
まあ、そんなことは今更か。
せっかくカナちゃんが説明してくれるんだし聞くとしよう。
一言一句逃さずカナちゃんの銀鈴の声を全部を受け止めるぞ!
「私たち金縛りの幽霊はね、金縛りにかかってる人の疲労とかストレスとかが栄養になるの! あっ、あと不摂生な食事で得た体に悪いものとかもだね」
「え? マジで?」
「うん。マジだよ」
マジなのか!
僕が今までやってきたことって正しかったんだ。
迷惑な酔っ払いから受ける精神的ストレス。
バイトによる身体的疲労。
不摂生な食事。
どれもカナちゃんの栄養に還元されてたってことか。
よかった。今までの人生無駄じゃなかったんだ。
「だからこうやって対象者に触れて栄養を補給してるんだ」
ひんやりと気持ちい何かが僕の両手を掴んだ。
何かって言ってももうなんだかわかってる。
カナちゃんとレイナちゃんの手だ。
右手にカナちゃんの手。左手にはレイナちゃんの手。
いっぺんに二人の美少女に手を繋がれるだなんて。しかもベットの上で。
これがハーレムって言うやつか。
なんて幸せなんだ。天国だ天国。本当に天国だ。
「それで栄養を吸うと……」
「え、栄養を吸うと?」
「吸うと……」
「ん? って、ちょ!」
押し倒された。
男の僕が押し倒されるなんて恥ずかしい。
本当は押し倒す方だろ。でもなんだろ。すごいドキドキする。
栄養を吸うとどうなっちゃうの?
まさか、そ、その……え、えっちなことが?
「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」
「…………スハースハー…………スハースハー」
で、ですよね。
なんとなくわかってた。というか今までそうだったからわかってた。
だからカナちゃんはいつもすぐに寝ちゃってたのか。
栄養を吸うと眠くなるから。それで僕も眠くなるって感じだな。
あっ、これやばい。
いつも以上に意識が飛びそう。
そうか、今日はカナちゃんの他にレイナちゃんもいるからか。
だからいつも以上に……意識が……せっかくの……ハーレムなのに……。
「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」
「…………スハースハー…………スハースハー」
二人の寝息が子守唄になってる。
気持ちいい。耳心地がいい。
このまま寝たい。
このまま……このまま……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ピピピピッピピピピッ
目覚まし時計の鳴る音だ。
目覚まし時計を止めようとする手を見て昨日のことを思い出す。
カナちゃんと繋いでいた右手だ。
いつの間にか僕は眠ってしまっていたみたいだ。
それにしても寝起きだというのに、いつも以上に力が漲っている。疲労が全く感じられない。清々しい朝だ。昼だけど。
つまりカナちゃんが言っていた疲労やらストレスやらが、金縛りの幽霊にとっての栄養ってことは本当だったんだ。
僕の疲労とストレスを吸い取ってくれた。それでカナちゃんとレイナちゃんの栄養になったってことだよな。
だったら今日も居酒屋のバイトを頑張らないと。
それでいつも以上に精神的ストレスと身体的疲労を溜めないと。
今夜もまた二人が来るかもしれないから。
カナちゃんとレイナちゃんの二人の分も頑張らないとな。
さて、気合が入ったところでスマホを確認っと。
どうせ連絡が入っててもお母さんからだろうけど。
まあ、滅多に連絡なんてないんだけどね。
でも確認するのがルーティーンになってるし……って、え?
メッセージが二件もある!
だ、誰だ?
お母さんか?
あっ、店長か。
一件目のメッセージは店長からだった。
扉の工事に時間がかかりそうなので今日の営業も臨時営業にする……か……。
せっかくやる気が出たのに……まあ、工事が終わらないんじゃ仕方ないよな。
もう一件は誰からのメッセージだろう。
やっぱり営業しますとかのメッセージかな?
ち、違う!
手が小刻みに震え始めた。
鼓動は激しくビートを刻んでいる。
呼吸も荒くなっていく。
に、二件目のメッセージはリナ先輩からだ!
『デートしようぜ❤︎』
たった一言。
そのたった一言のメッセージが死ぬほど嬉しい。
ハートの絵文字もめっちゃ嬉しい。
けれど疑ってしまう。
本当にリナ先輩か?
もしかして罰ゲームで送ってるとか?
いや、リナ先輩に限ってそんなことはあり得ない。
それに変に解釈しちゃダメだ。
女の子の言うデートというものはただの買い物。
一緒に買い物に行こうって言葉をリナ先輩らしくからかいながらメッセージを送ったんだ。
きっとそうだ。
となれば……ここはクールに返事を。
『行きます』
クールすぎたかな。なんか素っ気ない態度になってないか?
本当だったら、『めちゃくちゃ嬉しいです。是非とも行かせてください。荷物持ちでもなんでもしますから』って返事してたな。
ついでにウサギの絵文字を十個くらい貼ってたかもしれない。
それくらい嬉しい。でもこの嬉しさを文字にしてリナ先輩に送るのは恥ずかしい。
ああ、素っ気ないとか思われたら嫌だな。
まあ、送ってしまったものは仕方ない。
バイトに対しての気合いをリナ先輩とのデートに切り替えよう。
デート……人生初のデート!!
楽しみだ!