11 おっぱいが、おっぱいが、おっぱいが!
さてさて、毎度お馴染みの『金縛り』の時間がやってきましたよ。
今回で金縛りにかかるのは五回目だな。
前回は指先とか唇とか、集中さえすれば少しだけでも動かせることがわかった。
金縛りに対する耐性がついたってことだ。
そんでもって今は、手首を自分の意思で自由自在に動かせている。
自由自在と言っても上げ下げするだけだけど。
腕はまだ動かすことはできていないけど、この調子だったら次の金縛りにでも腕を動かせそうだ。
もしかしたら、今回のこの金縛りの最中に動かせられるようにもなるかもしれない。
それに昨日は少しだけ声を出す事ができた。
いや、あれは声を出せたって言っていいものなのか?
ただただ汚い唸り声を出してただけだぞ。
でもその汚い唸り声のおかげで『金縛りちゃん』改め『カナちゃん』の名前を聞く事ができたんだ。
今日の金縛りでカナちゃんとどこまで親しくなれるのだろうか。
僕はわくわくしながらカナちゃんが布団から出てくるのを待った。
体が動かせたのなら僕から布団の中へ潜り込んで、カナちゃんに会いに行くのにな。
そしていつもと同じように足首にあった掴まれているかのような感覚はすでに胸の辺りまで来て止まっている。
そして今まさに動き出したところだ。カナちゃんが出てくるぞ!
視界の端に映る盛り上がった布団の中から、カナちゃんが顔をひょっこりと出して姿を現した。
艶やかなストレートの黒髪。
こぼれ落ちそうなほど大粒でキラキラと輝いたブラックダイヤのような瞳。
ぷるぷると柔らかそうな透き通った桃色の唇。
小さくて可愛らしい耳。
筋の通った美人鼻。
雪のように純白でシワ一つない肌。
白いワンピースから溢れそうなほどに実ったたわわ。
超絶美少女の金縛りの幽霊――カナちゃんだ。
「可愛い」
「え?」
驚いた表情のカナちゃんも可愛い。
でもなんで驚いてるんだろう。
あー、僕の手首が動いているからか。
いや、でも待て。なんか違和感を感じるぞ。
それにカナちゃんはずーっと僕の方を見てる。手首じゃなくて僕の顔を。
「……喋った? 喋れるようになったのかな?」
え?
喋った? なんのことだ?
喋れるんだっら苦労しないよ。
僕の汚い唸り声をカナちゃんに聞かせることもなかったんだ。
「『可愛い』って聞こえたんだけど、気のせいだったのかな?」
「確かに心の中ではハッキリと『可愛い』って言ったけど……まさかカナちゃんもリナ先輩みたいに僕の心を読めちゃうとか?」
「わぁー! ちゃんと喋れるようになってる! すごい、すごいよっ!」
え?
喋れるように?
僕が?
いやいや、何かの勘違いだろう。
というかカナちゃんが僕の心を読めるようになったんだ。
「もっと何か喋ってみてよ。お話しよーよ」
僕のバタバタと動き続けていた手首が止まった。
ひんやりと冷えた柔らかい何かが絡み合ってきたのだ。
この絡み合い方、そしてひんやりと気持ちい柔らかいものは一つしかない。
「カナちゃんの手だ!」
せっかく自由に動かせるようになった手首もこれじゃ動かせられないな。
でも幸せだ。すっごく幸せだ。
「うん! うん! そーだよ。わたしの手だよ」
今度は、喜んでいる表情だ。驚きも少しだけ含んでいる。
というかなにこの笑顔。可愛い。可愛すぎるんだけど。
やばいやばいやばい。鼓動が早い。とてつもなく早い。
「口から心臓が出ちゃいそうだ」
「んっ? それはどういう意味かなっ?」
今度は不思議そうに小首を傾げてる。
笑顔も最高だけど、こういった一つ一つの表情もまた最高だ。
もっとカナちゃんのいろんな表情を見てみたい。
というか、なんでだろう。
今日のカナちゃんはいつもと少し違う。
心の底から楽しんでいるように見える。
なんでだろう。
「すごい楽しそう」
「うん。生きてる人とお話しできるってとっても貴重だからね。だからすごーく楽しいよ」
抱いていた疑問の答えがすぐに返ってきた。
お話か。カナちゃんが僕の心を読んでるだけなんだけどね。
それにこっちからしたら死んだ人間と話す方が貴重すぎる体験なんだよね。
まあ、そこはお互い様か。
こっちの世界では死んだ人とは話せない。あっちの世界では生きている人と話せない。
それが常識なんだろうな。
そんな常識を覆している僕たちって、もしかして……
「運命の相手!?」
「……うんめい?」
「また心を読まれた。すごいなカナちゃんは」
「心なんて読めないよ。お話してくれてるじゃない」
「え?」
「え?」
「え?」
お話……お話ってあれだよな。言葉と言葉を交わすあれだよな。
そういえば、さっきから違和感を感じてたけど……それってまさか……。
「喋れるようになってる!?」
「うん。喋ってるよ」
肯定の言葉が返ってきた。
昨日までは汚い唸り声しか出せなかったのに今はしっかりと喋れてる。会話ができてる。
何を喋ったかなんて全く覚えてないぞ。全部心の声だと思ってたから当然だ。
今はどうだ?
大丈夫。これは心の声だ。喋れることを認識してからは、ちゃんと使い分けられてる。
でもどうして。どうして僕が喋れるようになったんだ?
やっぱり少しずつ耐性がつき始めたってこと?
手首も動くし声も出せる。
今日の僕はかなり成長してる!
「そうだそうだっ! きみのお名前は? わたしはカナよ」
カナちゃんの名前は知ってるよ。昨日聞いたからね。
僕の名前か。そうだよね。自己紹介がまだだったよね。
「あ、え、あっ、えーっと、ぼ、僕の名前は……や、やまなか、ま、まなと……で、です」
だ、ダメだ。めっちゃ挙動不審になってる。
金縛りに対する耐性ができて成長したと思ってたけど、こういうところは全く成長してねー!
女性の人と喋る機会が少ないし、喋ること自体苦手だからめっちゃ緊張する。超絶美少女だしめっちゃ緊張する!
というか接客以外で人と会話するってこと自体ほぼないぞ。
リナ先輩とはやっとまともに喋れるようになったくらいだし。いや、たまに挙動不審になるか。
心の声だったらこんなに挙動不審にならなかったのに。
くそー。引いてるかな? 気持ち悪がられてるかな?
やばいぞ。やばい。なんとかしないと。
せっかく、せっかくカナちゃんと喋れるっているのに。
会話を、会話を続けないと!
「あっ、えーっと、ま、まなと、愛兎には動物のウサギの漢字が入ってて……そ、それで、み、みんなからは、ウサギくんとか……そ、そんな感じでよ、呼ばれてまして……は、はい……」
だ、ダメだ。バイト初日の時にしたぐだぐだの自己紹介と同じになってしまった。
というか気の利いた自己紹介とかないし、まあ、喋れた方だと思うし、大丈夫……だよな。引いてないよな?
まだ目が思い通りに動かせないから、カナちゃんの表情が見えない。
「…………」
カナちゃんは長い黒髪をかき分けて顔を近付けて来た。僕の顔に髪が当たらないようにと配慮してくれたんだ。
気遣いができてめっちゃ良い子。
大粒の黒瞳は僕の瞳を真っ直ぐに見つめている。
宝石のように綺麗な瞳。間接照明に照らされた薄暗い部屋からでも分かるくらいキラキラ輝いている。
直後カナちゃんは天使のような笑顔を僕に見せて来た。
「ウサギくんか。可愛い名前だね」
マジで天使。可愛すぎる。
心の中で発狂してもいい? 大丈夫だよね? 心読めないんだよね?
ァァアアアアァァァァアアアア天使ィイイイイイ!!!!!
カナちゃん天使ィイイイイイイイ!!!!!
散々な目にあって来たこの名前だけど、今、この瞬間、この名前でよかったって思うよ。
ありがとうお父さん。お母さん。ウサギさん。
「そうだそうだっ、ウサギくんっ!」
「は、はい!!」
可愛い。名前呼んだだけで可愛い。全て可愛い。反則級の可愛さだ。
「わたしとお友達になりましょうよ。生きてる人とお友達になったら、みんなすごいって驚いてくれると思うのっ! それにわたしウサギくんと友達になって、もっともーっとお話がしたいっ」
「あっ、え、あ、と、とも、だち……?」
「ダメ……かな?」
「だ、ダメじゃない! ぜひ! ぜひとも! そ、その、と、友達に! 僕と友達になってください!」
「やったー!! 嬉しいっ!」
「うぐはぁ」
純粋無垢な子供のようにカナちゃんが覆い被さってきた。
体が動けないので抵抗できない。動けたとしても抵抗しない。
だって僕の顔にひんやりと冷たいプリンが、弾力のあるゼリーが……いや、ハッキリと言おう。おっぱいが! カナちゃんのおっぱいが顔に! 僕の顔に乗っているのだ!
ぷるんぷるんと弾力がありつつ柔らかさもあって気持ちいい。
ひんやりと冷たくて顔が熱くなってる僕にはちょうどいい。むしろ気持ちいい。
甘い香りもして心地良い。ずっと嗅いでいたい。
これがラッキースケベってやつか。
漫画や映画だけにしか起きない現象だと思っていたが、まさか現実でも起きるなんて。
いや、金縛りの時に現れる幽霊の時点で非現実的すぎるけど。
それでもこれはラッキースケベの類のものだ。しっかりと体験しないともったいない。
カナちゃんのおっぱいも大きいな。リナ先輩と同じくらいかな?
だとしたらEカップか。って今リナ先輩のこと考えるのってカナちゃんに失礼だ。
それにおっぱいの大きさを比べること自体すっごく失礼だ。
いかんいかん。気を付けないと。
でもなんでだろう。
カナちゃんのおっぱいが全然動かなくなったぞ。
柔らかくてひんやりしてて気持ちいいんだけど……だけど、く、苦しい。
おっぱいで溺れそう。
このままだと、おっぱいに押し潰されて窒息死しちゃう。
いや、天国に逝ってしまう!
「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」
あー、やっぱりだ。寝ちゃってる。
「ぐふ、ふんぐぉ……んぐ……ごぉ……」
ダメだ。せっかく喋れるようになったのにおっぱいがあって声が出せない。
それに起こすのもなんか申し訳ない気がしてきた。
柔らかくてひんやりしてて気持ちいい。
苦しいけど幸せすぎる。でもやっぱり苦しい。
どうせなら苦しまずにおっぱいを堪能したかったけど……。
このまま死んでもいいかもしれない。おっぱいに溺れて死ぬのも悪くない。
むしろ男として最高の死に方なんじゃないか?
童貞なら尚更だ。
「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」
カナちゃんの寝息が聞こえる。
そうだよな。寝てるんだもんな。
ダメだ。ちょっとだけ意識が飛びかけてた。
三途の川は……花畑は……走馬灯は……見えなかった。普通に意識が飛びかけただけだ。
もっとカナちゃんと話したかったな。
もっと名前を呼んでほしかったな。
もっとカナちゃんの笑顔が見たかったな。
「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」
まただ。
また意識が飛びかけたけど、カナちゃんの寝息が聞こえ意識が戻った。
危ない危ない。
神様。
あと少しだけ。もう少しだけ。このままでいさせてください。
カナちゃんと、一緒にいさせてください。
カナちゃんのおっぱいを……もう少しだけ、感じさせてくだ……さい。
あと……す、こし、だけ……もう、す……こし、だけ……おっぱ……い……を。