0話 プロローグ
僕は今、女の子の手を繋いでいる。
これが学校の帰り道で好きな子と……というシチュエーションだったらどんなに嬉しいことだろう。
だが現実は、僕のこの甘ったれた妄想通りにはならないのだ。
「っ……! おらぁぁぁ!!!!」
刻分 晴人は崖から落ちそうになっている少女を気合いで引き上げた。少女が無事に地面に着くと、二人は力が抜けたようにぐったりと座る。
中肉中背で筋トレもしてない晴人だったが、案外なんとかなったと額に流れた冷や汗を袖で拭う。
「ど……て……」
少女は俯いたまま、ぼそぼそと呟く。
「どうして……私を助けたんですか」
少女が言い放ったその言葉は、覇気がなくどういう感情で言ったのか分からないほど機械的な言葉だ。
しかし、どこか助けを求めている救済の叫びでもある。
「それは、僕が君を助けたいと思ったからだよ」
晴人は少女の目を合わせるために顔を覗き込んで言う。晴人の瞳はこの世の全てを透き通るような澄みきった青空の色。少女はその真っ直ぐな瞳に恐怖を感じるほど見惚れてしまうが、無表情のままだった。
「そう……死なせてもくれないのね……」
少女は天を仰ぐように夕日の空を見つめると静かに涙した。夕日が逆光となり、星のようにキラキラと輝く涙と白い肌は、晴人の心が奪われるのも容易いだろう。
少女をぼーっと見つめていると少しの違和感に気付く。
この違和感はなんだ。肌の色だ。
肌が白粉を塗ったように……
いやこれは、白粉の白さではない。その部分だけ色が抜かれたような……
「もしかして……色無病に罹っているのか」
「えぇ、そう。重症」
色無病──
数年前、突如として正体不明のウイルスが全世界で発生した。
日本ではそこそこ知名度のある病気だが、世界全体で見れば感染者は非常に少なく、謎の多い奇病であると評されている。
そんな謎深き奇病、色無病に感染した人にはある共通点があった。
それは生きがいを失くした時、あるいは感情が欠落した時に感染する。
主な症状は全身の白蝕化。
白蝕化とは、指先または足先から徐々に色を抜かれたように全身の肌が白く染まる事を指す。
しかし、症状が出るのは体だけではない。
症状が進行すると感情が無くなり、どんなものでも興味を示さなくなる。今まで培ってきた感情も綺麗さっぱり失くなり、心が死に、廃人化する。
こうなってしまうと感情を抱く事も完治する事も不可能になってしまう。
完治する方法はただ1つ。
心を揺さぶられるほどの強い感動を抱くことだ。
「(よく見れば手足も真っ白に染まっている……いや、顔まで進行しているじゃないか!?)」
晴人が素人目で見ても、色無病の重症者で分かるほど少女は白かった。
どんな色を与えたとしても、白で上書きされるほど美しく、儚さを帯びた白い肌。
とある噂では、白蝕化する人間は感染していない人間よりも一段と魅力的に見える視覚的作用があり、色無病により廃人化した人間を多額の値段で売るといった人身売買が行なわれているらしい。
実際、白蝕化している人間は美しいと世間体でも、メディアでも、誰だって本能的にそう思っている。
しかし、そう思っているのは感染していない人間だけ。
何故なら、色無病に罹らない限り、無感染者は永遠に他人事だと思うからだ。
そして晴人もその一人だった……
「(色無病に罹っている人を見たのは初めてだ……それにこんなに進行している人もテレビでもSNSでも見たことがない。白蝕化している人がこんなにも美しいなんて……)」
少女を助けて、少女に惚れてから何分何時間経ったのだろうか……
永遠だったような……一瞬だったような感覚の中、晴人の時間を進めたのは少女からの言葉だった。
「……私は感情を完全に失う前に死にたかった。でも、貴方に助けられて少しほっとしている所もある……」
少女は流した涙にそっと触れる。懐かしい感覚……と口を溢して晴人を見る。
「ねぇ、もしかして貴方が私に色付けてくれる人?」
「えっ」
この日から晴人は少女に色を付けるために、色無病を治すために少女の心揺さぶるものを探す。
例え、その心が蝕まれようとも──