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僕たちの使命~君の成長のために~

作者: あいみ

ご夫婦の家で暮らすねこのぬいぐるみの「僕」と仲間たち。楽しい日々を送っていたある日、人間の赤ちゃんがお家にやってきて・・・僕たち、どうなるの?!

第1話


僕はねこのぬいぐるみだ。口の周りとお腹の部分が白く、それ以外は黒の生地で作られている。

恰幅がよく、いわゆるおしゃれな類いの猫ではない。前向きに脚を広げて座った状態で僕は作られた。


今はご夫婦が二人でお住まいのお家で暮らしている。ある日、僕はこの家のご主人に貰われてやってきたのだ。


きっかけは、確かご主人の弟さんがクレーンゲームで僕を捕まえたのだが、ご主人が僕を見て気に入って連れて帰り、この家で暮らすことになったのだ。


長いこと僕はこの家のテレビ台や鏡台の上に飾られる事が多かった。同じぬいぐるみ仲間の、ひつじちゃんやシロクマ君達と仲良く暮らしていた。


「ねえ、今日のお夕食、おいしそうだったね。」僕はみんなに話しかける。


「うん、君にとってはひとしおのご馳走だったろうね。焼き魚だったから。」温厚なシロクマ君が答えた。


「今日の鮭は脂が乗っていたしね。僕も、ご飯食べたいな。」僕は思いを馳せながら言った。


「ふふ。ねこ君ったら、私たちはぬいぐるみだからお腹はすかないのに、食欲はあるのね。」

可憐な声でひつじちゃんが言う。


「まあね、でも、君らだって食べてみたいものの一つくらいあるだろう?」僕は尋ねた。


「そうね。私はチーズを食べてみたい。ご主人がよく食べている、あの白くて四角いものよ。」と、ひつじちゃん。


「僕はそんなに食べ物に興味はないけど、「水」がどんなものか興味があるな。噂では味がしないらしくて、ないと生き物は生きられないらしいよ。」シロクマ君が言った。


こんなたわいもない話をしながら、僕たちは毎日を楽しく過ごしていた。



ある春の日のこと、お出かけになられたご夫婦が家に戻ってきた時、いつもと様子が違う事に僕らは気が付いた。


旦那様は、腕に人間の赤ちゃんを抱き抱えていたのだ。


「???!」

―どういう、事かな?!―


僕らは互いに目配せし合った。そして無言の合図を送り合う。


『ご夫婦が眠ったら、夜の緊急会議を開くよ!』


夜は更けていった。まずご主人が先に眠りにつき、ほどなくしていつものいびきが始まった。それから少し時間が経ってから、台所の片づけを終えた奥様が、

眠っている赤ちゃんのお布団を少し直し、隣に敷いたお布団でおやすみになった。

奥様は普段より早く眠ったようだ。いつもは本を読んだりして、もっと遅くまで起きているのである。


「じゃあ始めるよ。まず、この状況は、僕らにどんな影響があるのか考えてみようじゃないか。」シロクマ君が会議の火蓋を切った。



第2話


赤ちゃんがやってきて、ひと月が過ぎた。


心配していたような生活の変化は起こらなかった。赤ちゃんがやってきたことで、僕らの生活する場がなくなるのではないかと、

僕らは皆戦々恐々としていたのだ。最初の1週間は、毎晩、深夜会議を開いていた。


「サンタのおじい様、僕たちどうなっちゃうんでしょう?」僕たちの仲間の一人で、長老でもあるサンタのおじいさんに、僕は尋ねた。


「ん。・・・あー、すまない。シーズンオフの時は基本1日中寝ているからのう。なんだっけのう、人間の赤ちゃんがやってきたと。」


「あまり驚いていないんですね。」とシロクマ君。


「わしぐらいの年になると、色んなことを見聞きしておるから、多少のことじゃ驚かんよ。今までずっとこの家で過ごしてこられたのだから、無碍な扱いはされ

ないとは思うが・・・まあ、いざという時には、なるようにしかならんものじゃが。」と、サンタのおじい様。


「私、お気に入りの鏡台の前から離れたくない。」とひつじちゃん。鏡台の鏡の前が彼女の定位置で、いつもウールのチェックに余念がないのだ。

 

しばしの沈黙。

と、家の電話機のほうから鋭い、良く通る声がした。


「私たちのことを忘れてやいない!?」2つの声が同時に響く。その声の主は、この家の電話機の受付を担当している、うさことうさみ姉妹だった。


「私達がいるからこの家の電話機はほこりが溜まらずに済んでいるのよ。追い出されるなんて、ありえないわ!」


この小柄な2匹のうさぎのぬいぐるみは、家の電話機に平置きにすると、丁度良くプッシュボタンの範囲を覆うことができるため、

ほこりよけとしての役割を果たしてくれているのだ。


「だ、誰も二人のことを忘れてなんかいないよ。いつもありがとう。僕らの中で唯一、ぬいぐるみとしてだけじゃなく、お仕事までしてくれているんだから。頭が上がらないよ。」シロクマ君がフォローする。


「僕も二人のこと大好き!」僕も言った。


ひつじちゃんは黙ってウールの手入れをしていた。


そんな感じの深夜会議をしていたのだった。



赤ちゃんがやってきてから、家の空気が、それまでとは違う、ミルク色のほんわかとした感じになった。


赤ちゃんはとても小さいのに、ミルクを欲しがる時の泣き声はとても大きくて、ぬいぐるみの僕らも耳を塞ぎたくなる程だ。

ミルクを飲む時は、ひたすら集中している。抱き抱えている奥さんも、この時はいかにも優しそうな、お母さんに見える。


-深夜の3:00-


「今晩もそろそろかな」僕は呟いた。

「多分ね。毎晩、1回はミルクの時間があるもの」と、ひつじちゃんが言った時、


「ふぎゃー―!」


と、始まった。隣で寝ていた奥さんはもぞもぞしながら起き、台所でミルクを作って戻ってきた。

待っていましたとばかりに赤ちゃんはミルクに吸い付く。

奥さんは自作の歌を歌い始めた。いくつか持ち歌があるらしい。


「おーやーすみねんねしなー。いーい夢をを~」 今晩はこれか。抑揚の効いたナンバーだ。


赤ちゃんがミルクを飲み終わると、奥さんはトントンと背中を叩いて、ゲップをさせた。


と、その時、隣の部屋から浅い眠りの時間帯に入ったご主人のいびきが大きくなり、

寝言で「2メートル足りない!」と、のたまった。


「人間界は大変だね。」と僕。


「ぬいぐるみでよかったわ。」とひつじちゃん。


「しかしこの泣き声やいびきで、よく他のみんなは寝ていられるね。」

僕は言った。赤ちゃんがやってきてから、毎晩こんな感じなのだ。


「シロクマ君はかまくらの壁があるから聞こえないのよね。サンタのおじさんはシーズンオフは冬眠状態だし、うさこちゃん達は仕事で疲れてるんでしょう

ね。」シロクマ君専用のフェルトのかまくらを撫でながらひつじちゃんは言った。


赤ちゃんは満足したみたいで、再び眠りについた。夜中だけでなく、日中もこんな感じで、とにかく良く寝ている。

お腹が空くと泣きながら目覚めて、指をしゃぶっている。とても小さい赤ちゃんの、とても小さいお手てだから、指というより、手をくわえているようにも見え

る。


仕草の一つ一つがかわいらしいのだ。ミトンをつけている時などは、顔の周りがふんわりとした泡に包まれているようだ。


僕たちは赤ちゃんの観察に夢中になった。そうして時は過ぎていき、寝返りができるようになり、ずりばいができるようになり、はいはいもするようになった。



その時、本当の危機が徐々に僕たちに迫っていたのだ。



第3話


赤ちゃんがはいはいを始めるようになり、いろんなものに手が届くようになった。テレビ台の上にいる僕らにも手が届くようになり、赤ちゃんの丁度良いおも

ちゃになったのだ。


「あーうー。ないない。」喃語も発するようになった。


僕の背中についているタグが気になるらしく、しょっちゅうなめられるようになったのだ。ちょこんと出ているのが面白いのだろうか。


赤ちゃんは僕らをぬいぐるみ、ましてや動物とは認識していないけど、僕は赤ちゃんのおもちゃになったのがまんざらでもなかった。


「ねこ君、大活躍ね。」鏡台の上からひつじちゃんが言う。

「うん。くすぐったいけどね。赤ちゃんが楽しんでくれているから、僕も楽しいよ。」

ひつじちゃんのいる鏡台にはまだ手が届かないので、まだ赤ちゃんと触れ合ってはいないけど、赤ちゃんはひつじちゃんに気が付いてはいるらしい。


「この間、赤ちゃんったら、じっと私を見つめていたわ。私のウールに見とれていたのね。」


「わしの帽子、しょっちゅう行方不明になるんじゃが。」

サンタのおじいさんは、アルミの缶でできているので、厳密にはぬいぐるみではないのだが、帽子の部分が外せるようになっている。タグこそないが、赤ちゃん

はサンタのおじいさんの帽子を気に入って、はいはいの時に手に持ち、床を滑らせるようにして移動するようになった。その様子は、まるでふきんで床をふきふ

きしているようにも見える。


シロクマ君はというと、かまくらにかくれんぼしていることが多いものの、見つけられると、やはりタグを赤ちゃんのお口に持っていかれるのだった。頭隠して

尻隠さず状態なのだ。


「また見つかっちゃったよ。うまく隠れたつもりだったのに。」

そして赤ちゃんはタグを引っ張ったりなめたりするのに夢中になるのだった。


「ルールル―」家の電話が鳴った。

「珍しいわね。家の電話が鳴るなんて。」うさみが言う。

「どれどれ、はっっ、『非通知』だわ、これは出てはだめよ」うさこが1コールで電話が鳴るのを止めた。


うさことうさみのいる電話台の高さは、人間の大人の肩くらいなので、まだ赤ちゃんには見つかっていないようだ。


―そんなある日のこと、突然変化は起こった。僕らの居場所であるテレビ台がなくなったのだ。


奥さんが、赤ちゃんの動きが活発になってきて、テレビ台の角に頭をぶつけそうになって危ないという理由で、テレビ台を撤去してしまい、僕とサンタのおじい

さんは寝室の押し入れに追いやられてしまったのだ。


ひつじちゃんとシロクマ君は鏡台の引き出しの中に仕舞われてしまった。


電話番のうさことうさみはそのままだった。

「みんな、大丈夫?!」とうさこ。「どこにいるの?」うさみが気遣う。


「ここは暗いよう。何も見えないよう。」僕は言った。

「ついにこの日が来よったか・・・」諦めたような声でサンタのおじいさんが言う。


僕らはもう日の目をみることができないのだろうか。赤ちゃんやこの家の人たちから忘れられてしまうのだろうか。


第4話


―半年後―


赤ちゃんは、一歳になり、つかまり立ちができるようになったらしい。小さな積み木を積むこともできる。

サンタのおじさんは、新たな役割ー積み木のケースとして活躍していた。


うさことうさみは相変わらず電話の受付をしていた。


僕は押入れに入れられたままで、シロクマ君とひつじちゃんは、鏡台の引き出しの中に仕舞われたままだった。


夜になると時々、会議をしていたが、結局はぬいぐるみ、自分では動くことができない。僕は諦め半分の気持ちになり、参加しない日も多くなった。ずっとこの

押入れで暮らしていくのかと思うと、悲しい気持ちになった。


シロクマ君とひつじちゃんは鏡台の引き出しの中なので、時折奥さんが開けることはあるようだけど。



―月日は流れ、更に半年が経過した。


ある時、僕は突如、誰かの手によって押入れの外に引っ張り出された。


そのまま僕は、台所に連れて行かれた。そこにはあの赤ちゃんがいた。いや、もう赤ちゃんというには、ふさわしくない。なぜなら立っていたのだから。


奥さんは、女の子から少し離れた位置で立て膝をついた。そして左腕に僕を抱えると、僕の頭をなで始めた。

「いいこ、いいこ、よしよし」

女の子はじっとこちらを見ていた。と、よちよちとこちらに歩いてきた。


女の子は僕を抱き締めた。そして、奥さんの真似をして頭をなでてくれた。


―今はただの真似だけど―


その時僕は確信した。僕の使命は、この女の子の成長の支えとなることだと。

僕にしてくれたような優しい気持ちを、他のみんなにも持てるようになるように、見守っていくことだと。


サンタのおじいさんと一緒の、段ボールでできた四角いおもちゃ箱が、僕の新たな居場所となった。


その日の夜、僕は会議で以前の調子を取り戻して発言した。


「嬉しいな。またみんなと過ごせるようになって。押入れは昼でも薄暗くて憂鬱だったもの。そういや、ひつじちゃんとシロクマ君はずっと鏡台の引き出しの中

にいるの?」


「まあね、でも閉じ込められているっていう気はそんなにしていないのよ。

なんたって、宝石と一緒の引き出しよ。プラチナの指輪と、ルビーのペンダントがあるのよ。」

ひつじちゃんが目を宝石の様にキラキラさせながら言う。


「僕もまんざらじゃない。ラタンは落ち着く素材だし。時々は開けてくれるしね。

僕達の大きさじゃ、おもちゃ箱の中じゃ下の方に埋もれて潰れてしまうかもしれないから、気を遣ってここに置いてくれたんじゃないかな。」シロクマ君はこの

状況を冷静に考えていたのだ。


「わしはおたおた寝ておられんよ。転がされたかと思えば、今度は積み木を入れられる。ご機嫌斜めになると放り投げられるわで。こんな日が来るとは思わなん

だ。」

サンタのおじいさんは、今や僕らの中で一番忙しいようだ。お疲れ気味だ。


「変わらないのは私達だけね。電話をホコリと特殊詐欺から守るのが私達の使命!」

今のところは、ね。女の子の手が電話機の高さまで届く日は近そうだ。


さりげなく女の子の方を観察すると、お昼寝中のご主人の頭を「いいこ、いいこ」というようになでているところだった。


僕は、いずれは皆が、女の子のお世話の対象になるのだろうと思わずにはいられなかった。


君が、僕たちをぬいぐるみとして遊んでくれるようになるのはきっとこれからだね。


よろしくね、みのりちゃん!



お友達や家族と同じように、優しく遊ぼうね!

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