8.結局こうなるよね
8.結局こうなるよね
「まあ、上司命令じゃ結局こうなるよね……」
実家の自室。そのベッドの上でゴロゴロしつつ、ミウは溜め息をつく。
結局、視察には『異性の友人と遊びに』という設定でサラと行くことになった。
アクアリウム・ラグーン。領地同士の境界線にあたる境界地帯につくられた、巨大人工湖にある水族館である。
湖畔にはホテルやロッジなどの建物宿泊施設の他、キャンピングエリアもあり、まさにレジャーの、特に夏の定番と化した人気スポット。
「確か、特殊な術式で海水魚とかも飼育してるんだっけ」
湖だが、エリアによっては海水魚もちゃんといる。それは専用の術式で海と同じ環境にしているからだと、シェルディナードとお隣の領地の主が言っていた。
「作られた時は別の対応してたから、行ったこと実はないんだよね……」
一瞬遠い目になるのは、別の対応が『人災』だったからで。
内容はまさしく字の通り、不定期にくる大規模な他世界からの人間による侵略のこと。この世界、特にミウの職場がある第一階層は他の階層よりも他世界と繋がる穴が空く確率が高い。それが大規模に、そして事によっては意図的に空いて、他世界の人間が侵略しに来る事があるのだ。
別にこの世界に住む大多数の魔族的に、力としてはそこまで脅威ではない。が、数が数の事が多いし、何よりシアンレード領は人間が多い。人間と変わらぬ程度の力しか持っていない魔族も住んでいるので、ミウが所属し指揮を任されている騎士団がせっせとその対応に当たらざるを得ないのだ。
思えば華のない日々。
ちなみに騎士団に所属している全員に、領主主導のテーマパークなどの優待利用券が配られているので、利用する者は積極的に活用している。
「……よし。楽しもう!」
――とりあえず、サラ先輩はいつも通りだろうし、一人で行ったと思えば!
二人で行ってもサラのいつもの様子では正直居ても居なくても一緒。なら、一人で遊びに来ているのだと思ってお一人様の楽しみ方をして満喫しよう。そんな事を考える。
二人で来てるのに一人より寂しい、よりマシだ。
本人が知れば物申したい顔になったかも知れないが、普段の行いがそう思われるのだから仕方ない。
休日は人出も多いし、仕事として行って良いと言われているので今回は平日に決行する事にした。勿論、日帰り。
「楽しもう。……たとえ一日会話がなくても」
――サラ先輩、どれだけ起きててくれるかな……。
記憶にあるサラはいつも眠そうか本当に寝ているかが多い。
「もし寝たら救護室に預けるかベンチに寝かせて……」
とにかく横にして置いとけば良いだろう。もしくは自分で適当に寝る場所確保して寝てるだろう。
ミウも自覚はあるが、サラの扱いはわりと雑だ。
「考えれば考えるほど、無いなぁ」
嫁に行くどころか付き合うとかも想像できない。どう考えても無い。顔と地位や財産だけでは少なくともミウの心は動かないのだ。
「服装は、パンツで。サンダルより意外と歩くかも知れないから普通にスニーカーかなぁ」
または柔らかい革靴かショートブーツか。
デートほどの気合いは要らないが、とりあえず異性の友人と並ぶ事を考えたコーデに頭を悩ます。
友人とのお出掛けならそんな悩まなくても良い? 否である。
「ちゃんと考えないと、サラ先輩に心、抉られる」
よみがえる苦い……と言うには渋すぎる記憶の数々。
「メイクも……。ごく薄くナチュラルでもしないと」
はっきり言って、意中の相手と出掛けるデートの方がまだ気楽になれる。サラとのお出掛けは戦だ。または真剣勝負。
一切物理的に傷つけられた事はない。が、精神的には毎度容赦なく抉られ削られ。
「いや、ほんと無い。やっぱ改めて無い。むしろ、前言撤回、ずっと寝てていい」
寝てれば静かだしダメージを与える発言もない。
「ほんと……何であんな事、言ったのかなぁ。サラ先輩」
やっぱり何を考えているのか。
考えても仕方ないと割りきって、ミウは溜め息をついた。
「あ。お弁当も要るんだっけ」
ピクニックエリアもあるので軽く食べられるお弁当も持って行って欲しいと言われていたのを思い出す。
「でもサラ先輩、食べないんだよねぇ」
極端に食が細く、サラはいつも一口そこらで食事を終える。残ったものはシェルディナードが平らげていた。または、シェルディナードのものから取り分けていたとも言えるかも知れない。
「うーん。サンドイッチ……ピンチョスで良いかな」
何を隠そうミウのいる実家はパン屋である。パンには事欠かない。家は弟が継ぐが、ミウも一応簡単なものは作れる。過去にシェルディナードのお弁当として食パン一斤焼いて持っていった事もあるのだ。
「よし。やりますか!」
作るものを決めてベッドから降りたミウは部屋を出る。
パン生地をめった打ちにするのも良いストレス発散になるのだ。
今年が皆さんに良い年となりますように。
明日も更新予定です。