6.その人に興味ありません
6.その人に興味ありません
「寝言って……。ちゃんとしたお仕事」
「な・ん・で、あたしがサラ先輩と行かなきゃいけないんですか! 先輩、あたしの話聞いてました!?」
「え。なに。ミウさんとあちらさん喧嘩でもしてるの?」
「いんや。サラがミウに付き合い申し込んだだけ」
「『だけ』なんて軽く言わないで下さい! 特にシェルディナード先輩がっ!」
「それはミウさんが正しいわ」
あまりにも叫び過ぎて肩で息をするミウに、シェルディナードが溜め息をつく。
「仕方ないじゃん。俺の所ダメだし、ケルん所は新しい方の面倒見てるんだからさ」
「ディア様だって」
「ごめんなさい。アタシの方も無理……と言うか、アルデラちゃん興味無さそうだから参考にならないと思うの」
「つーわけで、ミウとサラで決定」
「別に他の団員達でも良いでしょう!?」
「だーめ」
これはもう決定事項だと言うようにシェルディナードが言い切る。
「パターン取るからミウ以外にも行かせるけど、上層から出すのはミウとサラのペアで決定。家族パターンとか他は違う奴に任せる」
「サンプリングのパターンは多い方が良いものね」
そんな二人にミウがぷるぷる身体を震わせた。
「ミウ」
「…………」
「ちょっと頭冷やせ」
「よっ、くも、言えますね!?」
あんまりにもあんまりな言葉。ミウが思わずと言った目でシェルディナードを睨む。
「俺だから言う。頭、冷やせ。今のミウはなに?」
「……………………シェルディナード様の、一部下です」
「ん。いつもなら仕事に入れば切り替え出来てたけど、今は冷静に出来てねぇだろ? その状態で仕事したら何かデカくミスるぞ」
「……はい」
何度か静かに瞳を閉じて呼吸をミウは繰り返す。
そして緑の瞳を開ければ、微笑みを浮かべる余裕はないものの、先ほどまで身体を覆っていた怒りのオーラは鳴りを潜めて。
「取り乱して失礼致しました」
「後で聞くから、それまで抑えとけ」
「……はい。でも、大丈夫です。シェルディナード様に言うのも、よく考えれば変な話ですし。あたしが自分で折り合いをつけるべきです」
――あたしは、シェルディナード先輩の後輩で、部下で、友人だ。
確かに友人でも後輩でも、仕事では関係ない。
私情を持ち込みすぎた。
これからは気をつけなきゃ。そう思ってミウはそこからはいつもの仕事に戻った。
◆◆◆◇◆◆◆
「ちょっと。あんたが泥棒猫ね!?」
「はぁっ?」
職場からの帰宅途中。第四階層の夕闇に染まった通りを歩いていた所で掛けられた言葉に、思わず低い声が出た。今日は厄日だろうか。
いや、それを言うとわりと頻繁に厄に見舞われている気がしないでもないのだが。
大通りから少しの住宅街入り口にあたる場所で、ヒステリックに叫んだ女性の後ろでおろおろと狼狽えている男性を視界に入れたミウは、頭の隅で引っ掛かりを覚えた。
数日前に確か声を掛けてきた男性ではなかろうか。
ちょっとしつこかった記憶がある。我慢して足早に離れたが、そういえば直後に後方で女性と言い争う……と言うか問い詰められていたような。
――何で……こんな事ばっかり…………あたし、何かしました!?
完全に誤解、そしてとばっちり。事の全貌が見え、怒る気力より疲労感とやるせなさが凄い。
――どうせ、あたしの方が声かけたとかあの男の人、言ったんだろうな……。
掛けない。今の状態でも声を掛けない相手に、決着前の時に声を掛けるわけがない。
そして悲しい事に、既婚独身問わず職場で周囲にいる男性の方が顔も人も上かつそんなのに囲まれていたから自然とミウの選定ハードルは上がっていた。
そんな諸々あるのでこの狼狽えてる男なんか『いいな』と思う範囲に掠りもしない。
誰が悪いというものでもないが、とんだ弊害である。
――あたし、本当に行き遅れるかも……。
心の中で乾いた笑いをこぼすミウだ。
「人違いです。その人に興味ありません」
「ちょっと待ちなさいよ!」
ミウの淡々とした言い方も気に食わなかったのか、女性がミウの腕を掴む。興奮しているからか、掴む手には力が入っており爪が上着越しではあるが腕に食い込む。
「離して下さい」
痛いと思いつつ、振り払おうと腕を振るったのが良くなかったのか。
「あっ」
勢いがついていた所で振り払った為、ガクンと身体がバランスを崩す。
いつもなら踏ん張れるのに、足首から力が抜けて身体がそのまま後ろに倒れるのがわかる。
不思議とスローになる視界に、このまま倒れたら頭を打つかも知れない。受け身を取らなければと頭の中では理解しつつ、身体が追い付かない。
――あ。身体が追い付かなくて出来ないからスローモーションに見えてる? え。これ走馬灯とかの部類?
走馬灯ではなくても、頭を打ったらヤバそうではある。しかし為す術がない。
そんな事をしてもどうにもならないが、ミウは衝撃と痛みを覚悟してぎゅっと目を瞑った。
が。
「あ、れ?」
ぽすん、と。地面にしては柔らかく、空を仰ぐはずが視界には驚き固まる女性と、狼狽え男が見える。
「なに、してるの」
ミウの頭の上から降ってきた声は、聞き馴染みのあるものだった。
「ひっ」
「ご、ごご、ごめんなさい!」
どうやらいつもより冷たいその声と言葉はミウにではなく、前方で固まっていた女性と男性に向けられていたようだ。
二人がその声に慌て逃げていく。
「サラ、先輩?」
年の瀬ですね。明日も更新予定です。