5.バカにしてます!?
5.バカにしてます!?
「で。どうなったの?」
「……家に、駆け込まれて、ドア、閉められた」
「あ~……」
ついさっきの事である。
サラは心友のシェルディナードと共に第一階層の街にある大衆食堂の一角で顛末を報告していた。
「なんで、だろ?」
本気でわからないらしく、サラが小首を傾げる。
「んー。とりあえず、どうすんの? 諦めとく?」
「ううん。まだ、理由、聞いてないし。わからない、から」
「そっか」
「うん」
シェルディナードは焼き鳥の串を五本ほどペロリと平らげ、今は枝豆を口にせっせと運んでいる。
「ルー、ちゃん」
「ん?」
「オレ、そんなに、ダメ?」
「全然。ダメなわけねぇじゃん」
シェルディナードは驚いたように軽く片方の眉を上げた。
家の格は並ぶものなし。家とは別に個人としても人形師として稼いでいて一財産あり、容姿はどちらかと言えば美人系。それがガワだが。
「俺はサラ、すげー良いと思うけど?」
シェルディナードとしては、ガワよりも内面が大事だと思っていて。
「サラ、優しいし。面倒見良い上に、めったに怒んねぇじゃん。人の意見だってちゃんと聞いてるだろ?」
まぁ、シェルディナード以外の者が同意見かと言うと悩ましいのだが。
「優しい、かは、よく、わかんない。面倒……見てる、のも、自分じゃ、意識、してない、し。あと、怒るのは、疲れるからだけど……」
人の話、聞いてるつもりだけどミウは怒らせた。と、サラにも思うところはある。
話を聞くのと、ズレてるのは別問題という悲しい現実がここに。
「ミウは、なんか、違うみたい、だし」
「それは否定しねぇけど、タイミングの問題だったと思うんだよなあ」
山盛りだった枝豆はすでにサヤだけになり、店員が一言かけてから空いた皿を下げていく。シェルディナードは既に煮物をつついていた。
「タイミング……」
「今回に関しては、俺も一因だから手も口も出しづれぇんだけど」
「ううん。良い、よ。これは、オレがどうにか、する、もの、だと思う、し」
ふるふるとサラが小さく頭を横に揺らす。
「でも……。女の子って、難しい、ね」
お前が難しくしてるんだよ。とツッコミを入れるものが不在だ。
◆◆◆◇◆◆◆
「サラ先輩やっぱりあたしをバカにしてます!?」
ミウは勤め先である第一階層のシアンレード領騎士団、上司のそして団長の執務室である部屋で、執務机に書類の束を叩きつけながらそう叫んだ。
叩きつけられた机の主であるシェルディナードは、何とも言えない苦笑を浮かべていた。昨夜聞かされていたとは言え、相当おかんむりのようで。
「シェルディナード先輩からも言ってもらえませんかね? 変な嫌がらせしないで下さいって……」
据わった緑の眼光が鋭すぎる。
しかし内容が内容だけに下手につつくと蛇が出るのも事実。よって取れる方法は自然と限られた。
「ミウ」
シェルディナードはにっこり笑う。
「何ですか」
「お茶淹れて」
「シェルディナード先輩……」
ぷるぷると震えたミウが声を張り上げようとしたまさにその瞬間。執務室の扉をノックする音が室内に響いた。
「失礼。シェルディナード、居る?」
「よぉ。ディア」
入ってきたのは艶やかな紅の髪を一つにまとめて結った派手な美人。普段は着物が多いが、今日の気分は他世界でアオザイと呼ばれる両脇に深く腰辺りまでスリットの入った詰め襟の長衣だ。
品の良い薄藤色と光沢のある白糸で織られ、光の当たり方で鳥と蔦模様が浮かび上がる。
「こんにちは。一応、予約入れてたはずだけど、お取り込み中かしら?」
スッと切れ長の瞳は蕩けるような蜂蜜色。
「いんや。大丈夫。つーことで、ミウ。おー茶」
「……。はい」
来客対応で強制的に意識を切り替え、ミウは部屋に備え付けられた茶器コーナーへ向かう。
「ディア様は珈琲と紅茶、あとは緑茶もございますがどうなさいますか?」
「それじゃあ緑茶を頂けるかしら」
「畏まりました」
ディアはシェルディナードは勿論、ミウやサラとも親交がある。普段の様にふらっと来るなら友人だが、きちんと予約をしたなら仕事の取引先としてなので来客だ。
「どうぞ」
「ありがと」
応接用のローテーブルを挟んで一対のソファ。その一つにすらりとした脚を組み、ミウから受け取ったお茶を飲むディアに、シェルディナードも対面へ腰掛けた。
「美味しい。腕をあげたのね」
「恐縮です」
「で? 予約まで入れるんだから仕事で急ぎなんだろ? なに」
珈琲を一口飲んでから、シェルディナードが切り出す。
「ええ。お隣とアンタの所で作った大型の水族館あるじゃない? そこに入ってるうちの売店とかの施設が最近しっくり来ないのよねー」
「売上下がってるわけじゃねぇんだろ?」
「ええ。けど、上がってもいない。そろそろ水族館はちょっと趣向を変えた二号をオープンする予定じゃない。だからこの機会に何が原因なのかと、内容の見直しをした方が良いんじゃないかと思うの」
「そうだな。確かに全体的に見直しの時期か」
「そうそう。だから、良ければシェルディナードとミウさんで」
「あ。それはパス」
「は? 何でよ」
「泣く」
「…………。ああ、そういえば、そうだったかしら」
無論、シェルディナードが泣くわけではない。ディアはちらりと無表情で佇むミウを流し見てから、視線をシェルディナードに戻す。
「じゃあ、シェルディナードとその」
「それもパス」
「ちょっと」
「だって興味ねぇと思うし。前に幻影花火店に連れてったけど、反応ほぼ無しだった」
現婚約者の仕事に関係がある店に連れて行ったのだが、反応がなかったと言うシェルディナードに、ディアは軽く眉をひそめる。
「それなら……仕方ないわね。でもそうすると…………」
「ミウ。サラと行ってきて」
「シェルディナード『様』、寝言は寝て言って下さい」
明日も更新予定です。今年も残りわずかですね。