25.嫌な予感に手足が生えて
25.嫌な予感に手足が生えて
「それと、そっち、と、これ」
「さ、サラ先輩? あの、何してるんですか?」
テキパキと近寄ってきた店員へ指示を出し、即座に無駄口を一切叩くことなく対応していく店員。それだけでミウの中にあった嫌な予感に手足が生えてスキップで距離を詰めてくる。
止めなければ。
そう思って、がっしりとサラの片袖にしがみついてみたりするが、無視。
「先輩。サラ先輩」
「あ。抵抗、無視して、良い、から」
「サラ先輩ぃぃぃいい!」
サラの出した指示通りの品物が瞬時に集められ、ミウの両腕がそれぞれホールドされ。
「ひえっ!?」
――ひ、引きずり込まれるぅぅぅううっ!
深淵の闇に……ではなく、マジもんの試着室へ。
よくある『簡易』ではなく、本当に『部屋』になっている試着室である。
無情にも試着室のドアが軽い音を立てて閉まり、ミウの両脇でホールドしていた女性店員ニ名が笑顔を浮かべた。
「お待たせ致しました」
少しして、イイ笑顔でミウを試着室に引きずり込んだ店員が、そのドアを開ける。
コツリと靴音をさせて試着室から生還したミウが出て。
ホルターネックの首からデコルテまで薄緑から白へグラデーションするレース、切り替えしから光沢のある生地へと変化して、ふわりと膝より少し上で広がるライン。裾には目立たないながらも繊細な金糸刺繍、形と透け感の違うレースが重ねられている。腰くらいから付けられた飾りリボンの先には雫形の透明な輝石。
靴は爪先が白く、踵に方向にいくに従ってガラスのように透明になっていくもので、細かなクリスタルビーズが散りばめられ輝いている。
「うん。似合う」
「いや、絶対服に着られてますよね!?」
思わず反射的に返したミウの言葉に店員が首を横に振って否定した。
「そんな。良くお似合いですよ。このスノードロップ・シリーズはわたくしどももイチオシのお品です。昨日入荷したばかり。ナイスタイミングでした」
早く誰かに着せてみたかったと言外に表しつつ、親指を立てて良い仕事をした笑顔だ。
「このお衣装にアクセサリーはむしろ無粋ですので、お手持ちのネックレス以外は今回、あえて無しにしてみました」
「良い、ね」
「何でうんうん頷いてるんですかサラ先輩!」
「じゃあ、これ、借りてく、から」
「はい。いってらっしゃいませ」
駄目だ。完全に聞く気がない。
「ミウ」
サラが手を差し伸べる。ヒールはそれほど高くないが慣れないタイプの靴である事は確かで、腕に掴まるか、手を取ってエスコートしてもらうのが楽で安全なのは確かだ。
差し出された手を取ると、思いがけない安定感。
少し支えがあるだけで随分違うらしい。
そのまま向かうのは先程の舞踏広間。
「サラ先輩はそのままですか」
「そう」
人には着飾らせておいて自分はそのままか! という意味を込めて言ったのだが、あっさり肯定一択でかわされた。
そして広間に再度足を踏み入れるのだが……。
――うわぁ……。
よろしくない方向でそんな感想がまずくる。
広間の天井に巨大なミラーボールがギラギラ輝き、中央で踊る二人の姿がビジョンとなった壁面全てにアングル違いで投影され、いたる所が金ピカ。
隣のサラにミウが視線をやると、無表情の中に不快が浮かんでいた。
自己顕示欲が過ぎる。
品がない通り越して下品。
総評、趣味が悪い。
「…………」
「……サラ先輩、大丈夫ですか?」
「うん……」
――サラ先輩、これでも生粋の貴族だからなぁ
一流のものは見慣れているし美しいものはどうというわけではないが、それと比べて格段に見劣りする上に見苦しいものはある意味衝撃だ。ダメージが入る。主に精神に。
たちが悪いのは、それが『攻撃』と呼べる威力がなくてただただ不快なだけであること。
一撃殴られれば多少痛くてもそれまで。しかし、ツンツンと指先で突き回されるのは痛くなくてもストレス値が半端ない。
そんな不快物が視界を埋めている現状、居るだけでサラの機嫌が急降下していくのを、ミウは感じた。いい迷惑。
それでもサラは次の予約を入れて先客が終わるのを待つ。曲が終わり、サラが予約を入れた事で設定がリセットされ、投影されていたものがもとに戻った。
視覚に優しくなった所でミウは無意識に強張っていた身体からちょっと力が抜けるのを感じる。
「ミウ」
「あ。はい」
改めてサラの手を取って中央へ進む。
一歩進むごとに、広間が造り変わっていく。
お待たせしました。しばらく連続更新のターンです。
明日も更新予定です。
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