2.何いってんのこの人
2.何いってんのこの人
――いや。いやいやいや、何いってんのこの人!?
ミウは目の前にいる高等部からの先輩を凝視した。
華奢で人形めいた美しさ。椅子から立ち上がれば意外と背丈もあるのがわかるだろう。それこそわりと長い間、想い続けたもう一人の先輩と同じくらい。
顔立ちは共通するのは一般的に言って八割は美人美形と呼ぶだろう所で、違うのは目の前の先輩は女性的な美しさで、件の先輩は男性的な美しさ。美しさの方向性はわりと反対だ。
いや、外見はミウにとっておまけなので正反対でもどうと言う事はない。そこは別に良い。が。
――サラ先輩? ない。無理。無理無理、無理!
無理がゲシュタルト崩壊しそうな気配がして、ミウは思考を停止した。とりあえず言おう。
「無理です」
「……なんで?」
――反対に聞きたいんですけど、何でいけるって思いました!?
サラはそれなりに理解したものにだけわかる程度に眉をひそめて小さく首を傾げた。
そうして見るとサラの従兄弟である年中眉間シワ医師と良く似ている。
そんな事はどうでも良いが、完全に酔いが醒めた。むしろ爆弾発言過ぎて血の気が引く。冷静に考えてみよう。
――どうせシェルディナード先輩がダメであたしが絡んで面倒だからいっそ自分が回収しとけば良いかな? みたいな考えですよね!? ふざけないで欲しいんですが!
誰でも良いわけじゃない。
誰でも良かったらこんなにぐちゃぐちゃな感情にならない。それなのにとりあえず回収しとけばおさまるんじゃない? 的な感じで軽く言われて「はい」って答える馬鹿がどこにいるんですかね!?
と、ミウの心中は嵐のごとく荒れた。
「ああ、そうですか。あたしが絡んだのがいけなかったんですね。申し訳ございませんでした。すみません。もう絡まないのでこの嫌がらせは勘弁して下さい」
「嫌がらせ……? べつに……」
「本当すみません。帰りましょうか」
流石に絡む相手を間違えた。と言うか、本当は絡むどころかミウから声を掛けるのも身分差的には無い相手だ。
高等部の先輩、と思って馴れ馴れし過ぎたので怒らせたのだろう。だからと言って意趣返し的な酔い醒ましをぶつけて来なくても良いのではないか。
ミウは暗い緑の瞳のまま立ち上がる。
テーブルの側面に掛けられていた伝票代わりのプレートを鷲掴みにして、焦げ茶色のワンピースの裾を揺らしてショートブーツを鳴らし、席を離れて会計まで一直線だ。
「お会計お願いします」
「ありがとうございました。お客様のお席は既にお連れ様が事前にお支払いの手配を頂いておりますので、そのままで結構でございます」
この隠れ家bar、そもそも絡んだ相手が連れてきてくれたものである。事前手配までされているとは思わなかったが、そこまでして付き合ったのに絡んで泣き言を聞かされたら、あの嫌がらせも仕方ないか。
そう思い、ミウは席を立って近寄ってくる相手に礼儀正しく頭を下げた。
「お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。本日はお付き合い頂きありがとうございました」
仕方ないとは頭で思っても、何度も言うが心は別物である。
最低限の礼だけ言うと、ミウはツカツカと逃げるように店を出ていった。
「……って言われたんだよ、ね」
「あぁ~……」
翌日。サラは事の顛末を件の心友に話していた。
ポカポカと日差しの暖かい第一階層、心友の領地にあるカフェテラスにて、優しい色の大きなパラソルが咲く屋外席。心友の前にはホットコーヒーのカップ。サラの前にはアイスコーヒーのグラスがある。
モノトーンコーデのラフなカットソーとパンツを身に纏っているのがサラの心友であるシェルディナード。
褐色の肌に男性的な引き締まった身体だが、筋肉ムキムキというわけではなく、非常に均整の取れたものである。白金の髪に鳩血色の赤い瞳が妖しい魅力を持っていて、サラの幼馴染み。
今、その顔は何とも言えない苦笑に彩られていた。
「何で、嫌がらせなんて言葉、出ると思う……?」
「そうだなぁ……。一つ言えるのは、サラの意図ってか気持ち、伝わってねぇっつーか、捻れて伝わってるつーか……」
「そう、なの?」
「まあ……タイミングとかもあるし、な」
心友にしては珍しい表情と歯切れの悪さに、サラは不思議そうな表情を浮かべる。もちろん、それなりに理解したものにだけ以下略。
「でもさ、サラは俺のトコに娘できたらくれって言ってたじゃん。あれは? 嫁にするつもりだったんじゃねーの?」
「うん。その、つもり、だった、けど」
心友の所に女の子が生まれたら嫁にもらうつもりだった。
魔族は基本的に長命で外見の成長もある程度から非常にゆっくりになる。種族としての特性などもそれぞれで、外見では年齢など判断できない事が多々ある。その為、年齢差というのはほぼほぼ忘れ去られる事になるのだが。
「そろそろ、オレも、言われそう、だし」
心友の所に女児が生まれるのを待つ前に、そろそろサラも結婚しろと家から言われそうな気配がしている。サラも貴族家の次期当主である以上、その義務からは逃げられない。そもそも心友の所に女児が生まれるかどうかも定かではないのだから、待つと言えないだろう。
「だから、どうせ、お嫁さんに、しなきゃいけないなら、ルーちゃんの子以外だったら、ミウが、いいな、って思ったんだけど……」
ちなみにもし心友の娘に嫁が断られてもそれならそれで、自分の養女にしても良いし、何ならサラに息子が出来たらその婚約者にしても良い。どう遠回りしても心友と親戚になれる。
特殊な考え過ぎて人によっては受け付けないだろう。しかし、それを本気でやるつもりなのがサラである。
「サラ」
「なぁに?」
「一つ聞くんだけどさ」
「うん」
「ミウの事、好きなんだよな?」
「うん」
あまりにも躊躇も感慨もなく、当たり前のようにサラが頷く。顔色すら変化せず。
多分これは心友であるシェルディナードしか本気だとわからない。ある程度の理解ではその境地には届かないだろう。
「まあ、そうだよな。じゃなきゃ言わないし」
「うん」
サラとしては、好きだから嫁にしようかな、という感じなのだが、嫌がらせと受け取られた訳で。
「…………俺が口出すと余計こじれそうだからなぁ」
ふられた男から新たな男(互いに知り合い過ぎる知り合い)を紹介されたらどうなるか? それこそ無い。無い。
明日も更新予定です。楽しんで頂ければ嬉しいです。
https://shinchoku.net/notes/66036
始めてみました。
もしちょっとでも楽しみになったらコメントとか頂けるとスピードアップする可能性が無きにしもあらずです。