15.ひぇ
15.ひぇ
「これ、お願いします」
「はい。では焼印押しますね」
バケツの側面に日付と水族館の紋章が入った焼印が押される。ランチボックスは同じ物がないから、それに日付が入れば立派な記念品になるだろう。
それを片手にぶら下げ、ミウは芝を踏みしめサラの元へと戻った。
正確には、戻ろうとした。
――サラ先輩が、女の子に囲まれてる!
ミウが目にしたのは、白いパラソルの開かれたテーブル席で四名ほどの女性に左右から話し掛けられている目を閉じたサラの姿。
「お兄さんお一人ですか?」
「ねえねえ、良かったら私達とぉ」
――ひぇ。
明らかに。物凄く。
サラの機嫌が下降していた。
「何か寒くない?」
「空調おかしいんじゃ……」
――空調じゃないです。その人が原因です。
左右から話し掛けていた女性達が一様に二の腕などをさする。気の所為にしている者もいるが、それ気の所為じゃないよ! とミウは心の中で叫んだ。勿論聞こえない。
そんな他人からしたらわからないだろう超不機嫌なサラの瞳が開いて、ミウへ真っ直ぐ向く。
その瞳が何よりも雄弁に言っていた。
これをどうにかしろ。と。
――無茶言わないで下さいぃぃ! それあたしの所為じゃないですよ!?
しかし、サラがミウを見れば女性達もその視線の先を追って存在に気づく。
――ひぃぃい! ヤダヤダ、これ何か覚えあるやつー!
あれだ。サラ達と出会った頃、高等部のクラスカースト上位の女子達に目を付けられた時と同じ雰囲気を感じる。ヤバい。
このままでは、ヤバい。
「さ、サラ『先輩』、お待たせしましたー……」
女性達の視線を受けてミウの口許が引きつりそうになり、足が退きそうになる。
――ひぇっ。いや、ダメ。退いちゃダメ! 負けるなあたし!
ミウは誤魔化すように笑顔を浮かべ、テーブルにランチボックスの実を置く。
「あ。こんにちは。サラ先輩のお知り合いですか? はじめまして。いつもサラ先輩にはお世話になっています」
「え。あの」
「今日も施設のリサーチ視察にご協力頂いて、とっても助かっているんです」
「あの、私達知り合いじゃなくて」
「え。そう、なんですか? わー、すみません」
「いえいえ。お仕事なんですね」
「お邪魔しちゃってごめんなさい」
「いえいえ! あ、折角なのでお姉さん達のご意見も伺えますか?」
怒涛の勢いで畳み掛け、ミウはスチャッとメモとペンを取り出して見せる。
「ご意見ありがとうございました!」
「頑張ってね〜」
数分後。女性達は手を振って去って行った。
「たす、かっ、た〜……」
「…………」
へたっとテーブルに突っ伏したミウをサラが見つめる。
「……なんで」
「はい?」
「彼氏、って、言わなかったの」
「言えるわけないですよ!? その追い払いセリフが言えるほどスペック、特に外見スペック高くないんですよ! それに彼氏じゃなく『異性の友人』です。サラ先輩は」
彼氏です、で追い払うにはスペックが足りない。選ばれし者だけが口にできるセリフだ。
「外見、スペック……?」
サラが不思議そうな声音で呟き小首を傾げるも、テーブルに力尽きて沈むミウには見えていない。
「サラ先輩?」
サラが立ち上がった気配にミウが顔を上げる。
「飲み物、買ってくる」
「え。それならあたし」
「座ってて」
「は、はい」
――あー……疲れたぁ。
高等部一年の時、罰ゲームで告白して何やかんやあって告白したミウがシェルディナードをフッた。そこから貴族の令息二人を侍らせフッて弄んだ『悪女』認定され、結局それが広まって大学部でも、現在の職場でもそのレッテルが剥がれない。
しかしそれも所詮は身内間。外から見れば『普通』の冴えない小娘だ。
――そんな小娘にそのセリフで追い払えは無茶通り越して無理ですよ……。
それでも、何もしなかったわけじゃない。
罰ゲームではなく、今度こそ自分の本気として想いを伝えるために、オシャレも勉強した。相応しくなって、その隣に立つために、勉強もしたし簡単に死なないように鍛錬もして、実績だって作った。
「…………」
全部それだけの為、では勿論ない。巡り巡れば最終的には自分の為だ。
だから、頑張ったというのも自分の為だから、ちょっと、いやかなり、何と言うか何とも言えない気持ちになるのは、本当はおかしいのかも知れないけど。
「……はぁ」
進捗確認して下さった方、ありがとうございます。
確認されるとやる気が出ます。
次の更新は明日です。




