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1.無理です

 これは『レプリカ・ハート』から始まり、『カレンデュラ・カプリチオ』より未来の物語。

1.無理です




「シェルディナード先輩のバカぁぁぁ!」

「…………」

 程よく照明が落とされ、ムーディーな音楽が流れる上品な隠れ家bar(バー)の一角。遮音(しゃおん)の魔術が織り込まれた薄絹(うすぎぬ)で半個室のように句切られた席にて、頬から下にウェーブを掛けた緑のボブカットで白い肌、額にはカボション・カットの薄紅色の石がある女性が、大して強くもないクセにカクテルをイッキ飲みで(あお)った上、そんな事を叫んでテーブルに突っ伏した。

 女性、と言っても見掛けは少女に近い。突っ伏す前に据わらせていた瞳も髪と同じ緑で、全体的に可愛らしい印象なのだが、どんな美人も美少女だろうと、こんな風に飲んだくれたら台無しである。

 そんな女性の向かいに腰掛けて、黙ってそれを見ているのは、精緻(せいち)を極めたような人形めいた美貌(びぼう)の青年だ。簡単に言って、十中八九は美青年と判断するだろう容姿と言えた。

 肩を少し越えるくらいの髪を緩くハーフアップにまとめており、照明の光に揺らめくその色彩は黄金に一滴の夕暮れを落としたように輝いている。肌は白皙(はくせき)という言葉がその為に存在しているとでも言いたげな白さで、どれだけ近付いてもシミやホクロなど一つも見つけられないだろう。

 無表情に見えて、実際の所は親しい者だけには現在、その人形めいた顔、とくに菫のような紫を帯びた藍色の瞳が、目の前で飲んだくれる女性に半分呆れたような視線を送っているのがわかる。

 いつもならこの青年、容赦(ようしゃ)なく心にザックリくるようなツッコミを平気で入れるのだが、今日この時に限っては大人しく女性に付き合っていた。

 どれだけ飲んだくれて叫んでも、半個室を囲む魔術入りの薄絹のおかげで周囲に迷惑を掛けて白い目で見られる事もない。遮音術式さまさまである。

 とは言え、だ。

「水、飲んだら」

 目の前の女性がそんなに酒に強くない(むしろ弱い)のを知っている青年としては、流石にそろそろ水を勧める。

 その言葉に突っ伏していた女性が顔を上げて恨めしそうな目を向けた。

「サラ先輩の、ばかぁぁ……」

 サラと呼ばれた青年は、溜め息をつく。

「オレ、は、そう言われるような、覚え。無いけど」

 良いからとりあえず水飲め。そう言わんばかりに水の入ったグラスを女性へ押しやる。

 ぐずる子供のようにちびちびと水のグラスに口をつける女性を眺め、サラは呆れた色を隠さずに言う。

「そんなに嫌なら、譲らなきゃ、良かったのに」

「うぅ~……嫌じゃなくて、悔しいだけです!」

「ふぅん……」

 どう違うのかイマイチわからない。でもどっちにしろ。

「じゃあ、悔しがるなら、最初から、相手にチャンスなんて、与えなきゃ良かった、のに」

「それもダメなんですぅ!」

「意味、わかんない」

 グスグスと半泣きで水を呷る女性にサラが向けるのは呆れ一択の視線だ。

「譲りたくない、そんなに、泣くくらいなら、なんで」

「どうせあたしは馬鹿ですよぉ! はいはい知ってますよ! でも、だって……」

 うりゅっ、と緑の瞳に涙が溜まる。

「あたしは、シェルディナード先輩に、幸せになって欲しかったんです!」


 ――ほんと、バカだよね。ルーちゃんは、ミウでも幸せになったと思うよ?


 幼馴染みにして心友(しんゆう)、そしてこのミウという飲んだくれている女性の元カレ兼上司を思い浮かべ、サラは何とも言えない顔で水を飲む。ちなみにサラは別に酒は弱くない。だが好きでもないので水である。

 氷に冷やされた水が喉を滑り落ちていくのを感じつつ、ミウの前にツマミのナッツ盛りを押し出す。

 無言でナッツに手を伸ばし、カリカリと(かじ)る姿は子栗鼠(こりす)のようだ。やや膨れっ面なのでまさにナッツを噛る姿が頬袋パンパンにした栗鼠(リス)そのもの。

「オレ、は。ミウでも、ルーちゃん……幸せだった、と、思うけど」

「サラ先輩のバーカ」

「…………」

 頬、ぶにっとしてやろうか。なんて思うものの、自分相手にここまで言えるのは貴重な存在だとサラは思う。

 サラ達のいる世界は弱肉強食。魔力が強いものは貴族と呼ばれ、貴族の中でも上位十までの家は領地持ちの別格扱いされる身分である。

 そしてサラはそのトップの家の次期当主であり、目の前で飲んだくれてバカ呼ばわりしてきたミウの出身は普通のパン屋。いわゆる庶民。

 正しく本来なら天と地ほどの差がある。

 なお、この世界では貴族が気に入らないからと格下を処分しても何ら不思議はない。あらゆる意味で強い者が正義なのだ。

 だからこそ、こんなに飲んだくれているとは言え、格下の出身でありながらサラに面と向かって喧嘩を売るようにバカ呼ばわりしてくる存在は恐らくこのミウくらいだろう。

 勿論(もちろん)、ミウもサラがこんな事くらいで自分を殺さないとわかっているからこその言葉だろうが。


 ――度胸だけは、昔からあるよね。


 それだけはいつも感心する。わかっていても出来る度胸があるかは別問題だからだ。

「サラ先輩だって、シェルディナード先輩の幸せが一番でしょう……?」

「うん」

 そこは迷いなく即答する。時折周囲に誤解される事があるレベルで、サラは心友が大好きだから。

 周囲が誤解しても仕方ない勢いで仲良しなのでさもありなん。


 ――そう言えば、ミウはそーいう風に誤解、しないね。


 出会った当初、それもごく一時的には疑うような視線もあったが、すぐに無くなった。

 大体の心友の歴代彼女は、交際期間中も終わった後もサラと心友のあまりの親しさにそっち方面の可能性もあるのではないかという考えが払拭(ふっしょく)出来ないようなのだが、そういう意味でもミウは正しく関係を見極められる貴重な存在と言える。


 ――……よく考えると、ルーちゃんの次に好きかも。


 あまり考えた事がなかったが、そもそも友人と呼べる相手が極少のサラである。恐らく片手の数で事足りてしまう。数百年生きてそれもどうかと言った所だが、現状そうなのだからこれも仕方ない。

「だから、これはこの結末で良いんです。でも、それとあたしの気持ちは別物なんですぅぅう!!」

「…………」

 ダンダン!

 ミウが片手の拳でテーブルを叩く。

 つい先日、ミウは心友の第一夫人の座をある女性と争っていた。結果はご覧の通りな訳だが。

 相手が心友の事を本気で想っていなかったら、ミウは有無を言わさず押し退けただろう。

 しかし相手も本気なら正々堂々やるのがミウでもある。

 貴族の第一夫人になる条件を期間内で満たせば相手の勝ち。ミウは身を退く。逆に満たせなければ相手に退いてもらう。

 そういう勝負だ。


 ――馬鹿、だよね。そこにルーちゃんの周りにいる人の、支持投票とかすれば、確実に勝てたのに。


 でも、やらない。何故なら相手の女性は他の世界から心友が連れてきたから。それを入れたらまず勝てないのをわかっていた。

 その理由はミウが叫んだ通り。ミウが馬鹿で、何より心友の幸せが一番優先されるものだと決めているから。

 だから。


 ――オレが初めて、オレ以外で、ルーちゃんの側にいても良いって、認めたのに。


「それで、どうするの」

「何がですか……」

「勝負に負けたら、ルーちゃんのお嫁さん以外の、何かを、退職金代わりに貰うん、でしょ」

「あぁー……そう、でしたね」

 この死んだ魚の目は何も考えてなかった目だ。

 サラは瞬時に見抜いた。

「まあ、退職自体はまだまだ先なんで、考えます。けど……」

 どよん、とミウの空気が重くなる。

「はー……。どうしよ……あたし、完全に行き遅れ……」

 ウフフフ……。なんて怪しい乾いた笑い声までこぼれた。

 サラはそれを見て、口を開く。

「じゃあ、オレにする?」

「……………………」

「…………」

「…………………………あの、待って下さい。何がですか?」

「だから、オレのお嫁さんに、なる?」

「無理です」

『レプリカ』からの方も、本作からの方も楽しんで頂ければ嬉しいです。

 読んで下さる方の、一時の楽しみになりますように。

 明日も更新予定です。

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