笑っていて欲しいだけ。
「失礼致します。」
俺は朝一番、澪と一緒に校長室を訪ねていた。
「来たわね。話は伺っていますよ、座って。」
案内してくれた方は、この学校の校長先生『狭山美穂』だ。
狭山校長は、義母と同級生であり、俺達の事をよく知る人物である。
俺と澪は促されるがままに、応接用のソファーに腰掛けた。
「澪ちゃんも遂に高校生になったのね! でも、澪ちゃん程の学力ならもっと良い高校へ行けたんじゃないかしら?」
校長先生が自ら言う言葉でもない気がするのだが……。
「兄がこの高校に入学すると聞きましたので。」
「まぁ、まだまだ澪ちゃんのお兄さん愛は健在なのね!」
茶化してくる校長先生だったが、正直、澪の事をよく理解してくれている方なので、俺は敢えてこの高校を選んだのだ。
「それでなんですが、まずはこちらを提出させて頂きます。」
俺が取り出したのは、妹の「地毛証明書」である。これは近年、地毛が茶色や金髪で悩んでいる方には必須となりつつある、立派な証明書なのだ。
「はい、お預かり致します。あと、湊君の事だから、まだあるんでしょ?」
校長先生は「地毛証明書」を受け取ると、俺がまだ別にまだ何かを持っている、と踏んでいる様だ。
「これの提出の意図は、妹にはこれからの高校生活を笑って送って欲しい、という想い以外の何物でもありませんので、ご了承下さい。」
俺はそう言ってポケットからボイスレコーダーを取り出すと、校長先生の前にコトリッと置いた。
「そう来たのね。湊君ってば、立派になって!」
校長先生は場合によっては自分の地位も危ないというのに、ニヤリと笑ってボイスレコーダーを受け取ると、迷わず再生ボタンを押す。
校長室に響き渡るゴリラ教師の怒声。俺のボイスレコーダーはそれだけではなく、ウンザリしている女子生徒や男子生徒の言葉も拾っており、校長先生は大きなため息をついた。
「あぁ、この声は宮島先生ね。前から苦情は来てたのよ。ただ、私や教頭先生から色々聞いてみても、のらりくらりとかわすだけだし、生徒指導担当だから生徒達も陰口しか叩けなかったのね。 だけど今回ばかりは宮島先生も、相手が悪かったわね。」
そう言うと、校長先生は教頭先生までも校長室に呼び出し、事の顛末を話し始めてしまった。
『兄さん、何か大事になってしまいましたね……。』
コソッと澪が俺の耳元で囁いてくる。確かに……思っていたよりも話がデカくなってしまった。
『そうだな……。まさかこんな風になるとは……。』
今回の事はセンシティブな内容の為、内々で処理して欲しかったからボイスレコーダー等を集めたのだが……裏目に出てしまった様だ。
ーーーーそして結局俺と澪は、一時間目の授業に間に合う事はなかったのだった。