たぬきジジイ。
俺は澪と梓を置いて、一足先に自宅へと走って帰って行った。
ーーーーバァン!
勢いよく玄関を開け靴を脱ぎ、家のそこら中を探すが、父親の姿は見当たらなかった。
ふと目をやると、リビングルームのテーブルの上に、一枚の紙が乗っているのが見えた。その紙は裏向きにされており、薄っすらと文字が見えた為、手紙である事は容易に想像できた。
「に、兄さんは、足が速すぎです……。」
「そ、そうだよ、お兄ちゃん……。」
梓と澪が走って帰ってくるが、もうすでにヘトヘトのようだ。 これは二人とも完全に運動不足だな……。
「あのたぬきジジイだけど、この手紙を見る限り、また海外へ出掛けたらしいな。」
俺は澪と梓に父親の手紙を渡す。そこには『今まで苦労させてすまなかった』という謝罪の文と、さっきの言葉と反比例する『また海外で仕事をしなければならなくなったからすぐに戻る』と書いてあるのだった。
ーーーーそして最後に『友達は友達だ。その子が急に態度を変えたのはきっと何かやむを得ない事情があったはずだ。そこをしっかり汲み取ってやれ』と、今まですぐそばで聞いていたような文面が書き記されていた。
「あのクソたぬきジジイめ……。わかったような口聞きやがって……。」
「兄さん、今日はもう遅いです。 これ以上は、坂崎さんにも迷惑がかかってしまいます。また明日訪問し直してはいかがでしょうか。 メッセージの件は、彼女から来るかどうかはわかりませんが、もし来たら私達にも教えてください。では失礼します。」
そう言い残し澪と梓は自分の部屋へと戻っていった。
今日も今日とてドタバタしたが、とりあえず引っ越しの件に関しては嘘だという事が判明したし、今日のインターホン越しでの会話はでは顔を見る事は叶わなかったものの、少しだけでも会話が出来た。
それだけでも十分価値のあるものだったと思う。
俺は自室に戻ると、これまでの件をメッセージに残し、その疲れた体を少しでも癒すためにベッドにボスッと横になる。
坂崎さんからメッセージは来るだろうか……。
むしろ彼女の負担を少しでも軽減させるために、俺からメッセージを送った方が良いのではないのだろうか……。
ーーーーピロン。
そんな事を、頭の中でぐるぐると考えていた矢先の事だった。 無操作にベッドに放り投げられていたスマホが着信音を鳴らす。
「おっと、メッセージ!」
俺はすぐさまアプリを開く着信相手を見る。
「やっほ〜、元気か〜。」
木村かよ!! 俺は布団にスマホを放り投げると、ふてくされた様に枕に頭を沈めた。
ーーーーピロン。
「またどうせ、木村だろ。」
なかばうんざりしながら布団に放り投げられたままのスマホを無造作に手に取る。
「え、あ、は? マジかよ。澪!梓!」
俺は自室のドアから顔を出し、澪と梓を部屋に呼んだ。
ーーーーそう、メッセージの着信相手は坂崎さんだったのだ。




