噂の。
「ただいま〜、お姉ちゃん!? 誰か来てるの?」
「美咲〜!? 上にいるんでしょう、降りてきなさい!」
美咲と呼ばれた人物。要は『栗山さん』の事で、本名は『栗山美咲』さん。
彼女はお母さんと妹さんと思われる方達から、一階に降りてくるようにと言われていた。恐らく責任の一端は俺にもあるので、俺も一階に降りていく事にした。
「樹山君は来なくても大丈夫だよ?! 私が呼ばれてるんだし……。」
栗山さんはそう言って気を遣ってくれるが、実際のところお母さんと妹さんは、栗山さんが『男を連れ込んでいる』と思っている。(実際にそうなんだが……。)
「いや、この際だしちゃんと自己紹介させてもらうよ。多分、お母さんと妹さんには誤解させてると思うから……。」
俺はそう言って栗山さんと一緒に一階に向かった。
「こんにちは初めまして。栗山美咲さんと同じクラスの『樹山湊』と申します。」
俺はまだ言い残していた事があったのだが、お母さんと妹さんの唐突な言葉に遮られてしまった。
「この人が樹山湊さん!?お姉ちゃん、超イケメン捕まえてきたね!」
妹さんはリビングテーブルをバンッと叩き、立ち上がると俺の元にやってきて、まじまじと俺の顔を見つめてくる。
「娘の美咲からは、毎日の様にあなたのお話を聞いています! 無愛想で無口で、いつも眠そうにしている不良娘が、まさかこんなイケメンで誠実そうな男の子を連れてくるなんて、夢にも思わなかったわ!」
お母さんはお母さんで、娘の美咲さんとは似ず、明るくハキハキした女性のようだ。
「ちょ、ちょっと!二人共、もうやめて!」
そんなお母さんと妹さんを必死で止めている美咲さんだが、まさか自宅で俺の話をしているなんて思いもよらなかった。
「でも、美咲はあなたと『付き合ってる』って言ってたけど、本当は違うんでしょ?」
「ちょっと、お母さん!!」
「でも僕は栗山さんの、美咲さんの話し声とか笑顔とか、仕草とか、好きですよ。」
「ちょっと、樹山君まで何言ってんの〜!」
顔を真っ赤に染めて恥ずかしがる美咲さんは『まだ苗字で呼んでるなんて、ダメダメじゃん、お姉ちゃん!』なんて、妹さんにツッコミを入れられていた。
ーーーー。
あの後お母さんと妹さんから、美咲さんに対しての質問攻撃が行われ、収拾がつかなくなってしまったため、今日はお開きとなった。
俺は栗山さんと他愛のない話をしながら、帰り道を歩く。 今まで全く接点がなかったように見えた俺達だが、昔に出会っていたとは……全く気付かなかった。
しかし今日一日でずいぶん栗山さんと仲良くなれた気がする。これからこの調子で友達を作って行けたらいいのだが……。
「やっぱり、そろそろ来る頃だと思っていましたよ。お兄ちゃん、栗山さん。」
俺と栗山さんの家は思ったよりも近く、『少し話がしたいから遠回りして帰ろう』と言う栗山さんの提案のもと、俺達は近くの商店街を歩いていた。
そんな時だった。その声が聞こえたのは。
「梓……。なんでここに……。」
「言ったよね、お兄ちゃんの事は何でも分かるって。」




