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誘惑。

「と、取り敢えず……風呂に入ろうか……。身体、冷えちゃうよ。」

 俺は梓にそう促すと、浴槽の中に身体を沈めた。梓も一緒に浴槽に入る。

 梓は水着を着用しているってのに、何なんだろうか、この背徳感は!


 俺はふと顔を上げ、梓の顔を見つめるといつもと違う、とある事に気付いた。


「梓、髪の毛上げてるんだな。だから色っぽいのか。」

 ついつい心の声が言葉になって、口からポロリと飛び出していた。

「お、お兄ちゃんが……鈍感を絵に描いたようなお兄ちゃんが、気付いてくれた!」

 おい……それは褒めてるのか、貶してるのか、一体どっちなんだ……。


ーーーーしかし、これで一つ分かった事がある。俺は妹達と寄り添っていないのだと。


「ごめん……。もっと普段から気が付いたら色々と俺から言うべきだったのに、全然寄り添えていなかった。」


「うぅん、大丈夫!私もお姉ちゃんも、お兄ちゃんの事は昔からよく知ってるから。つぐみちゃんも…………あっ。」


「つぐみ、ちゃん?」


「………………あぁもう、私のバカ!……そうよ、つぐみちゃん! お兄ちゃんも私も、つぐみちゃんとは大の仲良しだった!だけど、つぐみちゃんが引っ越して……それからは知らないけど、小さな頃に出会っているの。私も、勿論お兄ちゃんも。」

 梓は湯船に浸かりながら、堰を切ったように坂崎さんの話をし始めた。


「俺は記憶に無いんだけどなぁ……。」


「多分普通に忘れてるだけ。ってか、私から話しちゃってなんだけど、こっち向いて!」

 梓は俺の頬を両手で押さえると、強引に梓の顔の方に向けてくる。

 俺と向き合う梓は、少しばかり照れたように顔を上気させ、斜め下に俯いてしまった。


「梓がこっち向けってやった癖に……。」

 

「あ、改めてお兄ちゃんの顔を至近距離で見つめると……は、恥ずかしい……。」

 とか何とか言いつつも、梓の両手は俺の頬にあてがわれたままだ。

「俺みたいなブサイクで陰キャな奴の顔を見たところで、恥ずかしがるモンでも無いだろう。」


「え、は?お、お兄ちゃん……本気で言ってるんですか、ソレ。」

 梓はザバッ!と勢いよく湯船から立ち上がると、強引に俺の髪を洗い出し、ちゃっちゃと風呂場から上がると、俺を洗面台の前へと立たせてきた。


「あの、パンツ一丁なんですけど……。」


「はい、お兄ちゃんに問題です。この洗面台の鏡に映っているイケメンは誰ですか!?」

 水着姿のままの梓は、俺を洗面台に立たせてきたかと思うと、奇妙な問題を出してくる。


「イケメンかどうかは知らないけど、俺だな……。」


「正解です!つまりお兄ちゃんはイケメンです。だからつぐみちゃんには会わせたくないんですよ!」

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