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ヒロインのための復讐譚  作者: 白湯
3/4

燃やし尽くして

「―――ねぇ。だから、精々苦しんで地獄に落ちてくれませんか。人殺しさん」


何が起こったのか、わからなかった。


「…え?」


ただ、衝撃を受けた胸のあたりを見ると、鋭利なナイフが突き刺さっている。

それでも頭の理解が追いつかない。


しかし、事を証明するように真っ赤な鮮血が、リズベットの真っ白な肌や衣服を染める。

ボタボタと止まることを知らずに。

そのたびに体から命がこぼれ落ちていく。


「な…にが」


わからないわからないわからないわからないわからない―――わかりたくない。

脳が理解を拒む。

しかしいくら頭が否定しようとしても、急速に力が抜けていく体が何よりもの証拠だった。


動くことができないトーマスから、リズベットは無造作にナイフを引き抜くと、彼の体を蹴り上げ床に転がし、自らも起き上がる。


そこにはいつもの愛らしい笑みを浮かべる少女はいない。


―――その顔に浮かぶのは、どこまでも冷たく、ぞっとするほど冷酷な無表情だった。


「…お、ま゛……え゛は」


ドクドクと流れ出す血のせいで、もはやしゃべり出すことすら困難だ。

傷口は痛みすら通り越して熱さが支配する。

そんな彼の問いに答えず、リズベットは足音も立てずに彼に近づく。


そして、ただひたすら無慈悲に刃を振り下ろした。



「―――サヨナラ。姉さんの仇」



     * * * * *


トーマスにとどめをさしたリズベットは、ほっと息を吐いた。

そして彼の返り血を浴びた自身を見る。

彼を下から刺したせいで全身真っ赤だ。

真っ白でシミ一つなかったネグリジェは今や見る影もない。


さすがにこのままでは気持ち悪いし、まずいのでパッパと脱ぐ。

そのネグリジェはトーマスの死体のそばに放り、他に着られるものはないか彼のクローゼットをあさって見繕う。

しばらく引っかき回したあと、大きめのシャツを見つけた。

正直言って、トーマスの着ていたものなど触れたくもないが、仕方がない。

そう結論づけて着る。


そして、彼の死体に見向きもせずに部屋を出た。



廊下に出たリズベットは、トーマスの家の者に気付かれることのないように音を立てずに歩く。

とはいえ、護衛やらメイドやらはトーマスが事前に追い払ってくれたようなので、過剰に心配するほどでもない。


トーマスの部屋から少し離れた部屋の近くにたどり着く。

その部屋はトーマスの父親、つまりは現公爵家当主の部屋だ。

この家の家主なだけあって、護衛はそれなりにいる。


廊下の曲がり角の陰に身を潜め、しばらく様子を見ていたリズベットは、手に持った投げナイフを部屋の前の護衛に向かって投げる。

ナイフは寸分違わず護衛の首に吸い込まれた。

ナイフが正確に当たったのを確認し、彼女自身も飛び出し護衛の命を確実に刈り取る。


どさり、と護衛が崩れ落ちた。

その様子を冷たく一瞥する。

その音に気付いたのか、この部屋の人物が声を上げた。


「…何があった」


部屋の主が近づいてきたのを扉越しに感じる。

そうして、扉がガチャリと開いた瞬間―――


―――服に仕込んでおいた隠し刀を彼ののどに向かって振りかざした。


ぐさりと刺さる感触を感じながら、躊躇わずに振り切る。

悲鳴を上げる暇も与えずに。



「…あっけないな」


倒れた死体を見ながら、彼女はつぶやく。

ずっとずっと願っていた彼らの死が、こんなにも簡単に終わるとは。

消されずに放って置かれた灯が彼の死を明確に現す。


もっと難しいものかと思っていた。

もちろん二人とも殺せるのが理想だったが、最悪の場合トーマスだけでも構わなかった。

特に当主の方はトーマスよりも用心深い。

自分がどれだけ恨まれているか理解していたから、表の護衛だけでなく『影』も使っていたはずだ。

しかし、実際にリズベットが殺したのは表の護衛だけ。

それが示すことは―――。


「―――見逃してくれたの?影さん」


誰もいないはずの部屋に向かって声をかけるリズベット。

いつの間にかリズベットの後ろに一人の男がいた。


「…気付いてたか」


あきれたように男が言う。


「それで?なんで私の邪魔をしなかったの?一応コレはあなたの護衛対象なんでしょう?」


ふわりと振り返りながらリズベットが返した。

男は苦笑しながら、


「俺は『影』だ。ずっとコイツを見てきた。それこそ目を背けたくなるような事もな。嬢ちゃんがコイツを殺した理由も一応わかっているつもりだ」

「…そんな理由で裏切ったの?」

「裏切ったなんて言い方よしてくれ。コイツに裏切るほどのもんはねぇだろう」


で、誰だったと聞く彼にリズベットは、


「…母さんと父さん。それからコレの息子に姉さんを」


そうか、とつぶやく男。

その姿にはどこか哀愁が漂う。

そんな男の瞳をまっすぐ見つめながら聞く。


「結局あなたはどうするの?私を見逃した時点で色々とまずいでしょ?」

「まぁ、それはどうにかするさ。それより嬢ちゃんこそ俺の心配している暇はないだろう。早く行くんだな」


さぁ行った行ったという彼を見て、リズベットは少し思案する。


「ちょっと我慢して」


そう言うといきなりリズベットは彼の急所に向けて蹴る。


「ッ゛!」


突然の出来事に声にならぬ驚きをあげる男。


「あなたは私に負けた。私はあなたを殺す必要を感じなかったからあなたを生かしたまま逃げた。いい?」


リズベットは男の顔をのぞき込みながらそう言った。

男は痛みで顔を歪ませながら言う。


「ッ、お前、やっぱり―――だな」


男の声を背中で聞きながら、彼女は屋敷を後にした。








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