0、振り返るとセミの鳴き声とカメムシの臭さ
今から数年前のことだった。
田舎に住んでいた俺は、都会というものに無性に憧れた。
ネオン、喧騒、人、乗り物、建造物。
田舎にそういうものがなかったからかもしれない。
もしかしたら子供の好奇心だったのかもしれない。
どちらにしろ、俺は都会に憧れていた。
田舎には、何も無い。
正確にいうと、あるにはあるが不便だ。
コンビニ1つにしろ、何十分先を探す羽目になる。
何しろバスが1時間に1本のペースでしか運行していないし。
とにかく不便だった。
移動手段はもっぱら自転車か徒歩。
学生なんてそんなもんなのだろうか。
でも俺はそんな生活に嫌気がさしていた。
「−いつかこの街を出たい−」
いつしかその思いは強く、強くなっていっていた。
0、振り返るとセミの鳴き声とカメムシの臭さ
その日も、晴れていた。
俺の住んでいる地域は比較的海抜の高いところにある。
夏になれば一面緑、緑、緑。
冬になったらなったで真っ白以外の色がないところだった。
こういう風景だけなら涼しく過ごしやすい土地を想像しがちだが、実際はそうではない。
辺りを山々に囲まれている為、非常に盆地に近い。
夏の最高気温はゆうに30度を突破するし、記憶が確かならその夏の最高気温は35度だった。
幸いなのはジリジリ照り付ける太陽も、木陰に入ってしまえばなんてことはないことぐらいだろうか。
何せ、家の前、横、後ろが山なのだから木陰なら申し分ないほどたくさんある。
夜になるとカブトムシやクワガタが網戸にぶつかってくることもしばしばあった。
今考えるととんでもないほど緑が多い地域だったのだろうと思う。
ただ、俺はそれが嫌いだった。
セミは五月蝿いだけ、どこにいくにしても不便。
遊ぶところも無く、行っても川か山かそこら辺。
公民館なんていう洒落たところもあったが、暑さに負けたときの避暑地になるという機能しかしていなかった。
そしてその地域で一番嫌いな「モノ」が
害虫である「カメムシ」様だった。
都会ではあまり目にしないであろうこの生物、詳しくは虫。
何が害虫なのかといったらその臭いだろう。
触れる、ただそれだけでこいつらは常識を逸脱した臭いを発する。
なんていったらいいのだろうか、ゴムの焼けた臭いが若葉の香りと混ざって発酵した臭いとでもいうのだろうか。
それはそれは形容し難い臭いだった。
ひとたび触れてしまえばその臭いはとれないし、外に干している洗濯物にもつく。
特に白い色がお好みらしい。
一度やったのが白いTシャツを確認せずに着てしまい、その日一日外出できずに軽く鬱になった覚えがある。
かといって部屋干ししていれば、どこから入ったのかまた付いている。
それぐらい厄介だった。
思春期真っ盛りだった俺にはこの世で2番目に嫌いなものだったかもしれない。
いや、大嫌いだった。間違いなく。
セミの鳴き声、カメムシの臭い、川のせせらぎ、木々が触れ合う音。
そんな中に囲まれてた俺は不幸だった。劇中の悲劇とでもいうべきか。
今思い返せば、一番幸せだったのかもしれないけれど。