子供ガチャSSR
――ガチャ。
ソシャゲをしている人間なら一度くらいは聞いたことがあると思う。
あれに例えると俺はハズレのNレアとかそんな感じらしい。
たしかに俺は勉強も運動も何もかも人より劣っている。
正直、母親にそう言われたときは「うまいこと言うなぁ……」と感心してしまった。
「おい」
「……なに?」
「『なに?』……じゃネェだろがぁ!! さっさと酒買ってこいって言ってんだろッッ!! ほんとに使えねぇなテメェはよぉっっ!!」
罵声と同時に酒瓶がとんでくる。反射的に体を反らすと後ろでガラスの割れる不快な音が聞こえた。
どうやら今日の母さんは最高に機嫌が悪いらしい。昨日のうちに買っておいたら良かったな。こういう要領が悪いところもたぶん俺がNレアと母さんに評された所以なのだろう。
別に悪い人って訳じゃない。
ぼさぼさの髪と血走った目で罵詈雑言を俺に向けている姿からは想像もつかないかもしれないけれど、これでも母さんは外では結構偉い人だ。一度仕事をしている姿を見たけど、それはもう完璧な美人で仕事のできる隙がない女性って感じだった。バカな俺には良く分からんけど、たぶんその立場ではストレスも溜まるのだろう。自分が優秀だからバカを見ていると腹も立つのだろう。
それでイライラしているときに俺みたいな残念な奴が視界に入るから爆発するとかそんな感じ。
「……お母さん。お酒なら私が昨日のうちに買っておいたから怒らないで。ほら、おつまみに色々作ってみたから試してみてよ」
「……美優。……そうね。ごめんなさい。少し興奮してしまったわ。……貴女はそこのハズレと違って本当に気が利くものね。ごめんなさい。声を荒げてしまって」
実際、俺と違って優秀な妹は母さんに愛されてるし罵声を浴びせられているのも見たことない。
母さん曰く、美優はソシャゲのガチャでいう最高レアリティSSRなんだとか。
何度か「美優の爪の垢煎じて呑んでお前も少しは使えるようになれよっ!」ってぶちギレた母さんに爪の垢を煎じた熱湯を浴びせられたことがある。残念ながら美優みたいに勉強も運動もなんでもそつなくこなせるようにはならなかった。普通に火傷しただけだった。
俺が酒を買い忘れることを見越して先に買っておくなんて先を読んだみたいなことができることからも美優の器用さは見てとれる。きっと俺には一生かかってもできない芸当だろう。
「お兄ちゃん。大丈夫? 怪我してない?」
「……ん、ああ。大丈夫大丈夫。怪我とか慣れてるし。今回は当たらなかったし」
美優の作ったバラエティ豊かなおつまみを食べながら酒を流し込むことで機嫌は直ったらしい。
上機嫌で鼻歌まで口ずさみだした母さんをよそに美優は心配そうな表情でこちらに歩み寄った。不出来な兄のせいで心配をかけてしまって申し訳ない。
「なら、いいけど……」
美優がそっと俺の頬の傷を撫でた。
古傷だ。昔、まだ美優が小さくて俺も小さかった頃、母さんが俺に向かって投げた何かが逸れて美優にとんでいってしまったことがある。それを庇った時にできた傷。
思い返すとあれが母さんに誉められた最初で最後だったかもしれない。「よくやったな。ハズレでも肉壁くらいにはなれるんだな」と。美優は女の子だったから、それに母さんに似て美人だから、身を呈して守れたのは我ながらよくやったと思う。
それを覚えていたのか、はたまたその優秀な頭脳で答えに辿り着いたのか。いずれにせよ時おり美優はその傷に触れる。そして決まってこう言うのだ。
「私……お兄ちゃんがお兄ちゃんで良かった。大好きだよ」
この不出来な兄ですら大事に思ってくれるのだから本当にSSRなよくできた妹だ。
「絶対に守ってあげるから」
◇◆◇◆◇
焦げる匂いで目が覚めた。
夜にも関わらず辺りは揺れる光に照らされていた。
それが火事によるものだと気づくにはもう少しかかった。
「……っ!?」
慌てて飛び起きる。
「……美優! 母さん! 起きて! 火事だ!」
状況を頭が理解するかそれよりも早くにそう叫んでいた。
二人はまだ寝ているだろうか。それとももう逃げているだろうか。
すぐに答えは見つかった。
棚の下敷きになって足掻いている母さんを見つけた。
「……母さん!」
「……っ! 助けろ! 早く助けろよこのデクがッ!!」
慌てて駆け寄る。そして、棚に手をかける……が、動かない。
「ダメ……だっ。重すぎる……っ」
「……っ。ざけんなっ! この役立たずが! 死ね! お前が死ねよっ!! お前が代わりに死ねよッ! 誰が生んでやったと思ってんだッ!! くそっ! なんで私がこんな目に……!」
もう一度精一杯力を込める。それでも棚は動かない。せめて美優がいれば……。
「お兄ちゃん。大丈夫?」
「……っ。美優!」
聞きなれた声。振り向けば美優がそこにいた。いつもと変わらない優しい笑顔を浮かべてそこに立っていた。見た感じ怪我はしてないようだ。良かった。これで母さんも助けられる。
「美優! よく来てくれたわ! やっぱり貴女じゃないとダメね! そこのハズレじゃ何の役にも立たないもの! さぁ、早く助けて!! ……お前は助かったら覚えてろよ」
向けられた冷たい視線に一瞬背筋に悪寒がはしる。
けど、それも一瞬のこと。もうそういう視線には慣れたしお仕置きにも慣れた。今はただ美優の力を借りて母さんを助けることだけ考えればいい。
「美優! 手伝って! これをどけて母さんを――」
「うるせえよ。ババァ」
「……」
「……」
「……」
場が静寂に包まれた。
周りは火の海で呆けていられる時間なんてあるはずないのに。あまりにもそれが信じられないことだったから。そんなことあるはずもなかったから。可愛い妹が、優秀で愛されている妹が、SSRの妹が、まるでゴミでも見るような目で母さんを見下ろして罵倒するなんて、そんなことあるはずもなかったから。
静まり返った部屋のなか、美優が母さんを見てにこりと微笑んだ。
「酒にタバコに溺れて不摂生な生活を送っていた虐待女がタバコの不始末から起きた火事で焼け死ぬ。そして、子供達は命からがら逃げ出して助かる。別に何も不思議じゃないよね?」
「……美優……? 貴女……何を……」
渇いた音が響く。美優が母さんを掌でぶった音だった。
「……ずっと殺してやりたいって思ってた。でも、お前みたいなゴミでも殺せば殺人。殺人犯の兄なんて肩書きつけられたらお兄ちゃんが可哀想でしょ? だから、ずっと我慢してお前好みの優秀で器用で自分に逆らわない娘を演じてやってたの。ほら、私SSRの完璧な娘だから。要らない親に見切りつけるのも早いんだよね」
淡々と、まるで昨日の夜ご飯はなんだったかを答えるみたいに何でもないことのように美優は言葉を紡ぐ。
「やっと……死んでくれる。ありがと。お母さんに感謝するのはお兄ちゃんの妹に生んでくれたことと合わせてこれで二回目だよ。これからはお兄ちゃんと支えあってお母さんにかけておいた保険金を元手に頑張って生きていくね!」
いつもと変わらない優しい笑顔と優しい声で感謝の言葉を口にする美優に俺は何も言えない。
美優の母さんを見る目が、母さんが俺を見て蔑む時の目とそっくりだったから。
「勉強ができなくて運動もできなくて不器用でどれだけ酷い親でも見切りがつけられないお兄ちゃんはNのハズレで、勉強ができて運動ができて器用で要らないものにはすぐ見切りがつけられる私はSSR」
今でもあの時の美優の目と言葉が頭を離れない。
「……一番のハズレは――お母さんだったね」
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