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三話:魔女の国

 煉瓦造りの家々に挟まれた細道を、ダレンと少女を乗せたモーゼルが、トットットッ……と単調な爆音を響かせて走っていく。

 いや、走っているという表現は正確ではない。地面からおよそ一メートルばかり浮いたこの乗り物は、少女にとってはなはだ見当もつかない何らかの原理、彼の言うところの魔法で、不格好なパイプから煙を吐き出しながら、空中を滑るように飛行していた。

 そうして狭い隘路を進み続けること数分後。


 突如として視界が開けたかと思うと、


「――ッ」


 次の瞬間に地面が消え、代わりに眼下に広がった壮大な光景に、少女は唖然とした。


 乳白の朝霧がたゆたう遥か真下の地表に、何層にも積み重なってごちゃごちゃと乱雑に建てられた建物。赤褐色のレンガで建てられた建築群は霧で包まれ、濃い影を白いもやの中で幻のごとく揺らめかせていた。

 ざっと見回してみると、町全体の地形がすり鉢みたいに錐状にくぼんでいるのが分かる。

 中央に近づくにつれて低くなっていく高低差の激しい空間。その隙間を縫うようにして、無数の階段や回廊が蟻の巣状に張り巡らされている。

  だがその道に沿って徒歩で移動する者はほとんどいない。大多数の人々はエンジンを吹かしたバイクや箒に乗って、風の如く空を駆けている。


 街の中央には、一際高く聳える塔。


 それは『人が造ることが可能なのか』と思えるほど巨大だった。

 時計盤の埋め込まれた重厚感のある土台は、見る者全てを圧倒する存在感を放っている。灰色の塔壁のそこかしこに生えている煙突によって吐き出された蒸気は空に昇っていき、頂上付近を分厚い霧のヴェールで覆い隠してしまう。


 人々は無数の小さな粒となって、その塔のあちこちに開けられた穴に流れ込み、そして吐き出されていく。ひゅんひゅんと街中を行き交う飛行者達は、まるで巣に出入りする小さな虫に見える。


 ふと真横に振り向くと、にゅっと突き出た線路がするすると伸びてすぐ隣を通り過ぎていきーー直後、塔を包む天霧を突き破って姿を現した機関車が、甲高い汽笛の音を鳴らしながら轟々と走り去っていった。


 現実を超越した圧倒的な景色を前に、呆然とした彼女の口から漏れる疑問。


「この街は、いったい何なの?」

「魔都『ウェネーフィカ』。二十一世紀の地球上に残る、数少ない魔女の楽園の一つだ」


  そう言って、モーゼルのハンドルを握り続けるダレン。だが、ぞろぞろと出てきた知らない単語と見知らぬ光景に、少女の脳の処理機能はパンクする寸前だ。


「えっと、ごめんなさい。色々と分からないことがあるのだけれど、とりあえず一つ質問していいかしら?」

「どーぞ」


  彼はそう返しつつ、ぐいとモーゼルの舳先を下げる。

  急速に降下していくモーゼルから振り落とされないよう、後部座席にしがみつきながら、少女は疑問をぶつけた。


「マジョ、とは?」

「世の中では魔導士だの魔術師だのと呼び名が分かれてややこしくなっているが、簡単に言ってしまえば魔法を使う者のことさ。きちんととんがり帽子を被って箒に乗っている、ステレオタイプみたいな奴はそうそういないけどな。この街の住人はほぼ全員が魔女といっていい」

「ということは、貴方も?」

「そりゃ勿論。ってか僕の推論だと恐らく、君も魔女のはずなんだがな」

「はぁ!?私?私が?」


 相槌も打てないほどの驚きで目を白黒させる彼女を尻目に、ダレンは「というのはな」と話を続ける。


「そもそもこのウェネーフィカは、魔女しか入れないようになっているのさ。魔法の使えない一般人が誤ってこの街に迷い込むなんてことは絶対あり得ないし、もしあったら大事件だろうな」

「……なぜそこまで言えるの?警備が凄いとか?」

「それも確かにある。何せ街に住む全ての魔女の名前や年齢を把握してる管理局があるくらいだからな。だが一番の理由は違う。空を見上げてみろ」


 彼の言葉に従って、手を目の上にかざして空を見上げる。

  街中に薄くかかっている朝の霞。渦巻く蒸気のヴェールは琥珀色の光沢となり、空全体から降り注ぐ淡い射光が、その奥で溶けるように輝いていた。


「なんか変?私には普通の空に見えるけれど」

「霧で分かりづらいと思うけどな、実はここウェネーフィカの上空には、太陽がないんだ」


「へ? でも普通に明るいわよ?」


「今の時刻は朝だから、本来は東に太陽が出てきているはずだろ? でもこの街では、常に真上からしか日光がない。要するに、何も無い空を太陽があるように見せかけているだけなんだよ。無論、夜も同じく月はない。月明りに似せた光はあるけどな」


 言われてみれば、街中を霧越しに照らす淡い光は、空全体から均等な量で放たれているように見える。真昼だったら違和感はないだろうが、今の早朝という時刻を考慮に入れると、明らかにおかしい。


「でも、存在しない太陽や月と、普通の人が迷い込むのがあり得ないことに何の関係があるの?」


 話の筋がいまだ見えず、腑に落ちない少女。彼は、地表に近づくにつれて徐々に大きくなる街の騒音に負けないよう、「これがなかなかに分かりづらい所なんだがーー」と声を張り上げて次のように言った。



「この街は、外界から隔絶した異空間の中に建っているんだ」


「……ガイかいからカクゼツしたイクーカン?」


 カタカナ言葉で繰り返す少女を、ダレンは「案の定こいつ理解してないな」という目で見やる。その呆れるような視線が気に入らず、少女はとにかく「それで!それで!」と座席を揺らして先をせがむ。


「あー、詳しく説明するとな。この世界は昔、魔女の国を建てるために大結界で創られた狭い箱庭みたいなものなんだ。もし街から外界に出たければ、ゲートを通る必要がある」

「ゲート?」

「デカい塔が見えるだろ?あそこの一階に設置された門さ。魔女じゃない奴が迷い込まないよう、かなり厳重に管理されている。通るには身分証が必要だ。その門を通れば、外界に出られるって訳だ――ほい、着いたぞ」


 モーゼルがエンジンから唸り声を上げながら、ゆっくりと地面に着地する。珍妙な空飛ぶ乗り物は、二人が降りた直後、忙しげに上空にすっ飛んでいった。


 街灯にとまったカラスから発せられた濁声が、割れたアナウンスとなって空気をつんざく。雑踏が奏でる喧騒と混じり合い、うっすらと大気に混じる霧の中に溶け込んでいく。

  人々の服装は様々だ。まるで民族衣装の如きカラフルな絹服に身を包んだ老婆もいれば、シルクハットにトレンチコートの出で立ちで、ステッキをついている男性もいる。はたや派手なマントやローブを纏い、これ見よがしに見せびらかして歩く若者もいる。


 目の前に続くのは、くねくねと曲がりくねる石畳で舗装された道。両側には目も眩むような店の大群が、一列にぎっしりと並んでいる。

 通りの入り口には鉄柱が建っており、視線を上に向けると『プラザ横丁』と描かれた大きな看板がかかっているのが見えた。


 傍にあるのは上品な雰囲気を感じさせる、赤茶けたレトロ風な建物だ。ガラス張りのショーウインドーには、たくさんの色鮮やかな石が陳列されている。店先には広告旗が掲げられ、そよ風を受けてはためいていた。


『魔道鉱石屋~クリスタル、月光石、オリハルコン、血結晶まで~全て初期魔法陣刻印済み!』


 目が二つでは到底足りなかった。店の外観、奇妙な商品一つ一つ。色々なものを視界に納めようと、少女は四方八方をきょろきょろしながら歩いた。

 道の端には等間隔で石像が並べられている。コウモリのような羽と嘴を持ち、四本足で佇む奇妙な生き物だ。

  ダレンによると、ガーゴイルと呼ばれる生物の彫像らしい。街を守護する役割を担っているんだとか。

 好奇心のあまりつっついてみたい衝動に駆られたが、石であるはずの眼の中の瞳孔が、ぎょろりとこちらをねめつけてきたのでやめた。


 次に目に映ったのは、色とりどりの野菜や魚肉を売り出している食料品店。ドレスを着た二人の主婦が、ガラス越しに中を覗きながら、ひそひそと喋っている。


「ハーピーの手羽先一つにつき50ルフランですって。馬鹿馬鹿しい……」


 別の場所にあった建物は、どうやら服屋のようだった。『CLOTHES OF WITCH』と銘打たれた看板が、でかでかと掲げられている。

  ダレンがそこで一通り上下の揃った服を買ってくれた。

  黒と赤の二色を基調とした服装だ。ロングスカートに付け加え、ブーツもおまけしてくれた。


「えっと、何か悪いわね、こんなにお金かけてもらって」

「いや、別にいいよ。それ全部中古の安も……さして高くなかったし」

「……安物?安物なのこれ?」

「それに、これ以上粗末な見た目されるのも困るしな。ただ大事にしろよ?」

「……まぁいいわ。ところで、ずっと思ってたんだけど」

「ん?」


 つらつらと喋りながら前を歩いているダレンの肩を、つんつんとつつく。訝しげな顔で振り返る彼に、少女は腕組みをして言い放った。


「そろそろ私のことは、「君」じゃなくてちゃんとした名前で呼んでほしいの」

「そんなこと言ったって、名前含めて自分の身元を忘れちゃっているんだろ? 呼ぼうにも呼びようがないじゃないか」

「なら何でもいいからつけて。これ以上名無しでいるのは、何ていうかその、居心地が悪いわ」

「えー、名前、名前か……」


 視線を宙に這わせて考えをめぐらすダレン。


「あー、んーっと……そだな、『スタレア』なんかどうだ?」

「してその理由は?」

「魔法植物の名前の一つだ。茨を生やし、冬に綺麗な水色の花を咲かせる……なんだよ、その顔は」


 少女は意外そうな面持ちでダレンを見やる。


「貴方って辛気臭い見た目に反して、随分洒落たセンス持ってるのね。まさか花に例えるなんて」

「お前今僕の見た目けなした?けなしたよな?……なに、僕の専門は魔法植物の操作だからな。そっちの造詣は深いのさ。なんならちょっと見せてやろうか?」


  そう言ってダレンはゴソゴソとポケットをまさぐり、一粒の種子を指でつまむ。

  そしてぎゅっと手を握りしめて開くと、種からにょきにょきと新芽が顔を出した。

  緑から青に、青から赤に、赤から紫に。コロコロと色を変えながら、植物はあっというまに成長してつぼみをつける。

  最後に咲いた虹色の花をダレンはひらひらと振り、


「ま、ざっとこんな感じ」

「おぉー、凄い凄い!私も出来るかしら?」

「さぁー、魔法にはそれぞれ向き不向きがあるからな。ま、お前も魔女なら植物系統じゃなくても、何かしらの魔法は使えるだろうよ。で、名前はどうする?スタレアにするのか?」


  彼の言葉を聞き、少女は少し考え込む。

『スタレア』。美しい水色の花を咲かせるという魔法の植物。なるほど、同じ色の髪である自分にとって、なかなか悪くない名前に思えた。


「そうね、決めた。私はこれから『スタレア』を名乗るわ」

「そりゃ何より。ところでスタレア、話は変わるが――」


  不意にダレンが立ち止まり、少女の方を振り向いた。

 

「今まで言っていなかったが、記憶喪失のお前の身元を調べるため、絶対に行かなきゃならん場所がある」

「行かなきゃならない、場所?」


  おうむ返しに繰り返すスタレアに対し、


「ここ、『憲兵所』だ」


 と彼は言いながら、親指で背後に立つ小ぢんまりとした建物を指差した。


 金色の標識に古めかしい書体で彫られているのは、『憲兵所』の文字。隣には鷲をモチーフにした、大きな紋章も掲げられている。

 武骨な壁を構成しているのは、漆喰で寸分の隙間もなく塗り固められた赤レンガだ。なだらかな曲線を描く屋根を乗せているその様は、どことなく上品な雰囲気を醸し出している。


 周りにはガラス張りの安っぽい小店群が立ち並ぶ。

生活音に満ちた空間の中で、この小ぶりながらも異彩を放つ荘厳な建造物は、中世の城塞のように冷え冷えと佇んでいた。

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