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プロローグ:創世記

 地平線の果てまで広がる快晴の青天井。

 少女は力なく寝そべった状態で、ただ空をぼんやりと見上げていた。


 視界を旋回して飛んでいる小鳥は、溢れんばかりの喜びをさえずっている。

 首を横に傾けると目に映るのは、水と養分をたっぷりと含んだ土から顔を出す、数々の若々しい新芽。

 それを彼女は虚ろな目で見つめ、弱々しげに口をわななかせる。

 そして次の瞬間――少女の体に、波が押し寄せてくるかのような吐き気が喉の奥からこみあげてきた。


 たまらず嘔吐する。蛇口のように口から溢れるしょっぱい水。ただの海水であるはずだというのに、喉や舌に激痛が走り、大量の血が同時に流れ落ちていく。

 まるで体が体内から切り刻まれ、絞りあげられているような感覚。全身の力が腹から胸もとに集まって、背は思わず激しく波打つ。

 そうしてありったけの唾液と水、血を吐き散らした後、彼女は肩で息をしながら、震える膝を酷使してよろよろと立ち上がる。

 疲労で霞む視界。少女は頭を振って自分を叱咤し、目の前に広がる光景と向き合った。


 世界は無数の屍で満ちていた。


 見渡す限りの死体、死体、死体。

 男も女も、老人も子供も、全ての骸が腐敗臭を放ちながら、平等に地面に打ち捨てられている。

 死骸は皆、それがかつて生きていた人間だという事実さえ疑われるほど、土をこねて造った人形のようにごろごろと地面に転がっていた。



 一歩、また一歩と歩き出す。



 かつての大都市はいまや瓦礫の山と成り下がった。

 錆びた鉄骨、砕けた大理石、窓ガラスの破片といったものがうずたかく積み重なっている。その上を踏みしめて歩くたびに、なにかが細かく砕ける音がかすかに聞こえる。

 倒壊した建物の隙間から覗く白い手。それだけが、かつてこの倒壊した街に人間が住んでいたことの唯一の証明だった。



 一歩、また一歩。



 豪華絢爛を誇った王国の宮殿は、見る影もなく崩壊していた。

 贅をつくして造形された数々の装飾は流されて消え失せ、武骨な灰色の壁が剥きだしになっている。

 本来ならば天高く聳えているはずの尖閣塔は、支柱が腐食して大きく傾き、今にも大地に雪崩れ落ちそうだ。



 一歩、また一歩。



 少女はあちこちが欠けた階段をよろめきながら登り、剣を掲げた頭部のない石像の傍を通り過ぎて、宮殿の中に入っていく。


 水浸しになり、ぐちゃぐちゃによじれた赤絨毯。破片となって床に散らばったシャンデリラの残骸。

 少女以外に誰も通ることのない長い廊下には、蝋燭のない銀の燭台が幾つも据え付けられている。



  そして――薄暗い大広間の最奥にある、黄金の玉座。その真上でヒビの入ったステンドグラスが、太陽の光を背に受けて虹色に光輝いていた。


 鮮やかな色硝子に描かれた芸術絵画の中で、大勢の人々がこの大宮殿に向かって大地にひれ伏している。

  壮麗な尖閣塔の頂上に立つのは一人の女王。

  荊の冠をかぶり、水色の長髪を風にはためかせながら、紅の双眼で遥か遠くまで続く地平線を見据えている。


 

  それは紛れもなく、少女自身だった(・・・・・・)



 紅い眼から雫がぽろぽろとこぼれ落ちる。静かに流れていく涙は、やがて嗚咽に変わった。

 くずれ落ちるように膝をつき、顔を手で覆ってすすり泣く。溜まりに溜まっていた熱い泉。それが堅い地を破って、濁流の如く喉に押し寄せる。

 肩を震わせて泣きじゃくり、喉を枯らさんばかりに慟哭する。ありったけの叫びが、死んだ世界に虚しく響き渡る。



 この日、たった一人の少女が生き残ってしまったことから、世界の運命は狂い始めた。

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