プロローグ『このクソッタレな世界1』(レオボルト視点)
「来月から税を倍にする。死ぬ気で働くがよい」
俺は、領主の言葉に耳を疑った。
――無理だ。そんなの出来っこない。
税が倍だって?
つまり、これまでの倍の農作物を収めなきゃならないのか?
ふざけるな。冗談じゃない。
いや、冗談がどうとかではなく、不可能だ。
今年は冷夏で、ただでさえ収穫量が激減した。
それでもなんとか月の貢納を納めてたってのに、倍も取られたら俺達の食べる分が無くなる。
つまりお偉い領主様は、俺達に"死ね"って言ってるんだ。
俺以外にも集まっていた大勢の村人達は、誰もが絶望で目の光を失っている。
――ここはラシュエン村という、人口500人程度の小さな村だ。
村人のほとんどが農業で生計を立てている、どこにでもある田舎の農村である。
この村に、特段珍しい物はない。
どこにでもある極々普通の村だ。
そう、"日々の重税に村人達が苦しめられている所"まで、どこにでもある村と同じである。
そんな村にも領主がいる。
そして、その領主が部下を率いて、いきなり村にやってくるなりそんなことを言うのだから、村人が茫然とするのも当然だ。
村長も顔面蒼白となり、馬に乗った領主の足に縋りついた。
「り、領主様! 倍では常に再来月の分まで収めることになってしまいます! それは何卒ご勘弁を! せめて半月分ほどで――!」
「ならぬ。やんごとなき大貴族『ヴェロニア家』率いる帝国軍が、魔族討伐のため我が領地に駐屯することとなったのだ。領地総出で軍の食糧を用意せねばならない」
『ヴェロニア家』――
その名を聞いた瞬間、村人達がどっとざわめき立つ。
俺達が生きる【ルオライト帝国】において、皇帝に次ぐ権力を持つとされる家柄。
その影響力は計り知れず、軍も財界も思いのままに操り、政治指導者である教皇とすら蜜月の関係にあると噂される大貴族。
そんな『ヴェロニア家』が直接率いる軍隊となれば、おそらく何十万もの兵士がこの領地に詰めかける。
これまでの貢納でも村にとっては重税だったのに、今の倍も搾取されるなんて……考えるだけでも恐ろしい。
「お願いします! せめて半月分……いえ、せめて子供たちが食べる分だけでもお残しください! お願いします! どうかお慈悲を!」
村長は領主の足に抱きついて、必死に訴える。
だが次の瞬間、バシンッという音と共に、領主は馬用の短鞭で村長の顔を思い切り叩きつけた。
村長は領主の足から離れ、短い悲鳴と共に地面へ倒れる。
「立場を弁えよ。貴様らの命などより『ヴェロニア家』の機嫌を損ねぬ方が、遥かに大事なのだ。幾らでも替えが効く貴様らの分など、知ったことではない」
領主は馬上から村長を見下し、冷徹に言う。
コイツはずっと昔から俺達村の人間を奴隷としか見ていない。
毎年のように税を増やして、そのくせ自分は裕福な暮らしをしてやがる。
挙句の果てには、"貴族の機嫌を損ねないために死ね"とまで言い出した。
「そもそも、この【ルオライト帝国】は大陸を二分して【北方の魔族軍】と戦争中なのだ。帝国軍があの悪魔共を駆逐してくれねば、いずれこの領地も攻め込まれる。その脅威から守って下さるというのだから、貴様らは感謝せなばならんのだぞ?」
領主は短鞭の切っ先を村長に向けて、そう言い放つ。
……たしかに、それは一理ある。
この【ルオライト帝国】――いや、俺達"人類"は種の存続をかけて【北方の魔族軍】と戦争状態にある。
【北方の魔族軍】とは、5年前に突如現れた『魔王』が率いる魔族の軍隊のことだ。
それまで野生動物となんら変わらなかった魔族達をまとめ上げ、統率の取れた魔王軍として人類へ牙を剥いてきた。
魔王軍は総数500万とも1000万とも目される大群で、その頂点たる『魔王』は世界を三度滅ぼせるほどの強大な魔力を持つという。
奴らは俺達にとってまさに脅威であり、【ルオライト帝国】の4分の1を占領してからは、常に帝国軍と一進一退の攻防を続けている。
そして最近、この村の付近に魔王軍が近づいてきているという噂は流れていた。
もし噂が本当なら、魔族を討伐してくれるのは確かにありがたい。
だが、そのために俺達が餓死してしまっては本末転倒もいいところだ。
「よいか、私は『ヴェロニア家』のご一行を丁重に持て成さねばならぬ身。決して失礼があってはならない。貴様らのような下賤な農奴共とは理解できぬ責任があるのだ。
……必要分の貢納を納められない者は容赦なく処罰する。女子供も例外はないぞ」
領主はそう言い残すと、部下を連れて帰っていった。
……接待だって?
アンタがお偉いさんのご機嫌を伺うためだけに、俺達が死ぬ思いをしなきゃならないのか?
ふざけるな!!!
集まっていた村人はすぐに恐慌状態となって、パニックに陥る。
俺はもう何もかもバカらしくなり、よろよろと家へと帰った。