暴れ蜘蛛 (2)
まさか夜を待たず討伐に向かうとは思ってもみなかった。
娘伯は今、都会の寂れた工場に居る。
「反応が近い」
手にする御札は弱々しく光り妖怪が現れるのを警告している。
しかし機材も置かれていない工場内は殺風景であり、
とても危険な妖怪が潜んでるとは思えなかった。
「他の場所を探すしか…?」
上から何かが垂れてきた。
唾液のようにネバネバした物が手につき見上げる娘伯。
屋根の木漏れ日を遮るように巨大なそれは居た……。
「こんばんわー!」
図書館から清天神社へやってきた青井と風花。
もう第二の我が家のように仕事と関係なく入り浸っている。
社務所で挨拶したところ誰も居ない事に気付く二人。
「娘伯さんも留守にしてるなんて珍しいね」
「…きっと妖怪退治に出かけてるんじゃない?」
此処でやる事と言えば境内の掃除くらいだろう。
気分を上げる為に巫女装束に着替えて掃除道具目当てで蔵へ向かう。
『おやお嬢さん!ちょうどお暇してたとこっすよ』
蔵の主、提灯お化けのチョウだ。
灯りの無い蔵で唯一灯るそれに二人はちょっと驚いてしまう。
「うっ…夜に会うのは慣れないなぁ」
『それが妖怪の仕事っすから
それより手が空いてるんなら此処の掃除を頼みたいんすけど』
二人が戸を開けたせいで蔵の中は埃っぽい。
「いつから掃除してないの?」
『んーかれこれ一年以上っすかね?』
青井もチョウも首を傾げる。
作業を始めようとした矢先に境内の方で何か物音がした。
「ごめんねチョウさん掃除はまた後で」
『そんなー』
「誰か帰ってきたのかも!」
鳥居の方へ向かう青井と風花。
二人連れなのは解った。
しかし二人はボロボロになった片割れに戸惑いを感じてしまう。
「娘伯さん!」
元斎の肩を借りてやっと神社へ帰還したと言ったところか。
肩や脚の巫女装束は引き裂かれ大きな傷を負っている。
「二人とも悪いが社務所へ運ぶのを手伝ってくれるか」
「何があったんですか!?」
「やはり夜に向かえば良かった…妖怪に不覚を取り捕らえられていた」
元斎が空に上がった発光御札で異変に気付いたのだ。
現場へ向かうと傷つき糸に絡め取られた娘伯を発見したと言う。
「あんなの…見たことが無かった…大きな蜘蛛…」
息が荒く目の焦点も定まっていない娘伯。
ただ一人の妖滅巫女が大怪我を負った事実に青井も風花も納得できない。
「なんとかして妖怪を滅しなければ被害が広がる」
「なら私達が…!」
風花の提案に元斎は断固拒否する。
「危険な目にあわせる訳にはいかん!せめて勝一が居てくれれば…」
「俺がどうかしたんですか?」
男の声で一同は鳥居へ注目する。
買い物帰りかビニール袋片手の勝一が手を振っていた。
「しょう…いち…」
娘伯が小さく呟く。
「ん?どうしたんだその怪我!?」
慌てて娘伯へ駆け寄る勝一。
しかし瞳を光らせた娘伯によりビニール袋は吹き飛んだ。
「しょういちー!!!」
今までに聞いたことが無い怒号と共に勝一を殴り飛ばしたのである。