【6】暴れ蜘蛛
ある日の昼前。
青井に誘われて風花は一緒に町の図書館へ来ていた。
「…退屈」
特にやる事が無いので風花はただそれだけ呟いている。
一方の青井は伝記コーナーを漁りそして妖怪の本ばかりを取っていく。
「これくらいでいいでしょ」
抱える程のそれを読書スペースの机に置く。
そして一番上の本を開く青井。
「ね〜青井〜そんなに読んで何になるの〜?」
机に頬をつき表情の見えない青井に訊ねる風花。
「少しでも娘伯さんの力になる為に妖怪の知識を叩き込んでおかないと…」
「気持ちはわかるけど…娘伯さんが知らない妖怪なんて居ないでしょ?」
妖怪退治以外の事は浮世離れな娘伯。
それは逆に言えば妖怪相手で遅れを取ることは無いのだ。
「いつ私達が妖怪と戦っても大丈夫なように…だから風花も勉強しよ?」
家に帰っても今日はやる事が無い。
仕方がないので風花は一番上の重い本を取る。
「えーと…『新・妖怪図録』?」
赤黒い表紙を開くと筆者の名前が小さく載っている。
内容は20程度の妖怪をイラスト付きで解説してる物だ。
ページが黄変してない事から真新しい本だと伺える。
「『暴れ蜘蛛』」
「本を読むときは静かに…」
青井に注意され風花は口を閉じる。
モノクロのイラストには人間を丸呑み出来そうな大きさの蜘蛛が描かれている。
暴れ蜘蛛は人間を最低24時間は生存できる拘束で捕らえる。
わざと他の人間が助けるようにし二次被害を促す為だ。
これに噛まれた者は正気を失い最も嫌う者に暴力を振るう。
嫌う者が再起不能になると別の誰かを襲うようになる。
これを鎮めるには頭部の一つ目を討つ事で蜘蛛は死滅する。
「…やけに具体的だなぁ」
気になり別のページへ飛ぶ。
九尾。
蒼い毛を持ち九つの尻尾を持つ大妖怪。
青い狐火は数多の妖を焼き、
その変幻は時代に合わせ人々と溶け込んだ。
はるか昔に石へ封じられるも誰かの手引きにより再び世に放たれた。
特殊な首輪を掛けており人を傷つける事が出来ない。
人を襲い恐怖におののかせたのは外國での所業である。
常に二匹の狐を従えている。
力を失った後は現在まで行方不明になっている。
まるで本人に会っているかのような書き方。
著者の欄を見直し風花は首を傾げる。
「ねぇ青井…"道我"って人知ってる?」
「知らない」
そう言って青井は読んでた本を畳んだ。
あっという間に一冊読み終えたのである。
「こんな詳しく書けるなんておかしいよ」
これまで存在を隠されてきた妖怪を事細かで具体的に記している、
それだけでこの本を作った者は妖しいと疑ってしまう。
「ならちゃんと読んで頭に叩き込めば?
もしかしたら今後の役に立つかもしれないし」
青井の提案に風花は頷いた。
希少な情報なら尚更覚えなくてはとページをめくる。
『黒巫女』の項でその衝撃は訪れた。
「娘伯さん!?」
この日一番の大声で他の利用者が注目してしまう。
慌てて青井はしっと静かに怒る。
「だってこれ!娘伯さんにそっくりなんだもん!」
「イラストが掠れて鮮明じゃない…カプセルに入ってる?」
見せてきたモノクロ写真に青井は興味を抱く。
目を凝らしてもその顔は判別できず肌は褐色のようだと捉える。
そして風花が一番似ていると思ったのは髪の色…つまり白なのだ。
「娘伯さん…まさか妖怪なんじゃ…!」
しかし青井は鼻で笑って推測を否定する。
「いくら娘伯さんが凄くても妖怪な訳ないでしょ」
本人が何度も否定しているのだから間違いない。
「これは…多分それっぽく作ったモドキ…娘伯さんじゃない」
風花は恐る恐る奥付を確認する。
本が書かれたのは1960年代…2000年の現代とは遠く離れている。
「どうゆう事?」
「うっ…それはもう私には解らない…」
これ以上は怖くなってしまったのか、
風花は新・妖怪図録をそっと閉じた。
「やっぱり妖怪は勢いでなんとかする」
「なら私は知識を蓄える」
結局夕暮れまで青井は読書を続け風花は特にやる事なく惰眠を貪るのだった……。