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巫女乃禄  作者: 若猫老狐
妖滅巫女、娘伯の日常
3/182

【3】椿鬼

「此処は……どこじゃあぁ!」

都会の夜に少女の声が木霊する。

硝子が震え割れそうなほど人間離れした声は幼いながら凄みを感じる。

少女には目の前にそびえるビルや色鮮やかな街灯もけたたましい自動車の音を知らない。


纏った着物は胸元がはだけ至る所がボロボロになっている。

右手には盃、左手には空になりかけの酒瓶。

「んぐ…やはりここはこの世なのか…」

酒を呑み干しその味で夢を見ていない事を確認する。


やがて少女はゆっくりふらつきながら都会の何処かへ消えていった……。

「はぁ…今日も疲れた〜」

清天神社へ向かう風花の足取りはとても重かった。

普段なら青井を置いてけぼりにするくらいキビキビと歩くのに、

今は青井の方が先行しているほどだ。

「わざわざ部活終わるまで待ってたんだからシャキッとしなさい」


まだ卓球部に入って間もない風花は練習に半ばついて行けていない。

故に入部してからの下校はこれが平常なのだ。

「う〜…先輩達スパルタ過ぎ…」

運動部が皆そうなのかと風花は嘆く。

残念ながら帰宅部の青井は運動部の思考など理解できない。


「今日こそは娘伯さんの仕事を教えてもらわなきゃ」

初対面以来あまり口を開かなくなった娘伯。

避けられているのは承知でも青井達は彼女の秘密を知りたかった。

「そうだ!娘伯さんの秘密を暴かなきゃ!」

何故かそれで元気を取り戻した風花。

今日は1時間程度の雑務しかないので急ぎ足になる。

「気を付けないと転んじゃうよ」

青井を追い越し無駄に叫び走り出した風花。


しかし好調の彼女を曲がり角で何かにつまずき転びかける。

「おっとっと!」

幸いすぐに体勢を戻し再び走ろうとしたが、

「ぇ…風花!待って!」

風花がつまずいた物に気付き青井が呼び止める。

「これ…人の手…ひぇ!?」

曲がり角で見つけたそれに青井は驚愕する。

自分たちより小柄な少女がうつ伏せで倒れていたのだ。

不釣り合いな古びた着物と紅く長い髪がより一層不気味さを醸し出している。


「行き倒れ?」

「ま…まさか」

う〜と呻き声がするので一応生きてる。

このまま放置するのは良心が痛むので風花は1人で抱えようとした。

「うっ…重い」

「運んでどうするの!?」

慌てて青井も加勢するがこの後の事は考えていない。

苦肉の策とばかりに深呼吸で覚悟を決める風花。

「清天神社に行こう」

「…言うと思った」

正体の知れぬ少女と共に青井と風花は清天神社を目指した……。



「どっこいしょー!」

30分かけて青井と風花はなんとか少女を清天神社まで運び出せた。

最も過酷な道のりが石段だったのは言うまでもない。

社務所には誰もおらず仕方なくちゃぶ台をどかして畳に寝かせる。

「みんなどこ行っちゃったんだろ」

風花は当てを探しに蔵へ向かう。

中には提灯お化けのチョウが居るからだ。


「えっと…おしぼりは…へ?」

社務所の台所から布巾を濡らし少女のひたいに置こうとするが青井の手は止まる。

そのひたいに明らかに人ではありえない物が生えてるからだ。

「青井ーチョウも解らないってー」

呑気に戻って来た風花とは対照的に青井は焦りの顔しか見せない。

「あわわわわわ!」

「どうしたの青井…げ!」


風花も少女の顔…(ひたい)を見て青ざめた。

人肌から生えてるそれはまさしく鬼のツノだからだ。

「この子…妖怪……鬼!?」

青井と風花は知らないが清天神社は妖怪退治の拠点である。

その真っ只中に素性も知れぬ鬼の少女を招き入れていた。

「ど…どうする?」

「どうするって言われても…」

ただの人助けと思いきや危険な妖怪を助けてしまったのだ。

高校生である二人にまともな対処が出来る筈が無い。


「う〜…むぅ…?」

鬼娘がゆっくり目を覚ます。

それだけで青井と風花は社務所の隅へ逃げようとする。

「此処は…どこじゃ?」

「ひぇ!」

他愛もない一言でお互い抱きつく二人。

しかし少女は頭を起こすと何かに気付き匂いを嗅ぎ始めた。

「この匂い…こっちか!」

青井達も入った事がない個室へ堂々と侵入すると隅に一升瓶が置いてある。

少女は封を開けるとまるで水のように酒をラッパ呑みしてしまう。


「うわぁスゴイ」

「あれって勝手に呑んで平気なの?」

酒に目が行ってるのを知り恐る恐る近づく2人。

ぷはぁと酒の臭いを撒き散らし少女はさっきとは見違えるほど元気になったようだ。

「く〜やはり酒は最高じゃな!む?御主等が(わし)を助けてくれたのか?」

やっと風花と青井に気付き少女が問いかける。

「ぁ…はい…青井と言います」

「ふ…風花です」


恐縮して二人とも敬語になる。

「儂は椿鬼じゃ助けてくれてありがとのう」

椿鬼(つばき)と名乗った少女は似合わない古風な口調で礼を言う。

「あのー椿鬼さんは…妖怪ですよね?」

風花が気がかりを訊く。

「うむいかにも儂は鬼じゃが?」

「どうしてあんな所で倒れてたんですか?」

少々悩んで椿鬼は頭を掻く。

「…”鏡の扉へ入ったらこの辺鄙(へんぴ)な場所に辿り着いた”と言えば良いか?」

二人は全く理解できなかった。


「先ずじゃ…此処はどこで(こよみ)はいくつなんじゃ?」

普通に生きていれば(よわい)百年を超す妖怪の質問に相応しくない。

仕方なく青井が鞄から歴史の教科書を取り出し年表を広げる。

「今の時代がここ…平成です」

「むーじゃあ儂が居た時代はこの辺りかのう」

指を走らせ江戸と明治の間を指差す。

「タイムスリップ?」

風花は創作でしか出てこない単語を呟く。

妖怪が実在するなら魔法や非現実的な事もありえると思ったのだ。

「そう言えば彼奴(あやつ)等…時渡りの秘術とか言っておったな」


「ぇ……まだ他に妖怪が?」

「共に過去へ行こうとしたがまさか未来へ飛ばされるとはな!」

高笑いする椿鬼が青井も風花も拙い状況ではないかと察する。

全ての妖怪がチョウのように無害ではないのだ。

都会中で暴れれば甚大な被害になり得る。

「それで仲間の妖怪はどうしたんですか?」

「さぁな?儂より早く鏡の扉に入ったのじゃから既に着いとるじゃろ」


「な…なんとかしなきゃ…」

震える声で風花は戦う意思を見せるもどうやってと青井に説かれ黙りしてしまう。

「御主等にどうこう出来る事では無いじゃろう…それに彼奴等はひと暴れするような連中ではない」

常人では妖怪に太刀打ち出来ないと知ってて椿鬼は寝転がる。

「それよりも…儂はちぃと人探しをしておるんじゃが…」

「お前何やってるんだ」


社務所の入り口から男の声がし一同の注目が集まる。

何故か険しい顔の勝一が椿鬼を睨みつけていたのだ。

「しょ…勝一さん!」

「この人!妖怪なんです!」

妖怪と何故か駄弁ってた非現実から一転して勝一の背に隠れる青井と風花。

しかし彼が怒ってる理由はもっと別にあるようだ。

「俺が蔵で見つけた酒!後で呑もうと隠してたのに!」

飛びかかり胸ぐらを掴むが椿鬼は菩薩(ぼさつ)のような微笑みを浮かべる。

「おぉ!御主のだったかすまんすまん」

「蔵で見つけたのなら神社の物ですよね…」


平謝りが癇癪(かんしゃく)に触れたか掴む手はより強く激しく椿鬼を揺さぶる。

「出せ!吐き出せ!鬼!」

「一度呑んだ物を戻せとは面白い事を言うの」

相手が本当に鬼だと解ってるのか、

勝一はもう正気を保ってないようにも見える。

「ぉ落ち着いてください勝一さん!」

流石に大の大人相手に体を張ろうとは考えず青井と風花は距離を保ち平静を促す。


「じゃが…ちとうんざりじゃ」

椿鬼は勝一の着る和服の襟…ではなく頭を掴む。

そして境内の方向へ豪快に投げ飛ばした。

勝一は社務所の壁に穴を作りそのまま杜まで吹き飛んだ。

穴はあまり面白くない形をしている。

改めて目の前の少女は鬼なのだと青井と風花は青ざめた。


「壁を壊してすまん…今度直してやるからの」

あまりの衝撃に2人は言葉が出ない。

一仕事を終えてため息を吐いた椿鬼は再び胡座(あぐら)で座る。

「さて…さっきの話じゃが人を探しておる」

「ひ…ひとですか?」

椿鬼は気付いてないが青井の声は酷く怯えていた。


破けかけの袖口から破れた新聞の欠けらを見せる。

「どうやら此処らは物騒でのう…儂を匿ってくれる用心棒を探しておるのじゃ」

「『夜の都会で交通事故!轢かれた者見つからず?』…これ随分前の記事じゃないですか」

風花が掠れた文字を読み上げ気付く。

まだ青井達がバイトになる前の事件だ。

「なんか風に吹かれてこれが来たんでな」

「で…でもこれは未解決事件で今も警察が捜査してるような」

青井も携帯電話のニュース欄でチラ見しただけだが当然人の手で対処できる事では無いのだ。


「この轢かれた者は妖怪じゃな…死んだ者は砂となり消えるから遺体なぞ見つからぬよ」

青井と風花は驚く。

ならば目の前の妖怪…椿鬼も死んでしまえば砂になるのかと疑う。

「じゃが…この時代で妖怪を殺せる人間が居るとは思わなんだ」

「人間…が?」


都会に潜む妖怪、だけでも胡散臭いのにそれを殺す事を生業とする人間が居るとは信じられない。

「儂が江戸に居た頃にも妖怪を取り締まる連中は居た

人間から守る為に…そして儂らの尊厳を守る為に」

おかげで人と変わらぬ営みが出来たと椿鬼は感謝している。


「そこで儂は思った!この者に頼み儂を守ってもらおうとな!」

「そんなムチャクチャな…」

「もし…出会い頭に斬りかかるような相手だったらどうするんですか?」

妖怪を殺す者と対峙すれば当然そのような結果も起こる。

しかしその時は拳を交えるまで、と椿鬼は論ずる。

「それで御主等はそのような妖怪殺しの人間を知らぬか?」


「いえ…私達は知りません」

「あ!娘伯さんなら何か知ってるんじゃない?妖怪の友達も居るし!」

娘伯が張本人とは知らず名を挙げた風花。

「ほうほう…でその娘伯とやらは何処におる?」

「さあ?」

お互い首を傾げ微妙な間。

「これは一体どうゆう事だ?」

社務所の入口…ではなく壁の穴の方から老人の声がした。

「なんだか形が勝一にそっくり…」

今度は大人の女性の声だ。


「元斎さん!娘伯さん!」

社務所に入った元斎と娘伯。

「…何故ここに鬼が居る」

青井と風花の前に居座る椿鬼に元斎は警戒する。

「あぁ…これには色々深い訳が」

「道端で倒れてたので助けてあげました!」

手短に現状を説明され元斎は怒るではなく呆れていた。

娘伯の方はどちらかと言うと興味無さげの様子。

「儂はその二人には手出ししとらんぞ

それより訊きたい事がある…御主等は妖怪を殺める人間の事を知らぬか?」


知るも知らぬも元斎の側の娘伯こそ妖怪殺しの人間なのだ。

しかし此処でバラすわけにはいかない元斎が話をはぐらかそうとする。

「知らんな…ところで勝一は」

「では後ろで隠れてる…娘伯じゃったか?この二人が頼りにしてたが知らぬか?」

名指しされピクリと反応する娘伯。

「知ってたら…どうするの?」

「なーに居場所を訪ねて儂を悪妖どもから守ってほしいだけじゃ…この時代は物騒じゃからな」


「娘伯も知らんぞ」

「伯父…」

面倒ごとに巻き込まれたくない元斎は娘伯をも守ろうと必死だ。

しかしその態度が気になり椿鬼は鬼らしく挑発し言葉を畳み掛ける。

「その髪…白い髪とは珍しいのう?もしや特異な力を持っておったりせぬか?」

「この髪は…生まれつき…特別な力なんて無い」

頑なに真実を話そうとしない娘伯に椿鬼は業を煮やした。

「御主等からも何か言ってくれんかのう?風花に青井よ」


「……え!?私達ですか!?」

蚊帳の外だった青井と風花は驚く。

鬼よりは親しい存在だが、

それでも娘伯と二人にはまだ見えない距離を感じている。

「こ…娘伯さん!私達も本当の事が知りたいです!」

「何があっても真実を受け入れます…だから…」

二人の潤んだ瞳に娘伯は心揺さぶられる。

「……本当に信じていいの?」

青井も風花も静かに頷く。

「伯父…」

「娘伯の決めた事を止めはせんよ」

誰よりも彼女を知っている元斎の言葉が最後の一押しを決めた。

「ありがとう…伯父」


これまでと目つきが鋭くなった娘伯に椿鬼はニヤリと笑む。

「私が妖怪殺しの人間…妖滅巫女」

青井と風花の表情は真剣なままだ。

「最初から言っておけばいいものを…では妖滅巫女の娘伯よ!儂を此処で匿う事はできるかの」

「やだ!」

綺麗な即答に椿鬼は膝を崩しかけた。

「素性の知れない妖怪を…ましてや妖滅連合の拠点に置く訳にはいかないからな」

元斎も娘伯の意思には納得している。

「いつ殺されるか解らないんですよ?」

「ぷっちゃけ…私だったら断るかなぁ」


一同に反対を言われるが椿鬼は諦める様子が無い。

寧ろ闘志を燃やし此処へ居つく決心がより高まった。

「ならば決闘で雌雄着けようではないか!」

「貴女が居ても私達に何の益も無いのに?」

しかし椿鬼は負ければ何処にでも去る、と勝手に決まり事をして動こうとしない。


「”例の得物”を試してみるか」

元斎が何処からともなく木箱を出した。

「一度実戦に使おうと思ってたが良い機会だ娘伯やこれを使いなさい」

元斎からも促され娘伯は断る気力を失くす。

「娘伯さん!どうか気を付けて!」

「け…怪我はしないで下さいね?」

風花と青井の励ましが唯一心中を癒した。


場所は移り夜を迎えた境内の真ん中。

参道を挟んで社務所側に椿鬼、反対に娘伯が対峙する。

娘伯は足元の木箱を開けると中から大幣(おおぬさ)と小型の拳銃を取り出した。

拝殿の前で観戦するのは元斎と青井、風花だ。

「元斎さんあれ何ですか?」

ただの幣と玩具の鉄砲にしか見えない風花は首を傾げる。

「人間が妖怪を滅するには霊力を行使しなければいけない

霊力とは人の身体に宿る見えない力だ」

しかし霊力を扱うのは相当の訓練が必要。

そこで一考した物が予め霊力を施した武器だ。


「あれがうまく出来れば誰でも妖怪と相対する事が可能になる…と言ってもまだ試作だが」

「娘伯さんはどれだけ修行を積んで霊力?を使えるようになったんですか?」

「娘伯が生まれてからだ…それから今までこの地は娘伯1人で守ってきた」

隠してきた娘伯の本当の仕事…その責務の重さに二人はまだ理解できない。

この決闘で何かを得ようと密かに思うだけだ。


「いつでも良いぞ!」

まだ脱力して楽観している椿鬼に構わず娘伯は大幣を素振りする。

無意識に霊力を乗せているが気にせず韋駄天の一歩を踏み出した。

「なぐへ!?」

頭に強烈な幣の一撃を喰らい脳が揺さぶられた椿鬼。

「速い!?」

一瞬の出来事に青井も風花も視認できない。

「あの瞬脚は夜にのみ働く力だ…原因は今でも解らん」

「娘伯さんは…本当に人間なんですか?」

白い髪こそ気にしないが霊力を扱い韋駄天の脚を持ち妖怪を滅する、

娘伯の正体も妖怪ではと青井は疑わずいられない。

「娘伯は人間だ…それだけは信じてくれ」


「おのれやりおったな!」

「いつでも良いって言った」

お返しにと平手を突き出すが一瞬で距離を離され当たらない。

そして椿鬼の腕が引く前に娘伯は急接近して二打三打と大幣を叩き込む。

「ぐぬ…」

これほど強いとは椿鬼も予想していなかった。

カッとなり再び拳を振るうもやはり空を切るだけだ。


「娘伯や!拳銃を使ってみろ!」

持ち方を間違えていた娘伯は拳銃を構え直し重い引き金を引く。

直後、空気圧で押された弾丸…8mmほどの球体がポフっと音と共に射出された。

「…あれ?」

しかし調整不足か球体は娘伯と椿鬼の間数mすら届かず参道の石段に転がってしまう。

「ははは!そんなショボい飛び道具で儂を倒せると」

うっかり落ちた玉を踏んでしまう椿鬼。

霊力の込められた弾丸は弾け大きな爆発を生じた。

「あの銃は霊力の弾を撃ち出す装置にすぎない」


「あれ全部元斎さんが作ったんですか?」

「いやあれは馴染みの親友に造らせた物だ」

おかげで留守が多くなったが開発は進んでる、と元斎は説明する。

「強い…まさか人間がこんな物を造れるとは…!」

軽く吹っ飛び脚を焦がしたが椿鬼は立ち上がる。

普段なら一発で勝負を決めるが娘伯は慣れない武具と力加減が解らず決定打を与えられない。

「中々…やりおる…な!今度はこちらからゆくぞ!」


椿鬼が反撃に転じる。

参道の石段を殴り飛び散った破片が娘伯に襲いかかる。

娘伯は拳銃の引き金を再び引くが何故か弾は出ない。

「娘伯!それは試作故に一発きりだ!」

元斎が叫び娘伯は仕方なく回避行動を取る。

しかし雨のような数の石片に袖や袴は所々裂けていく。

そして破片の一部は元斎達の居る拝殿の方にも。


「危ない!」

元斎が咄嗟に御札を取り出し破片から青井と風花を守る。

「ありがとうございます元斎さん!」

「これでも昔は妖怪を相手にしてたからな」

今度は腕に炎を纏わせる椿鬼。

燃える拳を地面に叩きつけると炎は地を駆け娘伯の真後ろで火柱を上げた。

「退路は無いぞ!」

意を決し娘伯が前へ踏み込む。

一瞬で詰めた間合いの中、

娘伯の振り下ろす右腕はついに椿鬼の手で捕まった。


「さぁどうしてくれよう…このまま腕をへし折っても良いが?」

娘伯の腕がみしりと嫌な音を立て顔を一瞬歪ませる。

しかし大幣をあっけなく手放し素早く左手に持ち替えると、

渾身の力で振り上げ椿鬼の顎を打った。

「ぐぬ…まだまだぁ!」

負けじと椿鬼は後方へ片手で背負い投げする。

吹き飛ばされるも空中で体勢を整え娘伯は社務所へぶつかる前に着地できた。


「これで終いじゃ!」

一歩下がり力を蓄える。

地を蹴り前へ飛び出すと猛スピードで額のツノを突き出す。

ツノの頭突きに対し娘伯は両手で霊力を込め大幣を振りかぶる。

互いの力が衝突し火花を散らす。


「ぁ…!」

幣にヒビが入り娘伯は咄嗟に手を放した。

慌ててしゃがみ頭突きを避けると大幣は見事真っ二つに裂けてしまった。

「やったぞ儂の勝ち…ぬぁ!?」

勢い余った速度を止める術はなく、

椿鬼はそのまま社務所の壁に突き刺さった。


「た…助け…抜けなくなったのじゃ!」

上半身は屋内に下半身は屋外でバタつかせ綺麗にハマった椿鬼。

「大丈夫ですか娘伯さん?」

青井と風花が真っ先に駆け寄る。

巫女装束は破れてしまったが大した傷は負ってないようだ。


「悪いけどあの子…椿鬼を助けてあげて」

娘伯の指示に頷くと壁の中の椿鬼へ向かう二人。

「伯父…ごめん壊しちゃった」

ゆっくり来た元斎に使い物にならない幣と拳銃を渡す。

「まだ改良が必要だな…それよりあの鬼はどうだった」


少し悩んで娘伯はこう答える。

「手加減が出来ないくらい手強かった

でも…あの力は純粋で真っ直ぐ…子供騙しで強くなった訳じゃない」

それほど修羅場を幾多も突破してきた強者だろう。

力を交えて娘伯は外見以上の大きな思いを感じる事が出来た。

「尚更野放しにするのは危険だな…」

「ぐぬぬ…ぬはぁ!」

椿鬼は青井と風花に足を引っ張られなんとか壁から抜け出せた。


「だ…大丈夫ですか?」

「ちょいと頭を打っただけじゃ」

「流石妖怪…」

青井に心配されつつも椿鬼は赤くなった額を撫でるだけで平然としている。

「しかしこの始末では儂の負けじゃなぁ」

「いや…私の”刀”が先に折れた」

他人を…しかも妖怪相手に負けを認めた事に元斎は驚く。

「お前さんは此処で匿う方が良いだろうが条件がある」

自らの経緯と過去から来た妖怪について妖滅連合に報告する、

それが椿鬼がこの都会で安全に住まう条件だと提示した。


「なんじゃその程度で良いのか?」

「じゃあ私からは…無闇に人を襲わない…これで良い?」

「人間との付き合い方は慣れておる…それにこの時代の者とも仲良くできそうじゃなからな」

椿鬼は青井と風花を見つめ快諾してくれた。

「これからよろしく頼むのう」

袖から手のひらを出し握手を求める椿鬼。

少々警戒はしたが娘伯も応じて握手した。


「時に二人はそろそろ帰らなくていいのか?」

元斎は見守る青井と風花に勤務時間を心配する。

「ぇ…あ!もうこんな時間!」

携帯で時刻を確認して青井はやっと事の危うさに気が付いた。

「あわわ!すいません!お先失礼します!」

「うむ!また今度ゆっくり話そうな」

「ぁ…その時は娘伯さんも一緒に!」

帰りの挨拶を済ませ足早に神社を去る2人。


「…お腹減った」

腹の虫が鳴るより早く娘伯はこれからの夕食に期待する。

「お!これから夕餉(ゆうげ)か!儂も一緒に食ってよいか!」

「伯父…」

「別にいいだろう…夜中に喚かれても困る」

いつもなら2人きりの夕飯にやかましい妖怪が加わる。

これからの波乱にため息を残し娘伯は社務所へ入るのだった。


「そういえば何か忘れてるような…」

「えっと…勝一?」

「しまった!すっかり忘れてたのじゃ!」

ボロボロの勝一が杜の中で見つかったのはそのすぐ後の事だった……。

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