鬼の昔話 (2)
「よ〜久しいの〜顔岩!」
今は住まう"人間"は居なく廃墟となった屋敷。
その大広間へ赴き椿鬼は三十は超すであろう物の怪に大声をあげる。
呼ばれた妖怪は身体中を岩で覆い微かに覗く瞳で椿鬼を睨みつける。
「三日ぶりで久しいとは阿呆かお前は」
「そうじゃったか?歳を取ると忘れぽくなるのう」
頭を掻きながら椿鬼は空いてる座布団へどかりと胡座で座る。
既に丑三つ刻を過ぎた屋敷は蝋燭一本の灯りで物の怪の顔を浮かび上がらせていた。
「追っ手の目は欺きましたか?」
顔石の隣に立つ烏頭の男が訊ねる。
「あ〜軽く遊んでやったら一目散に逃げおったわ」
「目をつけられるなとあれほど…」
「まぁ待て烏天狗…これで皆集まった…時間は惜しい」
烏天狗を宥めて顔石は立ち上がる。
「これで行くべき者は揃った…これより儀式を始める」
烏天狗が号令を合図に手持ち鏡と巻物を取り出す。
「んで何をするんじゃったか?」
「前に話した筈だぞ椿鬼…過去へ行き栄光の時代で繁栄すると」
顔石が呆れる一方で烏天狗が鏡を祭壇へ置き巻物を広げる。
「その為の道具がそれか?」
「魔鏡は時を超える為の道具…巻物にはその術となる詠唱が記されている」
「魔鏡?質屋で売ってそうな物で本当にそんな事出来ると信じておるのか?」
現を抜かし顔石はため息を落とす。
「道具とは見た目以上に侮れない価値があるのですよ」
烏天狗はそう言ってから詠唱を始めた。
「もし本当に過去へ行く事が出来たとして…御主らはどうするつもりじゃ?」
「無論、新たな土地を作り人間による支配の無い場所を築くのみ」
理想だけは高々としていると椿鬼は鼻で笑う。
「何がおかしい」
「この江戸で人に管理されそれなりに楽しくやってきた奴が言う言葉ではないなと」
流石に怒りが現れたか顔石は椿鬼の胸ぐらを掴みあげた。
辺りは一瞬騒然とするが烏天狗の呪詛によりかき消される。
「もう我々はうんざりなのだ…真にこの地を支配するのは我ら妖怪だ」
「それが本音か…」
今にも殴り合いそうな空気が大広間を包む。
しかしそれは烏天狗が最後に放った一言で豹変した。
耳を裂くような轟音と共に手持ち鏡を中心にモヤのような空間が現れたのだ。
「おぉこれが」「成功だ!」
妖怪達は歓声を上げる。
顔石もまたこの世の物と思えぬ空間に口を開けたままだ。
「良かったのう顔石これでお主らは安泰じゃな」
癪に触る言い方に顔石は我に帰る。
「いつ追っ手が来るか分からん!皆早く入るのだ!」
顔石の号令で妖怪達は続々と空間へ消えていく。
「椿鬼!お前も」
「先に行け…どうやら客人が来たようじゃ」
屋敷の何処かで轟音が響き敵襲を知らせる。
「…分かった…向こうで会おう」
振り返らず顔石が空間の向こうへ消えた。
椿鬼は誰も居なくなった広間に座り盃を傾ける。
「さて…宴の邪魔をする不埒な輩はどこの誰じゃなあ?」
金属音が響く。
細い筒が開いた襖から姿を見せ、
続いて暗闇から現れたのは椿鬼と変わらぬ背の童だ。
「動くなよ…この引き金を引けばお前は一瞬で死ぬ」
「ほう怖い」
童の頭には狐の耳、背には一本の尻尾が生えている。
「御主妖狐か…そんな人の道具で脅すとは威厳が無いのう」
「卑怯と幾らでも言えばいい…俺はいずれこの地を統べる
その為にはどんな手を使ってでも妖怪共の頂点に立つ!」
立派な名乗りに対し椿鬼は深くため息を落とした。
「まだ野心こぼれる妖怪が居るとはのう…」
ゆらりと盃を持つ手が動く。
「じゃが…未熟!」
童が撃つより早く椿鬼は盃を投げ飛ばす。
直後に響いた発砲音と放たれる弾丸は盃の端に当たり軌道が逸れてしまった。
「こいつ!」
続けて2発目を撃とうと指に力を込める。
しかし一瞬で間合いへ詰めた椿鬼の掌が無防備な童の首を見逃さなかった。
「未熟と言った筈じゃ!」
鬼の腕一本で童の足が宙に浮く。
呼吸を断たれ童は手の拳銃を落とす。
「クソ…が…!」
ただ睨みつける事しか出来ない童に椿鬼は微笑む。
「良い顔じゃ…それだけの憎しみを見せれるなら足掻いてみせろ」
童の意識が途切れる前に椿鬼は手を放す。
力なく倒れるそれに背を向け椿鬼は歪な空間へ歩み始める。
「げほ……ま…て…お前の名前は…」
「椿鬼…御主は?」
「っ…ウェンフー…いつかお前を超えてやる…」
振り絞った声でウェンフーは名を告げる。
「その時が楽しみじゃな」
そして椿鬼は空間の中へ消えていった。
「トウリョウサマ!」
残されたウェンフーの元に配下の鎌鼬3匹が駆け寄る。
ウェンフーは拳銃を取り歯軋りをした。
「お前ら…あの中へ飛び込め」
「へ?」
「早くしろ!奴らを追え!」
怒号に脅かされ鎌鼬は空間の中へ入る。
それを最後に空間は元に戻り静寂が訪れた。
「いつか……」
ウェンフーの瞳は確かに野心で燃えていた……。




