雪の調べ (3)
「んぅ……ぁ」
よだれを垂らしつい寝てしまった娘伯。
見上げるとユキメは母のような笑みで彼女を見つめている。
「あらおはよう娘伯ちゃん…よく眠れたかしら?」
外は昼か夜かも分からないが吹雪は収まっているようだ。
「行かなきゃ…」
ユキメに構わず娘伯は起き上がり防寒着を用意する。
「どこへ行くつもりかしら?」
「雪見草…見つけないと伯父に怒られる」
此処へ来た目的を明かしユキメは初めて"それらしい顔"に変わる。
「雪見草ねぇ…知ってるわよ?」
「ほんと?どこにあるの?」
当然食いついた娘伯にユキメは言葉を続ける。
「この屋敷の中…よ」
娘伯の瞳が光る。
「…ちょうだい」
そのまま子供のように強請ってくる。
「私だってタダであげるわけにはいかないのよねぇ」
意地悪く微笑みながらユキメは条件を出す。
「そうね…私に勝ったらあげてもいいわよ
もし負けたら娘伯ちゃんの霊力を貰おうかしら?」
妖怪にとって攻撃としての霊力は天敵だが、
食料としてのそれはこの上ない絶品。
霊力を目当てに殺さず延々と人を生かす妖怪も居ると聞く。
「"妖滅巫女"になるならそれくらいの覚悟はあるでしょう?」
娘伯の表情が凛と変わりユキメと距離を置いてから小刀を取る。
ユキメは自分を殺しに掛かる人間に初めて高揚感を覚える。
「自己紹介がまだだったわね…私はユキメ…見ての通りの雪女よ」
挑発し余裕の表情のユキメに娘伯は大きな一歩を踏み出す。
それは童の一歩とは思えぬ速さ、
一瞬でユキメとの距離を詰めてしまった。
「たぁ!」
横一閃から霊刀が疾る。
奇怪な技にユキメは後方へ避けてみせた。
「びっくりした…やっぱり娘伯ちゃん人間じゃないわね?」
「……私は人間」
初めてそんな事を言われたが娘伯は表情一つ変えず睨みつけたままだ。
「面白いわ!今度はこっちの番よ!」
ユキメが袖を翻すと人を貫ける氷柱を空中に作り上げる。
氷柱は数を増し娘伯めがけ襲いかかる。
「そんなの…」
最初の一つを斬り払い俊足で避けていく。
「あらま…じゃあこれはどうかしら」
再び距離を詰めてくる娘伯に今度は地面から氷柱が現れる。
立ちふさがるそれに娘伯は迷わず小刀の一振りで斬り落とす。
しかし先程まであったユキメの姿が無い。
「こっちよ」
横へ振り返ると目の前で掌から氷を形成するユキメ。
思わず下がってしまった娘伯の背を氷の壁が阻んだ。
「遅いわ」
ユキメの手から氷のつぶてが放たれる。
咄嗟に防いだ左腕は勢いに押され氷の壁に凍結されてしまった。
「これで詰みよ」
動きを封じられた娘伯に追い打ちを掛け四肢を磔にされる。
幾らもがいても娘伯の細い手足ではまるで意味が無い。
「ま…まだ…!」
「諦めないつもり?残念だけど娘伯ちゃんの負けよ」
身動きできない娘伯にユキメがゆっくりと迫る。
「もう少し歯ごたえあると思ってたんだけど…」
娘伯の顎をくぃと引き笑みを浮かべるユキメ。
「それじゃ…いただきます」
唇を重ね霊力を得る。
娘伯から漏れた甘い声と涎は口先で凍えてしまう。
「美味しい…人の霊力を吸ったのは初めてだけどまさに甘美ね」
数秒ほどで接吻から解放された娘伯にはそれが何時間もの出来事に思えた。




