迫りくる絶望 (3)
「言わなくていい…その前に私が貴方を滅する!」
果敢に間合いを詰め霊刀を振り下ろす娘伯。
「無駄だ」
ツクヨミの憑依で強化された霊刀を指二本で受け止めてしまう。
ウェンフーは左手に力を蓄え空へ放つ。
「さぁ…避けられるかな」
都会を覆う暗雲から数多の雷が煌く。
韋駄天を用いる娘伯なら避ける事は出来る。
大きな一歩で落雷を回避しつつ隙を伺う。
「お前には当てられないだろうな…だが…」
掌を娘伯ではなく元斎へ向けたウェンフー。
「…伯父!」
『待て娘伯!』
娘伯は憑依を解き咄嗟に庇ったのだ。
直後眩い雷が娘伯へ放たれる。
「娘伯!」
身を裂く痛みが娘伯を襲う。
予想通りの立ち回りを見せた娘伯にウェンフーはほくそ笑む。
「老いぼれ一人の為に命を投げ出すか…見上げた矜恃だ」
一度膝をつくも娘伯はなんとか立ち上がる。
『駄目だ娘伯!此処は退こう!』
「まだやれる…」
「無理をするな!この場より命を優先すべきだ!」
元斎の言葉も譲らず娘伯は小刀を抜く。
「此処は私の家…八尾狐には…渡さない」
「一つ訂正してやろう…俺はもう八尾狐じゃない!」
娘伯を挟むように操られた雷撃が迫る。
ツクヨミの結界でそれを辛うじて防ぐ。
『長くは保たない…やれ!』
娘伯が勝負を仕掛ける。
小刀に霊力を込め強化された霊刀をウェンフーへ振り下ろす。
しかし、
「お前の負けだ白巫女」
ウェンフーの掌に展開された障壁に敵わない。
雷は軌道を変え娘伯の背から襲いかかる。
「娘伯!」
巫女の悲鳴が境内に木霊する。
雷術で宙に浮かせると一度目は拝殿の柱へ叩きつけ、
二度目で境内の地へ引きずり落とす。
「あぐ……ぁ…」
追い詰められ娘伯は瀕死の重傷を負ってしまう。
「あぁ…娘伯や…どうして…」
「伯父……ごめんなさ…」
意識を落とす娘伯。
鳴り止まぬ雷の下でウェンフーは視線を拝殿へ向ける。
隙と捉えて元斎が娘伯を抱えて社務所へ逃げた。
興味が薄れたのかウェンフーはそれを気にも留めない。
「そこで見ていろ…この地の終わりを…」
境内の紋様は激しく光り揺れだす。
悪神の復活は目前に迫っていた。
都会の各地では天変地異が起き始めている。
これを止める事は誰にも出来ないのだろうか。
「待ちな」
鳥居の方から声がした。
ウェンフーが振り返るともう一人の八尾の妖狐が立っている。
「私の力の反応があるから来てみれば…何やらかす気だい」
「元九尾…見て分かるだろう?」
クリュウは鉄扇を片手にウェンフーを睨みつける。
これから起こる事はクリュウにとっても因縁の再来なのだ。
「そいつを世に放つ訳には行かないんだよ…ついでに私の力も返してもらう!」
「今更妖狐一匹が止められるものか…!」
炎と雷がぶつかり合う。
その始終を見届ける者は居なかった……。
「すまない娘伯…」
傷だらけになった娘伯を布団へ寝かせ社務所に結界を張る。
例え気休めでも元斎が出来る事はそれだけだ。
「……」
眠る娘伯を見て元斎はふと昔を思い出す。
ギンと初めて会った時もこうして布団を与えていた。
一度きり何か呟いた彼女は昼まで眠り続け、
その様は死んでるようにも見えてしまっていた。
「あの子は…手間の掛かる子だった…」
子育てした事の無い元斎にとって突如やってきた女性との日々はまさに嵐だ。
それでも次第に心が解けて気を許すようになると、
誰よりも好いた存在になっていった。
「どうしてギンは…姿を消してしまったんだ…」
段々と娘伯にギンの面影が浮かび元斎は疑問を持ち始めている。
ギンは何処から来たのか。
「娘伯…まさかお前さんまで消える訳ではないよな」
眠ったままの娘伯。
元斎はそっと問いかける。
その答えを出す者は誰も居なかった……。




