【37】迫りくる絶望
「これで今日10匹目!」
クロが行方を眩まして三日、
都会はかつてない事態に見舞われていた。
「数が多すぎる…どうして!」
昼間から至る所で妖怪共が湧いて出ている。
この状況を娘伯と未だ霊力が全快してない青井と風花でなんとか対処していた。
三方に分かれて遊撃し都会の被害を抑え始めた所で一行は清天神社へ帰還する。
「よくぞ戻ってきた」
社務所では元斎がお茶と茶菓子を用意して健闘を労ってくれる。
「今までで一番ハードかもぉ…」
「弱音を吐かないの風花」
「この状況は原因が何か解る?」
娘伯は早速意見を促す。
「妖怪が言ってました…『目当てはお前たちじゃない』って」
「どちらかと言うと皆逃げ腰だったよね」
青井と風花が気がかりな事を明かす。
今までにない行動で実に不可解だ。
「確かに…人を襲っている様子も無かった」
イチゴオレを飲み干し青井は推測を立ててみる。
「例えば何かから逃げて都会から脱出しようとしてるとか」
「それならば昼間の目立つ時間より夜の方が人目を避けて行動できるだろう」
元斎の指摘に推測はあっさり崩れる。
「ぁ……」「どうしたの?」
「小豆がちゃぶ台の下に…」
風花が場の空気を読まない失態を犯す。
「後で踏んだら畳が汚れるよ」
「だよね…探さなきゃ…ん!」
風花は続けて閃く。
「妖怪は何かを探している!」
「人目を気にせず昼間の内に多数で探す…あり得るかも」
では妖怪が探しているのは何か、
元斎は一つ呟く。
「……クロか」
一同の表情が強張る。
「娘伯は解決したと言ったが…まだクロは生きているのだな?」
「滅する事は出来なかった…今も何処かを彷徨ってる筈」
「ならば…彼女を探すべきだ」
黒刃を保護出来たならば妖怪達の騒動も治まるはず、
しかし娘伯は元斎の意見に待ったを掛ける。
「クロを保護したら今度は此処が狙われる」
「彼女を見捨てろと言うのか」
「今は都会を守る事が先決!」
「ふ…二人とも落ち着いて…」
風花が止めようと試みるも口喧嘩は加速する。
「彼女は…妖怪より危険だ…だからこそ導いてやらねば」
「伯父は私情で動いてる!私達は妖滅巫女…一人を助ける為には動けない」
「勝一のように取り返しのつかない事になっても良いのか!」
「やめて下さい元斎さん娘伯さん!」
視線を遮って青井と風花が止めに掛かる。
「今は言い争いしてる場合じゃないですよ!」
「っ…私は妖怪を滅する…行こう青井風花」
怒りは治らぬままに娘伯が社務所から出て行く。
深いため息を吐いて元斎は気を落ち着かせようとする。
「娘伯を頼む」
ただそれだけ青井と風花に伝えると頭を下げてしまう元斎。
「これが終わったらゆっくり話してみて下さい」
「家庭事情にとやかく言える立場では無いし…」
一礼して二人は娘伯を追う。
境内が静かになったのを見計らい元斎は拳を畳に叩きつける。
「なんて無力だ…」
ちゃぶ台の湯呑みがわずかに揺れた……。
『全くあんなに言わなくてもいいだろう』
妖怪を探し回る娘伯はツクヨミの愚痴に晒される。
親代わりの元斎にあれほどムキになったのは幼少以来だろうかと思いにふける。
「…うるさい」
人並みの速さで都会を駆ける娘伯は息が切れかけていた。
『反抗期にしたって遅すぎる』
「…うるさい」
先程より強く言う娘伯。
同時に裏路地で妖怪を見つけた。
3体1組で辺りを探っている様子だ。
『ご老体には優しくしないと』
「うるさい!」
思わず飛び出た怒号で妖怪も隠れた娘伯に気付いてしまった。
「ツクヨミのせい…!」
『ごめんごめん…代わりに僕が奴らを懲らしめてあげるから』
そう言うとツクヨミは娘伯の身体を借り瞳を蒼く輝かせる。
妖怪の正体なぞ気にかける事も無い。
「まずいぞ逃げろ!」
踵を返し来た道を戻ろうと走り出す妖怪。
『そんな脚で僕に逃げられるとでも!』
掌から霊刀を発現し駆け抜けるツクヨミ。
追い越す直前に振るった一閃は瞬く間に妖怪達の首を跳ね飛ばした。
『これで気は済んだ?』
「全然…」
身体の感覚が戻っても娘伯は不機嫌なままだ。
「次を探そう」
『八つ当たりに?』
「違う!」
踏み足強く娘伯は別の妖怪を探し始める。
結局夜が老けるまでに都会に蔓延る妖怪は30体も超える数を討伐した……。




