【33】古き者の決着
『古くから保存されている貴重な史料をお見せ頂いております』
テレビに映る女子アナウンサーはある博物館をリポートしている。
『此処には妖怪が実在する確かな証拠が展示されているのですが…』
展示フロアを進むと女子アナはわざとらしくある物を発見する。
『ありました!こちらは酒呑童子のツノと言われている展示物です!』
それを見ている鬼の少女は手に持つ一升瓶を落としてしまった。
「うそじゃ…そんなのありえん…」
街中にサンプルとして置かれたテレビを偶然鑑賞していた椿鬼は思わず声を漏らす。
酒の臭いに通行人が悪態を放つがそんな事もお構いなしだ。
「あのかたち……たしかに…しゅてんの…」
掠れそうな言葉は都会の雑踏に掻き消される。
それほど椿鬼にとって隠しきれない衝撃だった……。
清天神社の昼下がり、娘伯は珍しく蔵に篭っていた。
雑に置かれた巻物や冊子を読み漁っているが目当ての資料は見つからない。
『姐さん…一旦休みませんかい?』
蔵の主人とも言えるチョウは一心不乱な娘伯を止めようと試みる。
そんな事を既に2時間言われても娘伯は諦める事が出来なかった。
「なんで…どうして見つからないの」
『一体全体何を探してるんすかい?』
チョウが訊ねると娘伯は返答に迷う。
「この神社に隠されている物…八尾狐が欲している物…それが分からない!」
既に読了して書物の山を八つ当たりとばかりに叩く娘伯。
激昂に似た娘伯の一面に昔馴染みのチョウも戸惑ってしまう。
『元斎さんなら何か知ってるんでは?』
「伯父は…此処の事は何にも話さない…多分知らないから」
妖怪退治を請け負ってきた元斎が清天神社の事情など知る由も無いのだろう。
『はぁ…難儀なもんすねぇ…他に神社に詳しい人物は居ないんすかい?』
残るは清天神社に祭られているツクヨミ。
「そうだ…ツクヨミ!ツクヨミなら何か…」
『駄目だよ娘伯…僕が教えたらそれは解になってしまう』
深い意味を含んだ言葉に娘伯は何も言えなくなる。
答え探しはツクヨミの一言で終わりを迎えた。
『ね…姐さん…』
「ごめんねチョウ…邪魔して…」
自らは妖怪と相手するしか能が無いのだと自虐に走る。
仕方なく蔵の戸を閉め娘伯は社務所へ戻ろうとした。
慌ただしく境内へやってきたそれに気付くのが一歩遅れてしまう。
「娘伯よ!」
「ゔ…な…なに…?」
頭突きするように抱きついた椿鬼に娘伯は痛みを堪えて返事する。
「死んだと思っていた者が生きていたと分かった時…御主はどうした?」
「えっと…凄く戸惑った」
八尾狐や元斎から告げられた真実に娘伯は言う通りの感情を抱いた。
そして次に湧いたのは会いたいと言う願望だ。
「そうか…儂は今戸惑っておるんじゃな…」
普段より元気の無い椿鬼に娘伯もまた困惑している。
「とりあえず…離してくれる…凄く痛い」
「はっ!すまぬな…儂少しばかしおかしいかもしれん」
慌てて空元気で振る舞う椿鬼。
「昔話なら聞いてあげる」
「そう…か…ならばチョウも連れてこようかの」
場所を移し娘伯はチョウを抱え社務所へ赴く。
かつてない神妙な面持ちの椿鬼。
「儂が彼奴と出会ったのは此処とは遥か離れた山奥…」
椿鬼は千年以上前の出来事を昨日のように話し始めた。
"鬼"として生まれた彼女はまだ若く人里を襲っては明日の糧を手に入れてきた。
その噂を聴いてかある鬼が椿鬼の元へやってきたのだ。
『オレが勝ったらお前を妃にしてやる』
開幕一番に言われた言葉を椿鬼は今だに覚えている。
「結局儂は力負けて酒呑の屋敷へ嫁入りする事になったのじゃ」
しかし嫁入りとは名ばかりに酒呑童子は椿鬼を仲間として扱った。
「都へ物盗りするよう大胆さはあっても結局同じ布団で寝る事は叶わんかったよ」
お互い男女としての接し方が分からなかった。
力をつけるほどに酒呑童子は唯一の相棒として椿鬼を側へ置くようになった。
「しかし…人の怒りに触れ過ぎた儂らはとうとう罰が下ってしまった」
その様子が絵巻に記されていたのを見た時は鼻で笑ったらしい。
「都からの討伐隊にはな…クリュウも紛れておったんじゃよ」
「クリュウが…何で?」
「ふむ…飯の礼とかで渋々協力したとか…彼奴らしいじゃろ?」
そしてクリュウは事の顛末を見届けた。
「儂ら仲間を逃した後に酒呑はただ一人で討伐隊と相手した…そして人に討たれた」
クリュウが最後に見たのは誰かの名を呟き屋敷の火に包まれる酒呑童子の姿。
「儂はその時…外で燃え盛る屋敷を見る事しか出来なんだ」




