巡る戦い (5)
「ただいま…伯父」
夜の社務所に娘伯が入る。
クロを背負った勝一が重い表情で続く。
出迎えたのはちゃぶ台を囲む元斎と妖滅連合の遣いだ。
『お早い帰還ですね』
「クロは……」
「すいません元斎さん…」
個室へ運んだクロの顔は穏やかな寝顔のようだ。
元斎は過去のギンと重ねて見てるのだろう、
髪を撫でてため息を残し個室の襖を閉める。
「娘伯さん!結界貼り終わりました!」
風花と青井が一仕事終えて社務所へ戻ってくる。
マト達の侵入を防ぐ為に結界の御札を貼った。
「ありがとう…二人はもう帰った方がいい」
「その…大丈夫なんですかクロさんは?」
「もしもの時は私が居る」
娘伯が居るなら大丈夫だろうと風花と青井は装備を解く。
「分かりました!それではまた明日!」
「ん…気をつけてね」
『お疲れ様でした』
社務所から見送ってから娘伯と遣いは頭を下げる男二人を見つめる。
「過ぎた事はどうしようもない」
「解ってるけど…俺はクロを守る事が出来なかった!」
残されたのは悲壮と後悔。
この数日で最も親しくしていただけに勝一の悔やみは計り知れない。
「八尾狐の手がかりを失くしたのはこっちにとって痛手…でも向こうも戦力を減らした」
『そうですね…ですが骸であっても妖滅連合の利益になりますよ?』
「妖怪の力が欲しいの?」
『あれは…恐らくそれ以上の力を秘めています…解析の意義は大きいでしょう』
妖滅巫女と遣いの会話が淡々と響く。
「そんな事を気にしてるのか…娘伯達にとっては死んだ後の厄介事が大事か!?」
「やめろ勝一!」
肩を掴まれ娘伯の目の前に迫る勝一。
「っ…ごめん…なさい」
目を逸らし娘伯は静かに謝る。
その顔が一瞬クロと重なり勝一は慌てて手を放す。
「これから…どうするべきか…」
元斎は元気の無い声で訊ねる。
生き絶えたクロを放っておく事は難しいだろう。
『骸は妖滅連合で管理致します…あらゆる検査を…む?』
「個室から?」
"クロしか"居ないはずの個室で物音がした。
幽霊でも現れたかのような現象に注視する。
そして襖が開きその姿に一同は驚愕した。
「……クロ」
小さく呟いたのは勝一の声。
確かに二本足でクロはそこに立っているのだ。
「うそ…あの時は確かに息していなかった」
思わぬ事態に娘伯も困惑するばかり。
息絶えた筈の人間が生き返るなどありえない事だ。
「クロは…しなない」
本人がそう言うならば確かな事。
「そうか!良かった…クロ!」
これをよく思わないのは妖滅連合の遣いだ。
『困りましたね…骸であれば手続きは簡単なのですが…』
「クロは生きてるんだ…勝手に死体扱いするな」
「どっちにしてもクロの身体は調べるべき」
またも口喧嘩が始まりかけるが当のクロは気にせず元斎へ近づいた。
青ざめた表情は彼女の姿を恐れているのだろう。
僅かに退いた元斎の手をクロは逃さない。
「あなたは…クロをどうしたいの…おじ」
言葉を切るように娘伯が立ち塞がる。
「どいて…」
「クロは妖滅連合に連れていく…それでいいでしょ伯父?」
「しかしだな…」
結論が出ない一行を見かねて遣いは提案を与える。
『では…事が決まるまで此処に置いておくのはどうでしょうか?』
勝一の頼みが無ければ通っていた策だ。
危険な存在である以上、一般人の元で居座らせるのは無謀と言う他無い。
「俺はクロと一緒に…」
明らかに動揺した勝一の瞳へ娘伯は小刀の柄を向ける。
「なら勝一はクロを守れるの?」
「ぇ……」
思わず勝一は声を漏らした。
「勝一には妖怪からクロを守れる力を持ってるの?」
クロが襲われた時、勝一は命を救われただけだった。
娘伯達が戦ってる間も見守る事しか出来なかった。
自分にはクロを守れない、
その現実を勝一は誰よりも理解している。
「しょう…いち…」
背でクロが呟く。
彼に頼ってくれと言われたいのかもしれない。
「ごめん…クロ……」
誰にも視線を向ける事なく勝一は社務所を出てしまった。
『ふむ…今回は清天神社で保護をする方向でよろしいでしょうか?』
暗い雰囲気に変わらぬ口調で遣いは確認する。
「そう…だな…ならば個室で寝泊まりさせよう」
「いい?クロ」
娘伯と元斎に促されクロは重く頷いた。
長かった一日が終わりを告げる。
その夜のクロは勝一を案じてか一睡もしなかった……。




