新たなる力 (5)
「……もう一度言ってみろ」
都会の路地裏でウェンフーは跪く少年にため息を落とす。
「も…もうしわけありません…八尾狐様…」
彼の横では惚けて理解していない狼男が突っ立っている。
「お前もだロナン!頭を下げる!」
「キャウ!」
尻尾を引かれてロナンはよく分からず頭を地へつけた。
「マト…頭を上げろ」
ウェンフーの静かだが圧の掛かった一声でマトと呼ばれた少年は恐る恐る頭を上げる。
「お前達は俺が作った傑作だ…だからこの程度の失敗は気にしない」
マトのあごを指でなぞりウェンフーは咎めの無い言葉を放つ。
「経験の浅いお前達が子供のような失敗をしても仕方のない事だ」
マトは知っている。
八尾狐が失敗を重ねた妖怪をどう処刑するのか。
故に優しい慰めを受けても頬を伝う汗は止まらない。
「必ず…黒巫女は見つけます…八尾狐様!」
マトの決意に合わせてかロナンも一つ吠えて忠誠を誓う。
「そうだな…お前達が二度と失敗しないようにこれをくれてやろう」
ウェンフーはマトの手にモニターの付いた小さい端末を渡す。
「こ…これは?」
「黒巫女の身体に埋め込んだ発信機を受け取る物だ…これで居場所は分かるだろう?」
始めから用意してほしかったのは本音だがマトは何度も頭を下げて感謝を伝える。
「ありがとうございます!八尾狐様!」
「例には及ばない…それと俺の事はウェンフーと呼べ…本当の名前だ」
ウェンフーがその名を許しているのは道我と新たにマト達だけだ。
それ程にウェンフーはマトとロナン、そして黒巫女を信頼しているのだろう。
「ウェンフー…様…必ずや黒巫女を連れ戻してきます!行くぞロナン!」
子供のような笑顔を取り戻しマトとロナンは端末を頼りに路地裏を後にする。
ウェンフーの瞳は自らの子をあやすような穏やかな物だった……。
勝一とクロが着いた場所は少し古臭い二階建てアパートだ。
「此処が俺の家だ」
2階へ上がり鍵を開けると質素な畳が敷かれた部屋が姿を見せる。
「ちょっと荷物整理するから適当な所で寛いでて」
言うほどに部屋は小綺麗で流し台やお手洗いも清掃が行き届いている。
一つだけの座布団にクロはちょこんと座り片付けをしている勝一を見つめる。
「普段家に人を呼ばないから…散らかってるよね?」
異性を家に上がらせる事は勝一にとっても初めての事だ。
故に何か不始末は無いか焦っている様子。
「きれい…」
「おぉそうか…ありがとう」
勝一が笑ったのでクロもつられて笑みを浮かべる。
「えぇと…腹減ったよな…待ってろ今作るから」
冷蔵庫から余りの食材を出して台所へ行く。
クロは暇を持て余し窓からの景色を眺めているだけだ。
慣れた手つきで勝一は調理を済ませて予め用意していた白飯と味噌汁も出来上がる。
「年頃の女の食欲って分からないな…」
大きい茶わんに不釣り合いな小盛りのご飯。
平皿には得意の魚の唐揚げをクロへ差し出す。
クロは箸が置いてあるにも関わらず魚の唐揚げを手で掴み口へ運んだ。
「ぁ…まだ熱いぞ…?」
「……美味しい」
クロには味覚が無い。
それでも美味しいと感想を述べたのはクロが味を知っていたからだ。
「そっか…足りなかったら俺の分も食べていいからな」
「…ありがと」
子供のように食べる様に勝一は安心する。
「良かった…車に轢かれた時はどうなるかと思ったけど…何とも無いのか?」
「何も…感じない…だから…痛く…ない」
ご飯粒を頬に付けてクロは話す。
初めは娘伯だと勘違いしていたが、
クロはクロだと勝一は確信する。
「あれだけ血を出して…痛くなかったのか?」
「分からない」
結局クロはご飯も味噌汁も完食し勝一の夕飯はカップ麺となった。
勝一は明日の準備もしながらクロの様子を眺める。
建物に遮られながらも夜空はクロを照らしている。
応えるようにクロも空を見上げるが無表情だ。
「そろそろ寝よう…布団は…一つだけだからクロが入ってくれ」
勝一が用意した布団に潜り込むがクロは手招き一緒に入るよう促す。
「いっしょ…」
決して邪な誘いでない事は瞳が物語っている。
「仕方ないな…今回だけ」
無下に扱う事は出来ず勝一は渋々布団へ入る。
「あたたかい」
抱きつかれて驚いた。
彼女の肌は氷のようにとても冷たいのだ。
「そんな事言われたの初めてだ…おやすみクロ」
「…おやすみ」
次第にその肌が心地よく感じ勝一は眠りに落ちた……。




