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巫女乃禄  作者: 若猫老狐
妖滅巫女、娘伯の日常
1/182

【1】妖滅巫女

時折、彼女は夢を見る。


生まれて間もなく両親が死ぬ夢を。


恐怖を隠せない顔に迫る悪しき影。


自らが泣き喚くと光が包み、

そこでいつも目が醒める。


物思いに耽る暇も無く都会の夜風は冷たくも温かく彼女の杞憂を吹き飛ばした。


巫女は駆ける。


屋上から屋上へ恐れも迷いも無く。


狙うは平和を脅かす悪しき妖怪。



現代の人々は新たな光を手に入れ夜を克服した。

草木も眠る丑三つ時も人の前では時を表す例えにしか過ぎない。

しかし都会には…いやこの世界にはまだ闇が潜んでいた。

普通なら立ち入らない都会の入り組んだ脇道。

電灯も無くせいぜい建物から溢れる明かりだけが道を照らす場所。

そこで男は……男だった物は人間らしき三人によって”潰された"。


「これで3人目だ」「人間をいたぶるのは楽しいなぁ」「血…美味い」

赤い肌をしたそれの剛腕はより紅く血に染まっている。

地べたの肉塊を見て恐怖するでもなく笑っていた。

人間を殴り”潰す”事など常人ならば不可能である。

しかし3人が妖怪であるなら、

人では成せない事も容易いのだ。


月明かりがビルの隙間に入り3人は見上げた。

額には牙のように尖ったツノ、

半裸のような格好で肌は紅、

人間離れした剛腕を持つその妖怪は悪鬼。


そんな彼らをビルの屋上から見下ろす者。

「なんだありゃ?」「人間かぁ?」「…見てたのか?」

見上げるままの悪鬼は人間の行動に驚いた。

10階以上はあるビルの屋上からそれは落ちてきた。

「馬鹿かあいつ!」「気でも狂ってるのか!」

徐々に上がる落下速度。

悪鬼は眼を凝らし人間が紅白の衣装に身を包んでいる事に気付く。

手に光る何かを持っている。

そして巫女は着地と同時にそれを振り抜く。

怪我ひとつなく舞い降り小刀は空を切る。

しかし小刀から発する青白い閃光は悪鬼の首を一つ斬り飛ばした。


「な…」

呆気に取られて鬼は何が起きたか理解できない。

仲間の首がぐしゃりと地に落ちて身の危険を察する。

ゆっくり起き上がる巫女に悪鬼は初めて恐怖を覚えたのだ。

「ニゲロ!!」

睨みつけられるより早く悪鬼は脇道を走り抜ける。

何度も角を曲がり1匹は人通りへ出てしまった。


「しまった!」

勢い余って車道にまで飛び出し悪鬼や通行人は驚愕する。

トラックと衝突した悪鬼。

潰れたのはトラックの方だ。

運転席までめり込んだ悪鬼はゆっくりとその場を離れようとする。

いつの間にか真後ろまで迫っていた巫女に振り返る余地もなく、

2匹目の悪鬼もまた霊力の刃の餌食となった。


最後の1匹は屋上へ逃げ息を切らしている。

今まで殺めたそれと同じ者に追い詰められ焦っていた。

「なんだありゃ…化け物か…?」

『心外…妖怪に化け物なんて言われたくない』

鈴のような声が悪鬼の心臓を跳ね上げる。

慌てて立ち上がるとビルの端にやはり巫女が立っていた。

月明かりに照らされその髪は白くも銀に輝いているようだ。

「なんで此処が…」

答えるより早く巫女は一枚の紙を取り出す。

複雑な模様が書かれたそれは対象に反応する御札だ。

対象とは悪鬼の背に貼られたもう一枚の御札である。


「なんだよ人間ちょっと壊したくらいでこんなのってありかよ…」

「違う…貴方達は罪を犯しすぎた…この”依頼”を覆す事は出来ない」

ゆっくり迫る巫女の手は強まっている。

身勝手な妖怪でも社会に潜むには人間のルールに従わなければならない。

出来る事なら過ちを犯す前に彼らを説きたかった。

「…この…ヤロウ!!」

自棄になって悪鬼が間合いを詰める。

しかし振るった剛腕は巫女の一刀によりあっさり斬り落とされてしまった。

続いて繰り出した飛び蹴りで悪鬼は地に伏せる。


「お前…何者だ…」

抗いも無駄と悟ったのか悪鬼は最後に巫女へ訊ねる。

「私は娘伯(こはく)……妖滅(ようめつ)巫女(みこ)

無表情のまま娘伯と名乗る巫女は小刀を振り下ろす。

発せられる”霊刀”が悪鬼を真っ二つにし絶命させた。

「祓い給い清め給え…」

娘伯の祝詞に特別な力は無い。

骸となった妖怪はやがて砂となり都会の風に消えていった……。


挿絵(By みてみん)


日本に潜み暗躍する人ならぬ者、妖怪。

密かに支配を企む妖怪にやはり人知れず暗躍する者が居る。

妖滅連合(ようめつれんごう)

そしてそれに仕える妖怪退治を専門とする者、妖滅巫女。

妖滅巫女の拠点は普通と変わらぬ神社である。

そして清天(せいてん)神社は関東都会で唯一の妖滅巫女、娘伯が住む場所。

昼食が終わり神社に響いたのはヒステリックな彼女の怒号だった。


「絶対無理!」

社務所で食後の茶をすする和装の男に娘伯は叫ぶ。

「無理じゃないってば」

呑気な返答をした男は清天神社の禰宜を務める勝一(しょういち)、今年で三十路だ。

「伯父からも反対して!」

「そうは言われても”アルバイト”の件は勝一に任せてるからなぁ」

娘伯の隣のご老人は元斎(げんさい)、清天神社の宮司である。

どうやら清天神社に新しく人を雇うらしい。


「素人に妖怪退治をさせるの?」

「そんな危ない真似させる訳ないだろ

バイトには此処の雑用とか清掃とか娘伯が普段からやらない仕事をやってもらうだけだ」

「伯父……”ばいと”って何?」

娘伯は生まれてこのかた学校に通った事が無い。

故に妖怪退治以外の一般知識は皆無なのだ。

「仮の形で仕事に就いてもらう事…かな」

あやふやな知識を茶ですすり誤魔化す元斎。

普通ではありえない問答に勝一は呆れため息をはく。


「とにかく今日は面接だからお前は首突っ込むなよ」

勝一に気圧され娘伯は唸る。

そして困り果てた娘伯が取る行動はいつも単調だ。

「……蔵にいる」

引きこもりのように社務所を後にする娘伯。

「大丈夫か?娘伯は誤解したままだぞ」

「そもそも元斎さんが正しい巫女の仕事を教えてあげればバイトを雇う必要は無いんですよ」

妖怪退治以外に白髪の巫女は何をしてるのか、

ご飯を食べるか寝るかちょっと運動するか唯一の友の所で駄弁るだけである。

その友とはいつも蔵に居る。


「チョウ?居る?」

拝殿のすぐ隣に置かれた蔵の中は掃除もせず汚らしい。

清天神社には人が殆ど来ない為、また元斎がそれを気に留めてない為に、

杜に囲まれた此処は更なる静寂を許している。

蔵を開けて娘伯は友の名を呼ぶ。

すると数多の巻物や箱の隅に置かれた提灯がカタカタと震えた。

清天神社の紋様が刻まれているそれが半分に裂け生々しい舌が現れる。

『まーたお喋りに来たんすかい姐さん』

チョウは提灯お化けの付喪神である。

しかしいつから付喪神となったかは元斎も知らない。


チョウは器用に跳ね娘伯の胸元へ飛び込む。

優しく抱きとめると娘伯は荷物の一つへ腰掛け安堵した。

「なんか此処に…”ばいと”が来るみたい」

『へ〜アルバイトっすかいそれはまた大きな変革で』

「…”ばいと”の意味解るの?」

『そりゃ勝一のあんちゃんから聞いた話なんで』

提灯お化けからの無駄な反対意見を欲しかったのだろう、

娘伯はぐっと悔し涙を堪える。

「……私…役立たずなのかな」

自分の無力さに襲われてしまったのか急に弱気になってしまう娘伯。

あまり似合わない表情にチョウはケラケラと笑う。

『姐さん以外に誰が妖怪退治するんすかい?』


これまで培って来た力は1年2年で得たものではない。

娘伯が生まれ元斎に育てられ御年二十一を迎えた今まで鍛えられた。

彼女を超す事は妖怪退治では何人も出来ないだろう。

『そんなしょげた顔しないでくれっす』

「ん…ありがと…」

ぎゅっと抱きしめられチョウはつい照れてしまう。

「娘伯や今は取り込み中か?」

蔵の入り口で元斎が訊ねてきた。

首を横に振ると娘伯はチョウを横へ置く。

「依頼が来たので社務所に来てくれ」

「ん…じゃあねチョウ」

『頑張るっすよ姐さん!』

娘伯と元斎は蔵を後にする。


『今回の依頼です』

社務所を閉め切り娘伯と元斎、そして妖滅連合の遣いだけの談合。

遣いはスーツ姿こそ普通だが狐の御面が異様な雰囲気を放っている。

元斎は依頼の内容が書かれた紙を一読し娘伯へ渡す。

『一つ注意すべきは此処から依頼の場所が離れており、

今から出発しても2時間かかってしまう事でしょうか』

妖怪の正体は解らない故討伐にどれほど時間が必要かも不明。


なるべく夜中に済ませたい娘伯はすぐ準備し出発する事を決めた。

「少々無理が掛かるがしっかり頼むぞ」

早くも支度を始める娘伯は元斎の言葉も軽く受け流す。

「大丈夫…いつもの事だから」

『外で車を待機しておりますので送迎はお任せください』

胡散臭さはある妖滅連合の遣いだが退治以外の補佐は完璧である。

小刀といくつかの御札を懐に仕舞った娘伯は遣いと共に社務所を出る。

「行ってきます」

「うむ」


境内では気まずい顔の勝一がわざわざ立って待っていた。

「どうしたの?依頼の手伝いなら必要ないけど」

「素人には出来ないんだろ解ってるよ!」

つい怒ってしまったがわざとらしく咳払いし改まった顔で口を開く勝一。

「娘伯は自分の仕事をこなしてくれればいいから…神社の仕事は俺とバイトに任せてくれ」

そんな事と言いたげにため息をこぼすと娘伯は鋭く勝一を指差す。

「妖滅巫女の事は絶対教えないで」

それを最後に娘伯は鳥居をくぐり神社に会釈して仕事へ向かった。


「『走行中のトラックに人が衝突!遺体は見つからず』だって風花」

「青井〜歩きながら携帯してるとコケるよ?」

百段はある清天神社の石段を娘伯が降りる途中、学生の女子二人とすれ違う。

二人がバイトの面接に来たとはこの時の娘伯が知る由もなかった……。



妖怪は神出鬼没である。

都会に限らず山中や人の訪れないような洞窟、あらゆる場所に潜んでいる。

妖滅連合はその中で人に危害を加えたか或いは危険度の高い妖怪に絞り討伐依頼を出す。

そして娘伯は今、森林を上から見渡せる丘で静寂を保っていた。

『此処で待機しております』

後ろでは送迎の車と共に妖滅連合の遣いが佇んでいる。

御面に隠された表情は期待か不安かも解らない。


娘伯は袖から10枚を超える御札を取り出し森へ放つ。

風に乗り遥か遠くまで飛んでいくそれは通過した妖怪に反応する地雷の役割を担う。

御札が森の中へ消える前に娘伯は大きな一歩で森へ飛び降りた。

直後投じた御札の1枚が爆発し妖怪の位置を割り出す。

木々へ衝突する前に御札を投げる。

それは空中で静止し人が乗っても落ちない足場に変わった。


さらに妖怪の元へ続くように御札を投げ足場を作っていく。

飛び石のように等間隔で並んだ御札の足場はそれぞれ10mは開いてるだろうか。

娘伯は何のためらいも無く足場を跳び踏んでいく。

彼女の足は韋駄天(いだてん)と元斎がよく例える。

夜の間、娘伯の脚力は並みの人間を超えるのだ。

それは鍛えたからではなく生まれつきの力で今だに謎を解明できていない。


森では次々と爆発が起き妖怪が見事に踏み抜いているのが解る。

娘伯は森が大きく開けた場所へ目指す。

木々が遮るとスピードを活かした戦い方が出来ないからだ。

妖怪が森を抜けるよりも速く跳躍し娘伯は最後の御札を四方へ飛ばす。

地を滑り妖怪の前へ立ち塞がり小刀を構える。

四足歩行の妖怪は慌てて勢いを落とし娘伯と対峙する。

直後四方に放たれた御札が結界を作り開けた場所を完全に封鎖した。


『此処は我の土地だ!()ね!』

虎のようなたくましい脚を大地に打ち付け尻尾の蛇が威嚇する。

人とも見れる猿の顔が不釣り合いな不気味さを放つ。

討伐対象の(ぬえ)である。

御札を食らっているにも関わらず軽傷すら負っていない。

人に宿る力…霊力を喰らう妖怪は同じく強い霊力を行使しなければ滅する事は出来ない。

娘伯は霊力の刃を出さず構えたまま口を開く。

「貴方は人里を襲い人間を喰らい過ぎた…ただ自然の中で生きてれば良かったのに」

『人を喰らうは妖の性…貴様を喰らえば我の腹は満たされよう』

相手が女と知ってか下卑た笑みを浮かべた鵺。


「……貴方の生は此処でお終い」

『戯言を!!』

先に鵺が仕掛ける。

娘伯は構えたまま一歩も動じない。

『グオォ!』

飛びかかり虎の腕を振り下ろす。

際どく後ろへ避ける娘伯へ着地と同時に尻尾の蛇が大口を開けた。

霊刀はまだ出さない。

刀身が蛇を受け止めるも斬るには至らない。


『ふん!』「くっ…!」

鵺の頭突きで小刀を手放し軽く吹っ飛んでしまう娘伯。

蛇は小刀をそこらへ捨てると鵺がそのまま追撃する。

娘伯は空中で体勢を直すと綺麗に着地する。

自らより遥かに巨大な鵺が襲いかかり、

とっさにその足下へ飛び込む。

『小癪な…』

鵺が向き直すより早く娘伯は小刀目掛け走る。

地面に刺さった小刀は月の光で存在を示した。


『これで終いだ!』

執拗に追い詰める鵺。

しかし娘伯は小刀を再び手にすると長い白髪を翻した。

すれ違い際の一閃。

放った霊刀が四肢全てを斬り鵺は虚しく地へ転がる。

『あり得ぬ……人がこんな立ち回りを…』

幾度妖怪にそんな事を言われ幾度のため息を漏らしただろう。

勝負が着いて小刀を納める娘伯に殺意は感じ取れない。

「私は人間…貴方たち妖怪とは違う」

この言葉も幾度吐いただろうか。


『人間を侮っていた…何百と生きてきたがお前のような奇特な者に討たれるなら悔いは無い』

鵺はただ視線をゆっくり近づく娘伯に移す。

『…綺麗だ』

それが月か、或いは照らされる彼女に向けた言葉かは解らない。

「今度は…もっと真っ当な生き方をして」

まぶたへ手のひらを当てると鵺は安らかに眠る。

やがて森へ還るように骸は砂となり消えていく。

「祓い給い清め給え…」

森の中娘伯の言葉が静かに木霊した……。



清天神社に娘伯が帰還したのは結局夜中の零時を回ってしまった。

当然アルバイトの面接は終わり勝一も退勤している。

鳥居の前で会釈を済ませ境内へ入ると待っていたのは元斎だった。


「おかえり」

「ただいま」

変わらぬ言葉に娘伯はやっと安堵する。

「夕餉は必要か?」

「ちょっとだけ」

どちらかと言うと食い気より眠気が勝っているが、

わざわざ待っててくれた元斎の思いを無下にしたくない娘伯。

ご飯と少々のおかずを済ませると早々に寝支度を整える。


「”ばいと”の面接はどうだったの?」

珍しく他人に興味が湧いたのか元斎は戸惑ってしまう。

実は殆ど勝一が話し込んでいたので話題に入る事が出来なかったとは言えない。

「あぁ…とても良い雰囲気だよ」

そっかと娘伯は軽く笑む。

「”ガッコウ”が休みの時はなるべく来てくれるそうだ

とは言っても此処でやる事は境内の掃除くらいだが…」

「うん…早く会えるといいな…おやすみなさい」

「あぁおやすみ」


いつもと変わらない日常。

妖怪退治だけが取り柄の娘伯に少しずつ変化が訪れている。

その夜は忌まわしい夢を見る事は無かった……。

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