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ラインが乗っ取られた・・・

作者: さとさん

夏のホラー企画に出れなかったけど真面目に書いた小説です。

後、お久しぶりな人はお久しぶりです

 それは突然のことだった。前後の脈絡も、会話の流れもない。ただそれでいて日常の延長線上にあると思っていた出来事だった。

「ラインが乗っ取られたのでブロックしてもらえますか?」

 それは同じ部活に所属する可愛いくて少し憎たらしい後輩『亜美』からの電話だった。

 亜美とは同じの部活の関係上、ラインでのやり取りは多く交わしていたものの、電話で連絡が来ることは非常に稀であり、明日学校に行けば会えることから緊急性が高いことだと考え緊張が走った。

 だが蓋を開けてみればラインが乗っ取られたということ、もちろん一大事ではあるものの、拍子抜けをした、という言葉は当事者には失礼なので飲み込むこんだ。

 だからこそ次のような言葉で返したのかもしれない。

「そうなんだ。なら、騙されたフリをして遊んでみようかな」

 軽い気持ちと軽い言葉で言った。実際にやるかどうかは別にして、それほど悪い行為を提案している、という自覚はなかった。

「本当にやめてください。お願いですから、早くブロックしてください。お願いです・・・」

 だからこそ電話越しに聞こえる彼女の懇願と嗚咽を耳にした時、俺は事態が飲み込めないでいた。何か致命的に言葉をいい間違えたとか、別の解釈があったのかとか、ラインを乗っ取られると凄いリスクがあるのか、とか。

 だが正確な理由を考えるよりも、彼女を慰めるほうが重要だと判断したので、出来るり安心させる言葉を告げた。結局後輩が普通に会話を出来るようになったのは、それから十分ほど経った後であり、互いに疲れたので電話を切ることになった。

 時刻はまだ八時だったものの、気苦労からか通話を切った携帯電話を枕元に放り投げると、そのまま落ちるように眠りについた。



 目が覚めたのは、ラインの通知音が鳴り響いたからだった。

 元々時間帯から眠りが浅くなっていたのだろう。いつもは通知音程度では起きる方ではないのだから。または本能的に危険を察知したのだろう。

 寝ぼけ眼でスマートフォンを手に取る。見慣れたアイコンに一言だけメッセージが書かれている。

『助けて』

 朦朧とした意識下であるものの、またいつものか、程度に思考を回した。というのも、以前友達がラインを乗っ取られた際も、一文目は助けてから始まっていたからだ。その時は続けて『お金が無くなった』『コンビニのギフトカードの番号を教えてくれ』と続いていたと思う。

 つい癖で既読してしまったが、同時に後輩に対して罪悪感を感じた。つい先程の一見があったからだ。後輩にバレることはないだろうが、それでもだ。

 いくらか正常に回り始めた頭でどうするべきか考えた。だがもう少し眠りたかったということもあわせ、無視を決め込むことにした。まぁ、相手も反応がなければ諦めてくれるだろう、そう考えた。

 深いあくびをし、再度スマホを枕元に。その瞬間だった――

 スマートフォンから雷が落ちたかのような怒号が鳴り響いたのは。

 何事かと思い俺は飛び上がった。窓を見た。雨は降っていないし、雷も落ちてない。地震も起きてはないだろう。だが以前として耳から聞こえるのは、乱暴にドラムを叩きつけたようなただうるさいだけの音の連鎖。

 耳を塞ぎながらスマートフォンの画面を見た。そして原因を理解した。通知が来ているのだ。後輩のラインを乗っ取った相手から。つまりこの不協和音はただの通知音だ。だが、その数が異常だった。

 まだ音が鳴ってから一分も経っていないにも関わらず、通知は既に300を超え、依然として増え続けている。その通知音が重なり合い、この不協和音を奏でているのだろう。

 犯人のイタズラか、そう思いながらも手にとった。そして絶句した。

『やっと見た』『やっと見てくれる人がいた』『やっとここから出れる』『先輩、助けて』『お願いだから返信をください』『体を乗っ取られました』『あの私は私ではないです』『私はここです』『ここに閉じ込められているんです』『お願いだから助けて』『ここは暗いです、音も無いです、寂しいです』『自分が消えてしまう感覚がします』『お願いだから答えてください』『もしかして先輩も乗っ取られたのですか』『お願いだから返事をください』

 メッセージが滝のように流れていく。だがなんとなく言っていることが目に入り、そして寒気がした。ただのイタズラか。そう思いながらも次の瞬間絶句した。

 それはスタンプなのだろうか。それとも本当の心霊現象なのだろうか。画面に、メッセージとメッセージの間を分けるかのように手が伸びてきた。それはイラストではなく、まるで写真、まるで実物のように見える。それは動画のように動いている。まるで本当に画面の中で生きているように。

 そして次の瞬間――――

 俺は思わず携帯の電源を強制的に落とした。これがイタズラなのか、それとも本当に幽霊が取り付いたのかはわからない。だが何にしてもあのまま動画を見続ける勇気など俺にはなかった。

 携帯を見た。真っ黒な画面。部屋の明かりが反射して俺の顔が見える。その背後には見慣れた自分の部屋だ。だが奥で何かが動いて――

 スマホを置いた。画面が床に接するように。ついでに枕を被せた。そのうえで背後を見る。ただ風に揺れてカーテンが動いただけだ。なんてことはない。

 やめよう。考えるのは。

 寝巻きであるTシャツがべっとり汗を吸い込んでいた。とても気持ち悪い。普段ならばシャワーを浴びなおすところだが、今日はどうにも部屋から出たくない。この部屋にいることも怖いが、明かりのついていない空間を少しでも歩くことに抵抗がある。ましてシャワーを浴びるなんて恐ろしくてできはしない。

 仕方なくTシャツを脱ぎ、乱暴に床に放り投げる。布団に汗が染み込むことは嫌だが、今日ぐらいは許したい。

 その日は電気をつけたまま、決して深い眠りにつくことなく脳を休ませた。外から聞こえる車の音、若者の笑い声、一時の沈黙ののち、鳥のさえずり、自転車のベルの音、子供の挨拶の声が聞こえた。

 やっと朝が来た。眠れていたのかどうかもわからない意識の中、体を起こした。眠っていたはずなのに体がだるく疲れている。

 学校に行かないといけない。そう思いなんとか立ち上がる。

 無数に物が多い被さった中から自分のスマートフォンを見つける。あれは夢か現実か。寝起きで寝ぼけていた俺が現実と妄想を混濁させた結果だろうか。

 だが今はまだ確かめる勇気はなかった。またあの恐ろしい体験をするには、いくらか覚悟が必要だ。

 この日はスマートフォンを家に置いていくことにした。



 学校へと登校したものの、あまり真面目に勉学へと励んではいなかった。元々優秀ではないものの、今日はあまりにも眠く、起きているのですらやっとだった。

 昼休み、いつもの友人達とたわいのない会話を交わす。その中で一つ気がかりなものがあった。

「今日の由紀ちゃん先生、何か雰囲気違ったなー」

「?」

 由紀ちゃん先生とは、うちのクラスで化学の授業を受け持っている20代後半の教師だった。いつもは学生に舐められないように、厳し目な口調でキビキビ授業を進めるも、まだ経験不足なところもあり、なにかと失敗をする。本人としてはとても恥ずかしそうにしているが、学生達はそんな彼女を微笑ましく見守っているわけだ。

 そんな学校のアイドルに変化があったことに気づけなかったことを、正直悔しく思ってしまった。

「それでどんな感じに違ったんだ?」

「いやー」

 友人はなにか煮え切らないというか、濁したようにはぐらかした。本人も何がどう違うとまではわかっていないようだ。

「雰囲気が違うというなら、やっぱり男が出来たとかかな?」

 もうひとりの友人が言う。

「いや、由紀ちゃん先生だぞ」

 その言葉には彼女を侮蔑する意味は含まれていない。真意としては、以前授業の余った時間に由紀ちゃん先生質問コーナーというものが行われたのだが、その際に彼氏についての質問をしたことがあった。で、その回答が『一人前になるまで異性と付き合う気はありません』というもの。彼女の容姿であれば容易に彼氏ぐらい出来るし、多分今までの人生でも告白を何度も受けていただろう。つまり、彼女の覚悟とはそれぐらいあるのだ。

 だから未だ向上心を見せている彼女が、いきなり彼氏を作るというのは正直考えにくかった。

 放課後にでも話しを聞いてみよう、なんて雑談をしながらお昼休憩は終わりのチャムを鳴り響かせた。



 放課後、友人たちは由紀ちゃん先生とデート(補修)をしにいった。俺は割と久しぶりに部活へと顔を出した。

「あっ、先輩が部室に顔を出すなんて珍しいですね」

「たまたまな」

 見慣れた後輩はこちらに視線を向けることなくスマートフォンをいじっている。昨日のことを謝りに来たわけだが、こうなんともなさそうに振る舞われると、逆に謝りづらい。

 どうしていいかもわからず、視線は部室全体へと向けられた。去年までは乱雑に道具や資料が置かれていたがいつの間にかスッキリと整頓されていた。先輩が整頓するとは思えないので、彼女が片付けたのだろう。

「ありがとうな、きれいに使ってくれて」

 素直にお礼を述べると、後輩は呆気に取られたような表情を向けた。

「どうしたんですか、もしかして死ぬんですか。さようなら先輩、遺言ぐらいなら聞きますよ」

「眠くて倒れそうだが死にたくはないな」

 なんて冗談を言い合いながら、いつしか携帯電話の話しになった。

「そうだ、先輩。ラインの友達登録しましょうよ。見せたい動画があるんです」

 そう言ってラインを見せてきた。俺も癖でポケットを漁るものの、携帯電話を家に置いてきたことを思い出した。

「すまない、今日は家に置いているんだ」

「えぇー、忘れたんですか?携帯を不携帯とか、何のための道具なんですか」

 忘れたわけではない、と言おうと思ったもののやめておいた。

 代わりに昨夜の出来事について訪ねようと思った。昨日のことは君のイタズラなのかと。もしくは幽霊にでも喧嘩を売って乗っ取られたのかと。冗談交じりで、雑談の延長で。

 だがその前に後輩は口を開いた。

「先輩、ちゃんと私のライン、ブロックしましたよね?」

「―――」

 一瞬だが素直にブロックせずに正直に伝えようと思った。昨夜のホラーな出来事、ラインの件。思い当たる節があるのか。犯人のイタズラなのか。全て話して、あの出来事を解決したかった。スッキリしたかった。今夜はゆっくり眠れるだろうと、夢を見ていた。

 だが後輩の視線、虚ろな瞳をこちらに向け、俺の返答への真偽を見極めようとする不気味な視線に、俺は言葉を出すことが出来なかった。

「何があったんだ?」そう聞きたかった。「どうしてそんな目をするんだ」疑問だった。

 だがそう聞くことは出来ない。まるで拳銃を突きつけられなが、質問にイエスかノーか尋ねられている気分だ。もしそれ以外を言えば殺され、正直に言っても殺され、嘘を見抜かれても殺される。

 だから出来る限り冷静を装いながらこう言うしかなかった。

「あぁ、もちろんだ」

 冷汗が流れた。だがそれが彼女にバレていないことを切に願う。嘘がバレていないことを、動揺が伝わっていないことを。

 息を呑む。そして―――

「せんぱいはうそをついていますか?」

「―――っ!?」

 足が震える。だがここで折れてはいけない。

「んっ?何がだ?」

 冷静に、冷静に。そう言い聞かせながら、声の振るえを奥歯を噛んで消しながら。

 どうせ今、証明する方法はないんだ。だから大丈夫。そう自分に言い聞かせた。

「んー、嘘くさいですね。家に確認しに行ってもいいですか?」

「・・・・今日この後友達と出かけるんだ。夜でもいいならいいが・・・・」

「わかりました」

 そう言って彼女は身を引いた。

 その後彼女は、まるで先程までのやり取りがなかったかのように、「先輩の家に夜行くなんて、何か如何わしいですね。変なことをしないでくださいよー」なんていう猫を被ったような冗談を言っていた。

 夜に恋人でもない相手の家に、わざわざラインをブロックしているか確認しに行く。異常だ、狂っている。彼女はおかしい。確信した。

 そして同時に思い出す。あのラインの内容。

『あの私は私ではないです』

『体を乗っ取られました』

 あれは事実なのか。本当に体を乗っ取られたというのか。

 後輩の体を観察した。

「ん、先輩。いやらしい目で何見てるんですか?死んでください」

 もし乗っ取られたというのなら、この中身は一体『ナニ』なんだろうか。



 あの後すぐに後輩と別れ自宅へと帰った。

 途中後輩につけられているかと思い、何度も後ろを確認した。だがどうやら尾行はしていないようだ。友人と出かけるということの真偽はどうやらバレていないようだ。

 カバンを置いた後、床に正座した。視線の先には、普段使っている馴染みのスマートフォンが置かれている。だが今はこのスマホがとても禍々しい藁人形のようにすら思えた。

 確かめる必要がある。だがとてつもなく気が重い。それでも後輩が来るまでに確かめなければならないだろう。

 意を決してスマートフォンに電源を入れた。軽い起動音と共に、メーカーのアイコンが表示される。電波を取得しながらアップデート可能なアプリが表示される。そして―――

『どうして返信をくれないんですか?』

 真っ赤な文字で画面いっぱいに表示されたそれに、スマホを落としかけた。

 大丈夫だ、まだ大丈夫。そう言い聞かせながらも、目的のアプリを起動させる。

 後輩だったラインのメッセージ。そこには+999の未読メッセージが表示された。内容は前回見たこととあまり変わらず、また俺が無視したことに対する抗議の文、また謝罪の文が繰り返して書かれている。

 上から下までスクロールするだけで十数分掛かりそうだな、と思った時最新のメッセージが表示された。

『やっと見てくれた』

 笑い声がした。ふふふっ、と嬉しそうで楽しそうな笑い声。こちらをあざ笑い、こちらの反応を楽しんでいる。不気味で歪な女の子の声。

 突如携帯が振動した。画面には彼女のアイコンと黒電話のマークが表示されている。

 見覚えの無いマークだがそれが彼女から電話が掛かってきたのだとわかった。依然として笑い声は鳴り響く。それはどんどん焦りのように聞こえる。早く電話を出ろとそういう風に言っているのではないだろうか。

 電話に出るべきかどうか。いや、この電話に出ても大丈夫なのだろうか。様々な疑問を考えていると突然笑い声が止んだ。それと同時に画面の黒電話のマークも消えた。時間が経ったのだろう。

 これでよかったのだろう。そう思い携帯を置こうとした瞬間。ピロリンっと、軽い着信音と共にメッセージが表示された。


『早く電話に出ろ!!!』


 耳元で怒鳴られているような気がした。次の瞬間、また彼女の笑い声が聞こえる。黒電話も表示された。部屋に響く笑い声。電話の相手が部屋にでもいるのではないだろうか、そう錯覚させられた。

 体中から汗が吹き出している。漏らしていないのは、ついさっきトイレに行ったことが理由だろう。

 どうするか、どうするべきなのか。考える。この電話の相手もヤバイ。だが現実にいる後輩も大分ヤバイ。そしてタイムリミットもある。後輩がこの家に来る前に、このラインの相手が言っていたことの真意を確かめなければならない。でなければ、俺は現実の後輩に殺される可能性がある。

 意を決した。まだ電話ならば直接殺されることはないだろう。だがもし相手が幽霊ならば呪殺されることはあるかもしれないし、それこそ体を乗っ取られる可能性もある。

 だがやるしかない。

 振るえる手で黒電話をタッチした。

「―――――やっと電話に出てくれた・・・・」

「・・・・・」

 その声は紛れもなく後輩のものだった。後輩の泣きはらしたような声。安堵の息が漏れているのが電話越しに聞こえる。

 幽霊では・・・ない?

「お前は誰なんだ?」

 そう聞かざる得なかった。声は後輩だ。ラインのIDも。だが本当に本人なのか。それともなりすましているのか。なりすましているならどうして同じ声を?そもそも全て後輩のイタズラなのか。

 様々な思考が頭をよぎるが、どれも確信には至らない。

「私はあなたの後輩の亜美です」

 そんなことは知っている。そしてその言葉では真偽はわからないことも。

 だがそうとは考えていないのか、彼女は口々に様々な言葉を伝えてくる。『よかった』とか『先輩なら信じてくれると』とか。

 警戒しなくてはならなかった。それが彼女の時間稼ぎであることも。

「俺の質問に正確に答えてくれ。はぐらかしたり、質問以外のことをしゃべるなら、ラインをブロックする」

 横暴な言い方かも知れないが、なんとしても速やかに状況を理解する必要があった。彼女は「えっ?」と驚きと困惑の声を漏らすも、俺が本気であることを理解したのか、それ以上声を出さなかった。

「お前がうちの後輩の亜美であることを証明出来る情報はあるか?ラインのプロフィールや会話に載っている情報以外でだ」

 もし乗っ取られているだけなら、今までの会話のログを見ればいくらでもなりすますことは出来るだろう。だからそれ以外の情報、現実であっている俺と彼女だからこそ知っている情報が欲しい。

 相手はしばしの沈黙をした後に答えた。

「部室の本棚に、先輩が偽装したエロ本があります。題名をいいましょうか?」

「・・・・・」

「題名は人妻――」

「オーケー、オーケー。君は本物の我が愛しき後輩だ」

「・・・」

 なるほど、確かにこの情報は部室を片付けていた本物の後輩しか知らない情報だろう。そして他の人にも伝えていない情報のはず。多分。

 俺はゴホンっと咳払いをして本題に入ることにした。その時「あっ、ごまかした」となにか後輩が呟いたが気にしないことにする。

「それで一体なにがあったんだ?今日学校に来ていた亜美は偽物なのか?そして君は今何処にいるんだ?」

「・・・・」

 ゴクリ。後輩が息を呑んだ音が聞こえた。確かにこのスマートフォンからだ。電話越しでは彼女は確かに生きていた。

「まず結論からいいますと、私は偽物に体を乗っ取られて今はよくわからない真っ暗な空間にいます」

「乗っ取られた・・・」

 以前のラインでも言っていたことであったが、まことしやかには信じられない。だが信じるしかこの非科学的な状況を証明することは出来ない。

 ではどうすればいいのか。そう聞こうとした時だった。

 ピンポーン

 家のチャイムが鳴り響いた。時刻を見た。六時半。意外と時間が掛かったようだ。

 無視をしようとも思った。だが許してはくれないらしい。

 ピンポーン、ピンポーン。チャイムを押す感覚が早くなる。

 ピンポ、ピンポ、ピンポ相手は苛ついているのか、連打に変わる。そして最後は

 ダッダッダ。ドアを乱暴に叩く音が聞こえる。想像がつくものの、窓から相手を方を覗いた。

「誰ですか、えらく急いでいるみたいですが・・・」

「ニセモノだよ」

「えっ・・・」

「今日、このラインをブロックしたか確かめに来るって言ってたんだ」

「なんですか、それ」

 正直本当に来るとは半信半疑に思っていたが、今の状況を考えれば相手としては確かにブロックしてもらいたかっただろう。このラインが繋がっているということは、自分が偽物であることを証明するものであるのだから。

「せんぱーい、いるんでしょ?はやくあけてくださーい」

 明るい声を出しながら依然として乱暴にドアを叩きつける音がする。このまま無視を決め込めば、窓がカラスを割ってでも侵入しかねない、そう思わせた。

「少し待ってくれ、今風呂から上がったところなんだ」

 そう言って、ラインの方に目を向ける。

「一回通話を切るぞ。そしてラインもブロックする」

「ちょっと待ってください。本当にブロックするんですか。私、また一人になるんですか?」

「・・・・」

 彼女からすればこの状態で唯一自分の存在を証明するのは、俺の存在だけなのだろう。俺がブロックすれば、しばらくの間、自分自身がこの世界から存在しなくなる。

「わかってくれ。もしバレたら俺は殺されるか体を乗っ取られる。そうなれば、もうラインをすることも出来ない」

「・・・わかりました。絶対に戻ってきてください」

 その言葉を聞き終わると通話を消す。そして表示されていた画面からブロックというボタンを押した。

 だが気付いた。それではいけないと。今表示されているブロックのボタンでは、今までのやり取りが見える。ブロックとは、これ以上の通信を禁止するもので、今までの会話は見えてしまう。つまり、本物とのやりとりを偽物に見られてしまう。

 首筋を締められた感覚がした。どうすれば。そう思うものの、猶予はない。依然としてドアを叩く音は強まる。そして「本当にお風呂に入っているんですか?」そんな声も聞こえてくる。これ以上考えている時間はないだろう。

 俺はいくつか小細工をして玄関へと向かった。リスクはある。何より俺の猿芝居が相手にバレるかが問題だった。

「今行く」

 そう言って早足で玄関に向かい、扉を開けた。

 目の前には私服の後輩の姿だった。可愛らしい白色のワンピースに帽子の被った。今までどこかに行っていたのだろうか。そう思う反面、手は黒くアザが出来ていた。血は出ていないものの、どんな勢いでドアを叩いていたのか、嫌という程に彼女が異常な存在であることを理解させられた。

「先輩、本当にお風呂に入っていたんですか?」

 後輩は鼻をピクリと動かしながら俺の服装をじっと、虚ろな目で観察した。

 不味い、そう思う。どうやってラインのことをバレないようにするか考えるあまり、先程の言い訳についての理由付けを忘れていた。

 俺の格好は学校から帰ってきたままであり、もちろんシャワーなど浴びておらず汗の匂いが染み付いている。

「これは・・・。服を脱いでシャワーを浴びようとした時にお前が来たんだ。しかも風呂場に着替えがないから、また汗臭い制服を着ることになったんだぜ」

「・・・・そうでしたか、それはすみませんでした」

 なんとか上手く取り繕うことが出来ただろうか。それとも嘘と確信した上で話しを本題に進めようとしたのだろうか。

 未だ首元にナイフを突きつけられている感覚が消えない。一歩間違えば、一言でも嘘だと見抜かれれば突き刺さる。しかもこちらは抵抗することは出来ない。ただ相手を納得させ、手をおろしてもらうしかない。

「それで、ラインはブロックしてくれましたか?」

「あっ、あぁ」

 バレてはいけない、バレてはいけない。そう思いながらも、できるだけ落ち着いた口調を意識しながらポケットから携帯を取り出す。がっ――

 ガシッ、という効果音でもなるのだろう。俺の手首は掴まれた。

「どうかしたのか?」

 突然のことに動揺を隠せない。いや、今は動揺してもいいのだ。仮にラインを始めかブロックしたとしても、今は動揺するはずだ。

「大丈夫です、私が操作しますので」

 そう言って乱暴にスマートフォンを奪い取ろうとする。こちらが小細工をすることをバレていたのか、それとも初めからそのつもりだったのか。

 俺の手から離れたスマートフォン。だが不意に指が引っかかり、そして彼女もしっかりと掴めていなかったのか、誰の手からも離れてしまう。そして―――

 ガシャッ。スマートフォンは玄関のタイルの上に落ちてしまう。画面には幾重にもクモの巣状のヒビが入っており、とても電源がつくとは思えない。

「うわぁっ、なんてことを」

 俺は大袈裟に声をだした。これではラインを見ることが出来ない、ともいいながら。

 だが目の前の奴は冷静だった。じっとこちらの反応を観察しながら口を開いた。

「私には初めから画面が割れているように見えましたが?」

「・・・・・」

 そう、画面を割っていた。それしか方法が見当たらなかった。本番で床に落とすという方法もあったが、それでは確実に電源が点かない程に壊れる確証はなかった。だから後輩に見せる前に割っておく必要があったのだ。

 だが見られていた。それは裏を返せば、そうせざる得ない状況であったのであり、ブロックしていなかったことの証明である。

 不気味な目でこちらを見つめている。今にも手がこちらに伸びて来そうだ。

「いい加減にしてくれ!!いきなり家に押しかけてスマホを奪おうとしたり。そして壊したら初めから壊れてたんじゃないかって。あまりにも酷い言い分じゃないか?」

 いつになく大声で彼女に怒鳴り散らした。いや、そうするしかなかった。怒りに任せてこの話しを無かったことにするしか方法がないのだ。

 だが彼女は虚ろな目をしている。こちらを見ている。この感情すらも演技であると見透かしているのだろうか。

 ビクッと体が跳ねる。緊張からだろう。怖い、逃げ出したい。

 だが次の瞬間、後輩は肩を落とした。

「すみませんでした。事情が事情とはいえ、スマホを壊してしまい。また明日にでも弁償いたしますので」

 そう言ってその場を後にした。ドアが完全にしまり、鍵を確かに掛けた後、玄関に崩れ落ちた。疲れた。これほどの緊張感は多分生涯味わうことはないだろう。そう思わせた。

 疲れからスマホを片付けるのを明日に回し、部屋へと戻る。

 このまま寝てしまいたい気持ちも大いにあったが、ラインに閉じ込められている後輩をどうにかする方が優先だろう。

 パソコンを起動さえ、PC版のラインを起動させた。

「遅いですよ!!」

 そこには後輩のアイコンが表示されており、怒りのメッセージが連なっている。

 携帯を壊す前にちゃんと移動していたのか確認はしていたものの、人の命が掛かっている為、それでも無事成功していることに安堵の息が出てしまう。

「あのなぁ、こっちは生きるか死ぬかの演技をしていたんだ。少しは労ってくれ」

「それはそれは、先輩お疲れ様でした」

 適当な冗談を交わしながらも、本題に入ることにした。

「それで奴らは何物なんだ?どうやって人間と入れ替わったんだ?」

 今回のことで相手が人間でないと感じた。または人間としても頭のネジの外れたタイプか。

「相手の正体はわかりません」

「じゃあ、どうやって入れ替わったんだ?なにか原因が思い当たることは無いか?」

「そうですね。やっぱり、というべきなのかもしれませんが、一つだけあります」

「?」

「友人からとあるURLを受け取って、それを開らいたことがありました」

「友人?」

「えぇ、学校の同級生です。今更思えば、その友人も体を乗っ取られているのかもしれませんね」

「えっと・・・経緯を初めから説明してくれればありがたい」

 後輩は少し間をおいた。説明の順序を考えているのだろう。

「関係のありそうなこと全て伝えますね。まず3日ぐらい前に、その友人がラインを乗っ取られたからブロックしてくれと連絡がありました」

 やはり同じようなやり取りが繰り広げられているのだろう。

「それで先輩とは違い友達想いな私は、すぐにブロックしました」

「俺が後輩思いじゃないみたいじゃないか。天才な俺は、後輩が体を乗っ取られているだろうと推理した結果、ブロックしなかったんだ。本当は誰よりも後輩想いだ」

「冗談です。本当に感謝していますよ。なんならここから出れたら恋人になって上げてもいいぐらいですよ」

「ほぅ、それは俄然やる気が出てきたな」

「さて冗談はさておいて、続きを話しますね」

「冗談なのか」

「で、次の日学校で新しいラインで友達申請をしたんです。まぁ普通の流れですよね。ですが、その時の会話で面白い動画があるって話しになったんです」

「面白い動画?」

 聞き覚えのある単語だった。そうだ、今日の放課後に後輩(偽)から友達申請をしたいといった時にそんなことを言っていた。『見せたい動画があるんです』っと。

「それでその動画を見たのか?」

「家に帰ってからですね。その日の夜にURLをその友人から送られてきました。会話の流れからこのことなのだろうと思い、クリックしました。そこで意識がプッツンです」

「なるほどな」

 多分その後に体が入れ替わり、俺に電話が掛かってきた。そして今までの流れなのだろう。

 つまり奴らはURLを見せることで仲間を増やそうとしている。

「しかし不味いなそれは・・・」

 そう呟くしかなかった。あまりにも簡単すぎる。友人からURLが貼られれば、特に理由が書かれてなくても開く人間が大半だろう。体を奪った相手の友人に更に送りつければねずみ講式に増えていく。

「とりあえずそのURLを調べるか。覚えているか?」

「流石に覚えてないですよ。こんなことになるとは思わなかったですし・・・。あっ、ちょっと待っててください」

 そう言うと一度通話が切れた。そして数分後にまた黒電話が表示される。

「メモしてください」

「あっ、うん」

 そういうとアルファベットを一文字ずつ告げていく。だがその文字を書き続けるものの、なにかの単語になっているようにはとても思えなかった。最終的には意味のわからない英単語と三桁の数字が出来上がった。

「例の友人とのラインを見て覚えてきたんですよ。こっちの世界にメモ用紙が無いのは辛いですね」

「それで、多分合っているはずだが、これは一体何の意味なんだ?」

「さっぱりです。ネットで調べて見ては?」

 そう言い終わる前に単語で検索かけたものの、意味のあるような結果は出てこない。ついでにアドレスを検索欄に入れて「〇〇のアドレスとは?」と調べるもこちらも芳しい結果は表示されない。

 パソコンのURL欄に貼り付けるべきか。一瞬考えるものの、もしこれで俺の体も乗っ取られてしまえば完全に詰んでしまう。それは最終手段だろう。

「完全に手詰まりか?なにか他に思い当たることはないか?」

「他にですか?」

「あぁ、その友人の奇怪な行動とか。なにか」

「そうですね・・・・」

 同時に俺も今までの後輩の行動を思い出す。こちらは奇怪な行動は多かったものの、全てが俺を疑いときのものだった。この連鎖を止める方法は見当たらない。

 っと、ここで後輩が声を出した。

「関係あるかはわからないですけど・・・。その日のマキちゃん――その友人はやけにスマホを大切にしていた気がします」

「スマホを?」

「えぇ。今まで使っていたものと変わらないんですけど、片時も離れないというか、大事そうにずっと握っていましたね。それでもう一人の友達が面白がって、奪おうとしたんですよ。そしたら―ーーヒステリックにって言うんですかね、声を荒らげて怒ったんです。その子、そんなに感情を出す方じゃないんですけどね」

「スマホを手放さないか」

 そういえば後輩も常にスマホを手に持っていた覚えがある。もしかしてそれが人間と奴らを見極めるポイントなのだろうか。ではなぜ、スマホを手放さないのか。一つは万一にでも落とすことを警戒していることだろう。スマホの中に自分の正体を示す情報、例えば仲間たちとのやりとりの記録が入っているとか。

 もしそうだとすれば、後輩を元に戻す方法もわかるかもしれない。

「スマホを・・・・盗みだすか」

「盗むんですか!?」

 だが問題はどうやってだ。相手は四六時中スマホを持っているのだ。そして今回は完全に犯罪に手を突っ込むことになる。後戻りは出来なくなる。

「先輩・・・・」

 心配そうな声をだす後輩。

「大丈夫だ」

 そう言うしか無かった



 次の日、俺は学校を休むことにした。だが、学校には登校していた。

 早朝に学校に登校すると、部室へと身を隠す。もちろん後輩のスマートフォンを盗む為だ。

 後輩が言うには、今日は体育の授業があるそうだ。流石に体育にまでスマートフォンを持ち歩くことはないだろう、という考えだったが、確信はない。そもそもスマートフォンのことを考えて体育を休む可能性だって考えられた。

 もし駄目ならば次の手だろう。もちろん盗んでいることがバレなければではあるが。

 体育の授業の時間。生徒たちがグラウンドに出ていることを確認すると動いた。後輩から事前に席の場所を聞いている。

 懐かしい教室群。その周囲の教室では授業をしており、人の声が聞こえる。見つかれば注意では済まされないだろう。

 腰を屈めてバレないように入り口の教室を通る。もう1クラスと。だが、目の前のクラスはドアが前回だった。当たり前ならば生徒は黒板の方を見ているので人一人が通り過ぎても気づくことはないだろう。だがうちの学校の生徒の全員が真面目に黒板を見ているとは考えにくい。

 どうするか、そう考えるも奥の廊下から足音が聞こえる。どれほどの距離があり、こちらに近づいているのかはわからない。だがもしこの姿を見られれば言い訳の余地はない。

 俺は意を決して進んだ。

 一瞬だけ廊下の生徒の姿が見えた気がした。だが互いに人物まではわからないだろう。

 教室に入ってしまえば少し安心感があった。だが気を抜いてはいられない。手早くスマートフォンを見つけなければ。

 右後ろ三番目の席。何度も確認したので検討はつく。机の上に、部活で何度もみた青色のカバンが置いてある。

 気は引けるものの、本物の許可は取っているので免罪符を盾にカバンを漁る。

 あった。猫のキーホルダーのついたスマートフォン。昨日本物に確認したもののと一致している。安堵の息を漏らした。その瞬間だった。

「えっと、何をしてるのですか?」

「!?」

 人がいた。女子生徒だった。多分このクラスの人間だろう。理由はわからないが、体操服のままこちらに戻ってきている。多分体調不良か何かで戻ったのだろう。

 見られた。

 黙っていては不味い。盗みをしていることがバレてしまう。言い訳を作らなくては。

「あぁ、ごめんね。驚かせたね。俺は彼女と同じ部活の先輩なんだ」

 そう言って学生証をみせた。相手を安心させる為に、まず自分の身元を出すしか。

「えっと、それで・・・」

 だがまだ疑いの念は消えない。当たり前だろう。それだけでは俺がカバンを漁っても良い理由にはならないのだから。

「実は・・・・」

 何を言い訳にするか考えた。俺のスマホなんだ、いやキーホルダーで女性のものであることはわかる。理由があってスマホを受け取りに、ならば本人がいる時に受け渡しをすればいい。

 理由が見当たらない。見当たらない。だから――

「静かにしろ。もしこのことを言ったら、容赦はしないぞ。お前の顔は覚えたからな」

 目の前の女性に近づき、乱暴に腕を掴んだ。少女は泣き崩れ、地面に座り込む。こうするしか無かった。多分明日学校に来たら退学物だろう。だがこうするしかない。相手が化物なのだ、これぐらいのリスクを負うしかない。

 俺は去り際に再度念を押すと、早足で廊下を駆け抜ける。もう時間を掛けている時間はない。学校もそうだが、何より奴に俺がスマホを持っていることがバレた。一刻も早く確認して何か手を練らないといけない。じゃないと、間違いなく殺される。



 急いで帰宅しスリープモードだったパソコンを立ち上げる。

「遅かったじゃないですか、先輩。私は寂しくて、寂しくて」

「すまない、早くパスワードを教えてくれ。相手に盗んだことがバレている」

「失敗したんです!?」

「早く」

 切羽詰まった状態を理解して、彼女は四桁の暗証番号を口にする。もしパスワードが変わっていたら。緊張感が胸にこみ上げる。

 解除に成功しました。よかった。声を出して安心を口にする。が、その刹那戦慄が走る。

 スマホの画面に表示されたのは、まるで毛細血管のように張り巡らされた赤い管と、気味の悪い色をした、脳みそだった。

 吐き気がこみ上げる。不意打ちということもあり、そして元々こういうスプラッターなものへの耐性が低いからだ。

「どっ、どうしたんですか?」

「一応聞くけど、スマホのホーム画面って何に設定していた?」

「うちの家の可愛い猫ですが?」

「間違っても猫の脳みそとかじゃないよな?」

「えっ、えぇ・・・」

 つまりこれは偽物が設定したということだ。だが疑問が残る。どうしてパスワードを変更すらしなかったのに、ホーム画面を変更しているのかということ。特にホーム画面なんて、不意に誰かに見られる恐れを考えるとここまであからさまは変化をつける理由はないはずだ。

 いや、考察はこれぐらいにしなければ。今は正確な情報だ。

 今度はラインを開く。最近の会話の履歴だ。新しくラインを作り変えた為、意外と友達の人数は少ない。それでも俺よりも多いのは多分女性だからということだろう。

 だがその会話の内容を見て、またも絶句した。

 アイコンと共にその友人との一番最後の会話が表示される。だがその内容は20人の友人全て同じもの。

『面白い動画があったんだ。見てみ――――』

 多分この後にURLが続くのだろう。そしてそれ以後、その友人からメッセージが来ていない。つまり、彼女だけで20人の友人を増やしたことになる。

 ヤバイ、恐怖が現実を帯びている。だがまだ確信に至る情報が無い。何かないか、そう探している時だった。

 ピンポーン。家のチャイムがなった。同時にドアを叩く音がする。

「先輩、いますよね?」

 それは紛れもなく後輩の声だった。

 マズった。そう思った。時刻はまだ学校を出てから一時間も経っていない。学校もまだやっている時間だ。つまり彼女は体育が終わってすぐか、もしくは目撃した少女に話しを聞いてすぐにここに来たのだろう。

 本来ならば後輩からパスワードを聞いた後すぐにここを出る予定だった。だがホーム画面の歪さと、好奇心、更には偽物の予想以上の行動の速さ。それらが合わさり不幸を招いた。

 後輩にバレずにここから出る方法はあるだろうか。思考を回す。彼女が玄関にいるなら、庭へと続くドアから外に出れる。

 財布と後輩のスマートフォンをポケットに入れ、忍び足で動く。その間もドアを叩く音は続いている。

 リビングに行く。もう少しでドアがある。そう思った時―――

 ドアを叩く音が止んだ。

 不味い、そう思い身を隠そうとした。だが遅かった。庭へと回ってきた後輩が不気味な笑顔をしながらこちらを見つめている。

「やっぱりいるじゃないですか、せんぱい」

 その声はまるで壊れたラジオからな流れる音声であり、まるで電話の自動音声のようであり、まるでアイフォンの人工知能が喋っている風であり、人間のものではなかった。

 一瞬判断が遅れた。

 パリーン。手に持っていたレンガが室内へと投げられる。そしてガラス戸から手を伸ばし、鍵をカチャリと開けられる。その時、鋭利に尖ったガラスが、後輩の綺麗な肌を突き刺していたが、彼女はそんなことを気に留める様子はなかった。

「おじゃまします」

 スライドして開かれた扉を、彼女は土足のまま入ってくる。ガラスを踏む音。もし靴を貫通して足に刺さったら大変だな、なんてことをなんとなく思っていた。それはつまり現実逃避だった。

 逃げなくては、そう思い足に力を込めた。が、緊張から上手く動けない。その瞬間だった。後輩の体がまっすぐとこちらに突撃してきた。

 想像こそしていたものの、咄嗟なことに動けず、俺は馬なりに乗られてしまう。両手を塞がれ、膝でこちらのみぞおちを押し当てる。

「けいたいをかえせ。そうすればかえる」

 とてもその言葉を信用することは出来ない。両足を振り上げ、後輩の体を蹴飛ばした。後輩の体が乱暴に床に転がる。どうやら肉体は人間のままのようだ。

 俺は後輩から距離をとる。そしてスマートフォンを掲げる。

「こいつがどうなってもいいのか?」

 俺の身長から思いっきり振り下ろせば、スマートフォンぐらい割れるだろう。いや、その確率があるだけで相手は動けないはず。そう考えた。

 だからこそ油断していた。

「いっ!!」

 痛みを感じた。それは足からだった。足にカッターナイフが突き刺さった。後輩が投げたものだろう。

 脅しが効かない。スマホに当ったらどうするつもりだったんだ。まさかスマホは重要ではない。様々は考えが脳内に駆け巡るが、かえってそれが次の判断を遅らせた。

 距離を詰められ、腕を思いっきり叩かれる。彼女の全力と足の痛みから、簡単にスマホを落とされた。

 拾おうとした。が、足の痛みで思うように動けない。その場に倒れてしまう。次の瞬間にはスマートフォンを拾われていた。

 万事休す。

「あんしんしろ、ころしてやる」

 そういうとキッチンから包丁を取り出した。あぁ、死ぬ。確信に変わる。

 逃げたいが逃げ切れない。足を引きずってでは、玄関まで行く前に捕まる。仮に外にでて助けを呼んだとして、既にここまでのことをしている相手だ、目撃者に構わず俺を確実に殺すだろう。

 床に倒れたまま奴に向き合った。

「お前らの目的はなんなんだ。何物なんだ」

「こたえるりゆうがない」

 だろうな。流石に冥土の土産になんて話しで時間を稼がせてはくれないか。

 包丁を手にした奴は、正面から俺の心臓目掛けて包丁を突き刺した。あぁ、どうしようもないんだろうな。俺は諦めることにした。

 諦めて多少の犠牲を受け入れることにした。

 俺は包丁を手のひらで受け止める。一瞬痛みを感じるものの、すぐに感覚は麻痺して無痛へと変わる。

 包丁がどこまで刺さったのかわからない。だが動きが止まったことを考えるとどこかの骨に当ったのだろう。

 今度は足の痛みをこらえて懇親の足払いをした。

 バタン。相手も油断していたのだろうか。勢い良く床へと倒れる。その瞬間、スマートフォンを床に落とした。

 もう、どうにでもなれ。俺は諦めの気持ちを感じながら、足に刺さっていたナイフを、落ちたスマートフォンへと突き刺した。

 パリッ。ガラスの割れる音と同時に、刃を中心にクモの巣状の亀裂が入る。亀裂の隙間から、どす黒い液がとめどなく溢れ出した。

 一矢報いることぐらいは出来ただろうか。倒れていた後輩の体が立ち上がった。もう動けない。そして動けたとしても生きれる自信がない。

 満身創痍とはこのことを言うのだろう。そう思いながらも視線を後輩に向けた。

 彼女の表情は――涙を流していた。

「ふぇぇ、先輩!!」

 それは普通の人間のいつも聞く後輩の、愛おしい相手の声だった。

 戻ってこれたのだ。そう思いながらも同時に思った。早く救急車を呼んでくれと。




 救急車も来た。警察も来た。

 俺はあの後意識を失い、救急車で運ばれて緊急手術が行われたらしい。

 手術の結果、一年間の入院で済んだのは多分運がよかったのだと思う。

 病室に何度も警察官が事情を聞きに来た。一応強盗が入ったということで後輩と口裏を合わせているが、正直後輩が罪に問われるのかはわからない。被害者の証言がどこまで優先されるかだろう。

 学校の一見に関しては、後輩の証言とその後の事件の結果特に問われることはない。まぁ、どちらにしても下手な停学処分よりも厳しい状況なわけだが。

 俺の病室には後輩が入り浸っている。罪悪感からなのか、それとも約束をちゃんと果たしているのか、彼女づらじていることにとても違和感があるものの、何かと不便な病院生活の手助けをしてくれているので、文句も言っていられない。

 そして数日したある日だった。この日は後輩の他に俺の友人がいた。一緒に来る約束をしたわけではなく、毎日のように来ている後輩の後にやってきたのだ。

「聞いてくれよ。俺、由紀ちゃん先生とラインを交換したんだぜ」

 そいつは嬉しそうに先生の名前と可愛らしい動物のアイコンを見せてきた。狙っているとか言っていたので、その第一歩を果たせて嬉しいのだろう。

「そうか、よかったな」

「彼女持ちのお前にはこの気持はわからないだろうな」

 なんてことを言い合いながら雑談を交わす。っと、ラインの着信音が鳴り響いた。俺も後輩も携帯は壊れているので犯人は一人しかいない。

「おい、流石に機内モードにしろよ」

「悪い悪い。馴れてなくてさ」

 そういいながらも「由紀ちゃん先生からだ」っと呟いた。

「なんだって?」

「お見舞いに行くならよろしく伝えておいて欲しいって。あと―――

 面白い動画があるんだけど、見ないかなって?」

「!?」

 戦慄が走る。

「やめろ!!見るな」

「わかってるって。流石に病院じゃあ見ないって」

 そうじゃない。だが事情を伝える方法がわからない。第一、先生までもが入れ替わっているのか。様々な思考がよぎるものの、どうやら後輩の方が冷静だったようだ。

「えっ、ちょっ。なにすんの?」

「先輩、これ・・・・」

 友人のスマホを奪った後輩。確かに一度打ち込んだことのあるURLだった。

 が、俺は絶句した。そして嫌な予感がした。それは絶望であり、どうしようもないという諦めを予感させるものだった。

 URLの文字。それに続くのは意味のわからないアルファベットの羅列。そして最後に続く数字は―――

 九桁で表示させられていたのだった。

私の個人的な感想です。

今回企画があるということで、普段書かないジャンルのホラーに挑戦しました。

自分的には怖いような文面を頑張ったつもりですが、何度も違うなと思い書き直しました。今も出来ているかが不安です。

正直ホラーって難しいですね。他のジャンルが『読者を楽しませる』という目的がありますが、ホラーはそれに加えて読者を怖がらせないといけない。その為表現方法もいちいち考えさせられます。

今後このジャンルを書く機会があるかはわかりませんが、自分の中でとても為になる執筆だったのかなと思います。

後個人的にホラーで一番完成度の高いものは『猿夢』だと思います。あれほど現実に影響を与える作品はないと思います。


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― 新着の感想 ―
[一言] 苦手なタイプのホラーだけど、面白かった。 後輩との会話が、すっごく和んだので、それもあるとおもう。 ところで、9桁の数字って、つまりどういうことですか?
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