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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

言の葉に踊る

作者: 黒影翼



王女の生誕祭。

兵士や魔術師が整列する謁見の間は、静まり返っていた。




神聖な場面だから?

王の言葉の前だから?






否…誰もが息をのんで立ち尽くしていた。

到底祝福などには程遠い重苦しい空気の中、王座からゆっくりと腰を上げる王。


「…真…か?」

「はい…」


信じられない、信じたくない。

だが、王の眼前の呪い師が出任せを言う者でない事は誰もが知っていた。


「フォルトフィード王国は姫様の16才の誕生日を以て…滅びます。」


繰り返し告げられた滅亡の宣告に、一同はただ黙り込むほか無かった。












「はぁ…はぁ…」


暗い道を、荒い息を吐きながら駆ける少女。

その足取りは同年代の子供に比べてもずっと遅く、背後から近づいている大きな足音にすぐにでも追いつかれてしまいそうだった。


と、曲がり角を曲がった所で少女は何者かに捕まり、口をふさがれる。


少女がパニックになって叫びそうになる中、少女を追っていた足音が通り過ぎていき…


「行った…かな?」

「んー!んーっ!」

「あ、悪い悪い。放しても叫ばないでくれよ?見つかるから。」


口を塞ぐに当たって鼻まで布で覆われていた少女が力なくもがいている事に気づいて、少年は慌てて少女を解放した。


「はあっ…はぁっ…」

「かくまったつもりだったんだけど…大丈夫?」

「は、はい…ありがとうございます…」


荒い息を整える少女に声をかける少年。

少女の方も、呼吸を整えると少年に対して礼を告げる。

家屋の間の狭く薄汚れた道。

見慣れない光景に少女は少し不安を抱えて辺りを見回す。


「暗いし多分気づかれてないと思うけど…引き返して探されたらさすがにやばいし移動しよっか。」

「え?あっ…」


自身の手を取り駆け出す少年に、困惑混じりの少女はされるがままに少年についていった。






「ふーっ…ここまでくればとりあえず大丈夫かな?」

「あ、ありがとうございます…」


相も変わらず人通りの少ない道を駆け続け、少女の疲れが厳しくなってきた頃合に少年は足を止めた。

傍に積み上げられた廃材に腰かけ、少女を見る。


「で、さ。何で追われてたのか…聞いていい?」


少年の問いかけに、少女は口を開かなかった。

押し黙る少女を前に、少年は…


「ま、いいや。」

「えっ?」

「事情を聞いて助けたわけじゃないし、今更だ。」


何も言わない少女を前に、少年はさっぱりと言い切って手を差し出した。


「俺、リルフィス。君は?」


何も話さず、助けられてばかりなのに一つたりともとがめる事のない少年、リルフィスを前に、名前すら名乗らないままで黙っている事は、少女には出来なかった。


「…セリシア…です。」


蚊の泣くような小さな声で名乗った少女、セリシアは、恐る恐るではあるものの、リルフィスの手を取った。









それから少しの時を、二人は共に過ごした。

何を目的とするでもなく、町を巡り、買い物や遊びを見て周る。ただそれだけ。

けれど、セリシアが時折見せる笑顔が嬉しくて、リルフィスは彼女をあちこちと連れまわした。

セリシアもまた、それが目的であったかのように何の迷いも無くその時間を楽しんで…



見つかった。



兵士に囲まれたリルフィスは、セリシアを背に追いやって庇うようにその前に立ち、自分達を囲む兵士達と睨みあう。

そんな中…


兵を搔き分けるようにして、一人の男が姿を見せた。

リルフィスもさすがに目を丸くして現れた男を見る。


「え、あ、王…様?」


リルフィスでも気付く、桁外れの有名人…このフォルトフィードの王が、彼の目の前煮立っていたのだ。


「貧民街の子か。」

「…だったらなんだよ。」


金や地位に困る事などまず無いだろう王に貧民と呼ばれたリルフィスは、馬鹿にするなと言わんばかりに王を睨む。

そんな彼の様子を見て、王は…微笑んで会釈した。


「お、王!?そのような子供相手に」

「お前はその子供の頃に数多の兵士相手に見ず知らずの少女を庇って立つ事が出来たと言うのか?」


貧民の子供相手に軽くとはいえ頭を下げるような真似をした王に、傍らに居た兵士が焦って言葉を紡ぐが、王の一睨みで何も言えなくなる。

ここへきて、王が向けているのが自身への敬意と感謝だと気付いたリルフィスは、さすがに敵意むき出しにしていた様子から肩の力を抜く。


「ましてそうまでして庇っておるのが私の娘ともなれば頭の一つも下げたくなる。」

「娘…娘ぇっ!?」


兵士達が追っていたのは敵や何かではなく逃げ出した王の一人娘で、リルフィスはそれを国から隠してつれまわしていたのだ。

事態に気付いたリルフィスは、思いっきり振り返った。

背後にいたセリシアは申し訳なさそうに小さく頭を下げた。


「ごめんなさいお父様…兵士さんも彼も悪くありません、全部私が悪いんです。」

「そうだな。皆に迷惑をかけるような真似は慎むべきだ。」

「…はい。」


謝罪を繰り返し、セリシアは歩み出し…王の前まで来ると振り返ってリルフィスに頭を下げた。


「楽しかった、ありがとうリーフ…さようなら。」

「ぇ…」


身分違い。

判明すればそんな言葉では済まされないほどの差があったセリシアからの別れの言葉に何も言えずに固まるリルフィス。

けれど、動けないままにその言葉の違和感を頭の中で噛み砕く。


姫であっても、生涯町と全く接点がないなんてありえない筈なのに…永遠の別れのような言葉。

そして…あえて別れを告げるほどには、自分との出会いを喜んでくれたのだという事。



「っ…また会うさ!必ずっ!!」



去り行く王達とセリシアの背に届くようにあらん限りの声で叫んだリルフィスだったが、それを最後に彼女は振り返ることはなかった。







『私は災厄の姫。私が生まれた時に、10と6の年が巡ると共に、フォルトフィードが滅ぶという予言をされました。そして、私は、お父様お母様の高い魔力を受け継いで、扱い切れずにいます。日増しに両親の才能にしたがって増していく私の魔力は、このまま予言の時を迎える頃には、この国を消し飛ばすほどになる見込みです。魔法の修行も進めていますが、どうしてだか全く才能がないみたいで。私はきっと予言の時を迎える前に死ぬ事になります。そうでなければ、お父様もお母様も兵士さん達も、貴方が見せてくれた町の全ても、貴方も、私のせいで壊してしまうことになる。初めて会った、通りすがりの私の為に色々してくれて本当にありがとうリーフ。さようなら。』


住処としている路地裏にて、受け取った手紙を読み終えたリルフィスは、その手紙を両手で全力で握り潰した。


「…っざけんな。」

「姫からお前への最期の言葉だぞ、握りつぶすとは」

「ざけんなよっ!」


ひけらかすものではない予言の話だが、リルフィスにだけは全て伝えたいとセリシアたっての願いで綴られた手紙。

王命にてそれを届け、他に渡さず処分する役を任された騎士長は、それを握りつぶしたリルフィスを睨む。


が、リルフィスの方が強い怒りを湛えていた。


「予言だかなんだか知らないけど、そんな訳わかんない話の為になんでアイツが死ななきゃならないんだよ!起こるかどうかも分からないんだろ!?」

「いい加減な代物であれば予言を告げた呪い師の方を処刑にする。だが、彼とて今まで王室に仕えてきた者だ、起こらない事でもない。」


リルフィスの怒りが、姫、セリシアが犠牲となる予言に対しての、そしてそれを受け入れているセリシアに、受け入れさせている周囲の環境に対してのものだと感じている騎士長は、それでも幼い言葉とリルフィスに冷徹な言葉を告げる。


「予言が本当だって、もう二度と会えない理由になんかなるもんか。…アンタより強ければ、アンタの代わりに俺を雇ったほうが役に立つから…俺が城にいけるよな。」


リルフィスはそこまで言うと、騎士長に向かって拳を握って構えを取った。

騎士長はそんな彼の姿に眉を顰め、そして…


殴りかかってきた彼を蹴り飛ばした。


鳩尾を蹴り上げられたリルフィスはそれで宙を舞い、地面に落ちて動かなくなる。


「強ければな。」


動かなくなったリルフィスを見ながら、静かに告げた騎士長は、握りつぶされた手紙を拾い上げると、炎の魔法を発動させて手紙を灰に変える。


「なって…やる。」


と、急所を蹴り上げられ地面に落ちたはずのリルフィスが、悶えながら小さな声を発した。


「予言の前に…必ず…なる。だから…死ぬなって…言ってくれ…」


子供の戯言と、気絶させる気で強打したにも関わらず、未だ尚言葉を紡ぐリルフィスの姿に、騎士長は笑みを浮かべ…


「私に決定権はないが、伝えておこう。」


倒れたままそれでも顔を上げようとしていたリルフィスにそう応えた。







そして…5年の月日が流れ…






「それではこれより決勝戦を行います!海の方角は大本命、歴戦の傭兵バーグ=ラッド!」


無精髭を生やした、最低限の衛生面を確保した程度の身なりの男が、司会の立つ競技場に歩んでくると、歓声が上がる。

服装含め、騎士等と異なり整った姿とはかけ離れてこそいるが、鋭い眼光とこの決勝までの試合の経過から、彼の名を知っていた者も知らなかった者も、彼の実力を認めるほどになっていた。

彼が剣を一振りすると、それだけで鋭く高い音が響き渡った。


頃合と見計らった司会が、反対方向の扉を指し示して、声高々に続ける。


「山の方角からはフォルトフィードの新生、リルフィス!」


続けて呼ばれた名に、再び歓声が巻き起こった。

決勝まで勝ちあがった事もさておき、旅の傭兵ではなく国内の実力者という事もあってそれだけで贔屓の目が向いている分もある。

反面、貧民出身である事も知れているため、それが原因で傭兵、バーグへ声援を送る者もあった。


まるで歓声に目もくれず競技場に歩みを進めたリルフィスは、指定の位置にまで来ると対戦相手であるバーグにも司会にも目をくれずに余所に視線を移す。



視線の先には、試合を観戦している王の姿。



目が合うと、王は笑みを浮かべた。



実力さえあれば出場への制限の少ない武芸大会。

数年の前より王が考え、開催している催し物だった。


優勝者は、王にお目通りが出来、ある程度の願いを一つ聞き入れて貰える。

金を欲するものには賞金として大会利益から褒賞金を、また、このフォルトフィード縁の希少品を欲する者にはその希少品を。

過去、王の座を、等と無茶を言った優勝者もいるにはいたが、数多のブーイングと王の苦笑交じりの制止に、別の願いを言い直した。

そんな裁量まであるこの大会。

国としては利益や興行として始められたものだが、王には別に目的があった。



貧民街に住むリルフィスに、城…そして、王の前に来る機会を用意する事。



示し合わせたように開催された大会に、リルフィスは誰にも明かしていない王の本意を感じ取り、こうして堂々と大会を勝ち進めるだけの力を身につけて、今日決勝の舞台まで進んできたのだ。



「それでは決勝戦…開始っ!!!」



司会の声と共に、リルフィスは地を蹴って駆け出した。



開幕直後の突撃から、間合いに入るなりの渾身の一撃。

ベテラン相手に経験不足の身で様子見を行うのを良しとしなかった面もあるが…


剣を二度ほど打ち合わせた所で、盾を用いた体当たりでリルフィスを吹き飛ばしたバーグは…



左の掌を翳し、少しの間をおいて火球を放った。



剣士等の近接戦闘を主とするものも、上位の人間なら魔法を扱うのが一般的で、ベテランの傭兵であるバーグもまた…否、彼のそれは並の魔術師並の威力と速度の代物だった。


「くっ…」


バーグの放った人の胴体ほどあるサイズの火球を真横に跳躍する事で回避したリルフィス。

石造りの競技場の床に着弾した火球は、その床を変色させるほどの高熱を周囲に撒き散らして消えた。

派手で分かりやすい魔法の炸裂により、観客席からは歓声が巻き起こる。



立ち上がったリルフィスを見て、眉一つ動かさずに構え直すバーグ。

単純な実力は勿論、いかな状況だろうと相手だろうと油断と言うものをしないのがベテランのベテランたる所以。

まして、傭兵と言う何処で何があるか分からない環境下での達人となると、正面からの不意打ちなど不可能に近い。


剣技を以って魔法を扱う相手にも勝ち進んできたリルフィスではあったが、バーグの域の魔法は剣で対処するのは最早不可能だった。


「何とか距離を…っ!!」


駆け出そうとしたリルフィスに向けて、バーグは魔法で風を放つ。

立っていることそのものが困難な風の直撃にさらされ前のめりにその場に留まるリルフィス。

そうしてこらえている所に、次いで先の火球を放つバーグ。

前のめりの状態から横に飛べるわけも無く、リルフィスは剣の峰を使って火球を叩き…



爆発。



炎に飲まれたリルフィスは後方に転がされたものの、転がった勢いを使って立ち上がる。


高威力の魔法を連発で受けた身で立ったリルフィス目掛けて、盾を前に駆け出し一気に距離を詰めるバーグ。


彼の渾身の袈裟切りをまともに剣で防いだリルフィスだったが、火球に盾代わりにしていた剣が熱と爆発で脆くなっていたため、砕けて折れた。


そして…



「っ!?」



リルフィスが振るった左手から放たれた風の刃が、バーグの右目の瞼を裂いた。

それは、瞼に直撃したにも関わらず眼球にすら届かない程度の些細な刃ではあったが、それでもリルフィスの武器だった。


切られた出血と反射的に閉じ、力の入らない瞼に視界を奪われたバーグに対して、リルフィスは思い切り握った右拳をただ全力で振り抜いた。



全身を使って叩きつける様に振りぬかれた拳を直撃したバーグは、首ごと捻れる様に回って競技場に転がった。



倒れた際にバーグが取り落とした剣を拾ったリルフィスは、起き上がれずにいる彼に剣を突きつけ…




「それまで!勝者リルフィス!!!」




審判を兼ねた王の一声と共に、競技場に歓声が巻き起こった。



頭を押さえながら立ち上がろうとしているバーグに対して、剣を手離したリルフィスが手を差し伸べる。


「見事だ。」


若くして自分を破ったリルフィスに対して、短いながら賛辞を送るバーグ。

ここまで魔法を使えない風を装って戦って来たのは、正攻法で勝てないだろう達人相手に奇襲となる一手を扱う為であったのだが、それに文句の一つも見せないバーグに対して、リルフィスも笑みを浮かべて軽く会釈をする事で返す。



爽やかな交流に巻き起こる拍手の音を横に、バーグは競技場を後にし、リルフィスは傍の観覧席で試合を観戦していた王の元へ歩みを進める。

観覧席前の階段の下で、片膝を地に着け頭を下げるリルフィスを前に、王は席を立つ。


「では、本年の優勝者、リルフィスよ。そなたの願いを告げるがよい。」


打って変って静まり返った競技場で、王の何処か楽しげな声が響く中、リルフィスは立ち上がり…




「俺をセリシアの傍に置いてくれ!」




迷い無く、躊躇い無く、淀みなく、競技場に響き渡るかのような声でそう言った。











翌日、王城の一室に向かってリルフィスは歩いていた。支給された鎧と剣と盾を身に纏い、騎士としての服装で。


姫、セリシアの近衛騎士。

それが、王がリルフィスにつけた役職だった。


騎士として任に当たる事もあるが、訓練等以外は主に姫に付く護衛騎士。

王城で仕事に就く等当然初めてであるリルフィスは、一通り説明などを受け、今ようやく願いに沿って動く事となったのだ。


セリシアの傍…彼女の部屋に。


「どうぞ。」


リルフィスのノックに扉越しに聞こえてくる声。

その短い承諾を聞き届けたリルフィスは、静かに扉を開き、部屋に入る。


華美とは行かないものの、質がいい品で整えられた部屋の中、そのときを待ちきれずにいたのをあらわすように、部屋の中央にセリシアは立っていた。

部屋に入ったリルフィスは扉を閉めると…



「…お待たせ。」

「っ…リーフっ!!」



扉が閉まるや否や、礼儀も何もかも無視して駆け出したセリシアはリルフィスに駆け寄って飛びついた。


「本当に…本当に会えたっ…またっ…」

「当然。って言っても、実際ギリギリになっちゃったからな、心配させてごめん。」


抱きついて泣きじゃくるセリシアの頭を優しく撫でるリルフィス。

しばらくそうしていると、わざとらしい咳払いが響いた。

慌てて離れたセリシアは、隣室の掃除をしていた従者が戻ってきた事に気付き、リルフィスと従者を慌てたままで交互に見る。


「ぁの…」

「誰にも話したりしませんが…表では控えたほうがよろしいかと。」

「は、はい…」


元貧民の騎士と姫と言う立場から、あまり公に親しすぎる様を見せるのは好ましくない事はセリシアも理解しており、部屋に入りきるまで下手に動かず待っていた。

とは言え、セリシア専属の従者である彼女を含め、何人かは彼女とリルフィスの仲は理解している為、本当に王城まで辿り着いた彼を咎めようと言う者はセリシアの周りにはいなかった。


「私は姫の従者です。…よく、お越しくださいましたリルフィスさん。貴方の話は常々伺っております。」

「あ…っと、丁寧にどうも。学がないから言葉遣いとかはしばらく見逃してもらえると…」


慣れない言葉遣いを思い出しながらたどたどしく紡ぐリルフィスを見て、小さく笑いを漏らす従者。


「ふふっ、承知しました。でも、騎士として早めに覚えて下さいね。」


セリシアにまで揃って笑われて、リルフィスは言葉に詰まって頭を抑えた。






そうして近衛騎士となったリルフィスは、通常の騎士の訓練をこなしながらセリシアの傍らに立ち続ける日々を送った。

自身の膨大な魔力を制御できずに災厄と呼ばれているセリシアも、リルフィスが傍らにいる中での修行にはいっそうせいが入った。


今のセリシアの魔力の暴走。それはつまり、リルフィスを危機に陥れる事。

国の危機と言うよりはっきりと大切なものが傍にある環境での修行は、それまでよりもまじめなものだった。


それでも…


「っ…ぁ…ぅっ…」


制御しきれない力に押されて、身体を抱え込むようにして崩れ落ちるセリシア。

その身体に、傍についていた魔術師達が補助のための魔法をかけ、暴走する力を押さえ込む。


「やはり駄目…か。」

「す…みません…」


王の呟きに、抱えた身体に力を込めながら苦しげに答えるセリシア。

近衛騎士として当然傍らについているリルフィスだが、技量はともかく、所詮貧民街出身の孤児に過ぎなかった彼には高い魔力はなかった。

少量の魔力消費で済む魔法であれば多彩かつ繊細な扱いができるが、国を滅ぼすとされるセリシアの膨大な魔力を前に何も役立つことはできなかった。











そんな、先が見えない日々が続いたある日…それは起きた。




「俺達に死ねってのか!」

「ふざけないで!」

「災厄の姫を殺せ!!」


城下町から詰め寄る群集。その怒号。

城の中にいても響く声に、王は頭を抑えて俯いた。



幸か不幸か滅びの日自体は判明していた。

その為、それまでに回避の兆しが見えればと、内密にしてきた災厄の話が市民に漏れたのだ。

一部に漏れれば当然それは市民全ての知る所となり、この一件を伏せてきた王城へ群集が押し寄せたのである。


彼らの訴えは至極全うなものだ。王自身それは分かっていた。

家族を死なせたくないからセリシアを生かしてきたのだ。

その姫一人のために、彼ら全てが自身を…家族を危機にさらされている現状、非難がくるのは必然だと王は理解していた。





「ご心配おかけして大変申し訳ありません。」


唐突に、凛とした声が響いた。

それまでの怒号を断ち切るかのごとく堂々としたその声は、セリシアのものだった。


王は王妃と共に、慌てて城の外へ向かう。


「滅びの時までに予言を回避する…その才が私に身に付きさえすれば、家族を失わずに済むと父と母は今までこの事を伏せて来ました。大切な人がいるでしょう皆様もその気持ちだけはどうか汲んでください。」

「だ、だからって」

「当然、だからと言ってこのまま滅びの時など迎えたりさせません。」


城の外へと向かいながら、二人は続けられるセリシアの独白を聞き続ける。


「全ては魔力を制御できずにいる私の未熟が原因。ですから…滅ぶのは、私一人だけでいいです。近い内に終わらせると約束します、私の無力でご心配おかけした事、重ねてお詫びいたします。申し訳ありませんでした。」


二人が辿り着く前に、セリシアはそこまでの全てを言い終えてしまった。


独断での…しかし、それでも姫本人による宣言。

王族の一人として、それは今更なかった物とできるものでもなく…また、数多の命がかかわる事柄のため、なかったものとすべき発言でもない。



笑顔で自身の死を名乗り出たセリシアを前に、その死を願っていた大衆すら誰一人声を発することができなくなった。







その頃リルフィスは、訓練場で騎士長と戦っていた。

セリシアが語りだす前に、訓練に呼び出されたのだ。

当然、セリシアの声が聞こえ始めた所で駆け出そうとしたリルフィスだったが、騎士長はそれを阻むように立ち、戦う事になったのだ。


「っ…どけ!」


怒りに満ちたまま地を蹴ったリルフィスが振るった剣は、騎士長に防がれて訓練所に甲高い金属音が響き渡る。

そのまま競り合わず、足を大きく開きながら沈み込んだリルフィスは足をなぎ払うように追撃を振るう。

咄嗟に後方に跳躍した騎士長だったが、その脛当てを切っ先が捕らえて断ち切る。


着地直後に逆袈裟に剣を振るう騎士長。

その一撃を剣で受けたリルフィスは、強力な斬撃によって押される。

それでも姿勢を崩さずこらえ、剣を構えなおすリルフィス。


その様子を眺めていた騎士長は無言で手を翳し…


炎を放った。


咄嗟に横に跳躍して回避するリルフィスの姿を見ながら、騎士長は小さく肩をすくめた。


「お前の魔力では相殺できないから回避するしかない。」

「だったら何だ。」

「姫が今尚魔力の制御ができないと言う現実も同じ事だ。」


平坦な口調で告げられた騎士長の言葉に、剣を握る手を震わせ歯をかみ締めるリルフィス。


「っざけるな!だからって何でアイツ一人が罪人みたいに殺されなきゃならないんだよっ!」

「貴様はそうやって吼えてればいいがなっ!!」


事務的に、感情を見せないようにしていたはずの騎士長が唐突に上げた怒鳴り声。

礼を重んじ、自身以外は言葉遣いから生活態度まで出来たものの多い騎士の中でも、特に出来た騎士だとリルフィスですら思っていた騎士長。

号令や叱咤など以外でこんな感情的な声を聞いたのはリルフィスも初めてで、驚き押し黙る。


「自分が原因で民を、家族を、我々を…お前を殺す事になる姫の心を一瞬でも考えた事があるのかっ!!!」


平静を保てず表情を歪ませながら叫ぶ騎士長。

その言葉に込められた怒りと、セリシアへの優しさ。

怒鳴り声を上げるほどには冷静でなかったリルフィスですら、それらを感じ取ることが出来た。


「そもそも俺はアイツを死なせる気なんてない。予言に怯えて保険で死ぬって言うなら、アイツにだって怒るさ。」


淀みなく言い切るリルフィス。

駄々のような言葉を糧に、本当に予言の時までに力を身に付けた彼の事は、かつて彼にセリシアの言葉を届けた騎士長も評価していたが…


「それが出来ると言うのなら、貴様の魔法でこれを破ってみせろ。」


剣は騎士長すら押し切れないほどの代物となっているリルフィスだが、素養に左右されやすい魔力は低いままで、弱い魔法の細やかな扱いこそ努力によって磨かれているが、それでも本物の魔法と打ち合って破れるほどのものにはなっていなかった。


現実は現実。

それを示すための騎士長の挑発。


大口を叩いた身として逃げることも出来ず、示された絶望を破るべくなけなしの魔力を用いて火球を放つリルフィス。

だが、直後騎士長が放った風の魔法によって、リルフィスは自身が放った火球ごと返され壁に叩きつけられた。


「っ…く…そ…っ!!」

「大したものだが…それでもどうにもならないこともある。それだけだ。」


歯を食いしばって歩を進めようとするリルフィスに対して、騎士長は剣の峰を振り下ろした。








リルフィスが目を覚ますと、傍らにセリシアの姿があった。


「ごめんなさい…私が騎士長に頼んだんです、リーフが私の声を聞いたら止めに来るって思ったから。」

「当たり前だっ!っ…」


飛び起きようとしたリルフィスだったが、頭に峰打ちを受けて気絶させられた為、興奮気味に飛び起きた事も相まって激しい頭痛に襲われ、頭を抑える。

そんな彼に重ねるように手を乗せ、ゆっくりと撫でるセリシア。


「大丈夫?」

「大丈夫って…俺に聞いてる場合じゃないだろっ…」


痛む頭を無視するように手を離したリルフィスは、傍のセリシアを睨むように見た。


「あんな事言ってどうする気だよ、本気で死ぬ気じゃないだろうな!?」

「結局…駄目でしたから。」

「馬鹿げてる!起こってもない予言の保険に何一つ悪くないのに死ぬなんて!!」


リルフィスの悲鳴にも似た声に対して、セリシアは目を閉じて首を横に振った。


「私が耐えられないんです…私が原因で起こる可能性が高い大切な人たちの滅びの結末に。それに、リーフの事は信じられても、結局貴方が傍にいてすら自分の力を制御できてない、そんな私が予言を覆せるなんて、信じられないから…」


否定の声を上げようとしたリルフィスだったが、開かれたセリシアの瞳を見て息を呑んだ。

彼女が涙を流していたから。


「死にたいわけじゃないです…でも、死なせたくないんです!」

「ぁ…」


涙を流しながら懇願するかのように告げられたセリシアの言葉は、リルフィスに騎士長の言葉を思い起こさせた。


『自分が原因で民を、家族を、我々を…お前を殺す事になる姫の心を一瞬でも考えた事があるのかっ!!!』


滅多に語気を荒げる事の無いセリシアの叫びと涙を目の当たりにして、リルフィスは何も言えなくなる。

沈黙するリルフィスに歩み寄ったセリシアは、リルフィスの頬に手を伸ばし…




背伸びして、口付けた。




互いに無言の時が流れ、しばらくした後離れたセリシアはまるで子供のように舌を出して笑う。


「無名の騎士相手にこんな真似、王族として本当は駄目なんでしょうけれど…死んじゃうのに良いも悪いも無いですしね。もう悪い娘でいいです。」


呆然と立っているリルフィスを前にセリシアは手足を揃えて意を決するように息を吸い込んで…


「私はリーフが…リルフィスが大好きです。」



これ以上ないほどに暖かな気持ちの篭った飾らない告白を耳に、リルフィスははじかれたようにセリシアの体を抱きしめた。













そして、伏せることなくその死を民衆に報せ、安心させられるように。

そのために、まるで公開処刑の如く晒して殺される事が決まり…




その前夜、リルフィスはセリシアの部屋に現れた。



「リルフィス?」

「前夜だからな、外は警戒されてるけど来てもいいってさ。」



逃亡などを画策されぬよう今まで面会すらかなわなかったリルフィスだったが、王の計らいで最後くらいはと接触の機会を設けられた。

振って沸いた再会に笑みを浮かべたセリシアだったが、最後の再会と言う割に悲痛な面持ちでも喜びの笑顔でもなく、真剣な表情をしているリルフィスに違和感を覚え…




「逃げるぞ。」

「え?」



リルフィスの予想外の言葉に硬直するセリシアに対して、リルフィスは懐から地図を取り出した。

城から離れた山中に印がつけられており、城と城下町を包むように円が描かれ、印を中心にも同じサイズの円が描いてある。


「この円が魔力の暴走で吹っ飛ぶってされてる範囲だ、この山中まで離れてれば、城滅びたりしないだろ。」


印の意味を、地図を指差しながら説明するリルフィス。

フォルトフィード城と城下町が一望できる…それでも遠い山。


「予言の日までこの辺で過ごして…何もなかったら帰ってこよう。俺は君の近衛騎士だからな、万一本当にどうにもならなくても、最期まで付き合うよ。」

「リーフ…」


最期までというリルフィスの言葉に、自身のせいでリルフィスを死なせてしまうという結末を恐れるセリシアは、俯いて涙を流す。

涙の理由を察したリルフィスは、泣いているセリシアを抱きしめる。


「俺が君の前で一人死んだら嫌だろ?逆も一緒なだけだ。俺を一人置いて行かないでくれ。」

「っ…はい…」


壊れものを扱うかのように優しいリルフィスの声と腕に包まれながら、セリシアもそれに応えるように彼の身体を抱きしめ返した。






しばらくして、部屋の中から適当な重さの壷を手に取ったリルフィスは、扉の死角になる位置に立ち、そこから窓の外に向かって壷を放り投げた。

けたたましい音と共に窓を破壊して外へ飛んでいく壷。

と同時に、警戒のために入り口についていた見張りが二人飛び込んでくる。


死角から飛び出しての当身で見張りの二人を叩き伏せたリルフィスは、『ごめん』と書いた紙を置いて、割った窓から城を出た。


城の石壁に向かって剣を振るって欠けさせて、手や足をかける場所を作って下りる。

城の二階。この程度の高さならリルフィス一人なら飛び降りられるのだが、セリシアを降ろすために半分程度の高さの位置にしっかりと立って、窓から降りるセリシアの補助をして、先に下ろす。


「さて…と。セリシア、思いっきり濡れるけど大丈夫?」

「あ、はい。…と言うか、死んでしまうよりは何があっても大丈夫。」

「それもそうか。」


苦笑交じりのセリシアの返事に、抜けた質問だったとリルフィスも笑う。

そして…



水路に飛び込んだ。



生活に使用、敵襲の直接の進入妨害などの為にある、城を囲む水路。

川を利用したそれは、当然町にも川にもつながっている。



一年前まではリルフィスが住処としていた貧民街。

その付近を通る水路から顔を出したリルフィスとセリシアは、そこから町を抜けようと駆ける。


が、唐突に足を止めたリルフィス。

セリシアが不思議に思いつつもそれに習うと、家屋の影から一人の人影が姿を見せた。


「騎士長…か。」


驚くでもなく自身を見据えるリルフィスの姿に、騎士長は評価するつもりで小さく笑みを浮かべる。


「貴様が正攻法で抜け出るとは思わなかったのでな。」

「騎士長…あの」


説得に出ようとするセリシアを手で制して前にでたリルフィスが剣を構える。

対して、騎士長は左手に炎の球を作り出した。


剣こそ騎士長すら恐れる腕前のリルフィスだが、魔法では魔力の少ないリルフィスには勝ち目がない。


そんなことはリルフィスにもわかっていた。


「なっ…」


リルフィスは剣を投げた。

騎士の命の上魔力の乏しいリルフィスにとっては生命線とすら言える武器の投擲。

騎士長にとってもそれは予想外だったが、反応出来ない距離ではなく、魔法を放とうとしていた左腕の盾で剣を弾き飛ばす。

魔法の発動を阻害した一瞬で距離を積めたリルフィスは…


騎士長の顔面に向かって拳を振り抜いた。


「ぐ…っ!雜な事を!!」


よろけたものの、それだけで倒れる訳もない。

騎士長は剣を引いた腕を踏み込みから突き出す。

リルフィスは動きやすさを取って支給されている基本装備である鎧の類いをほぼつけていなかった。

そんな彼を行動不能にするために、殺さずに止めようとしたが故に、肩口を狙って放たれた突き。

自身の正眼から既に逸れていたその突きを、リルフィスは素手のまま剣を裏拳で殴る事で外す。


そして、既に殴って潰れている鼻先に向かって綺麗な弧を描く上段蹴りを放り込んだ。


「…フルフェイスタイプにしたらどうだ?」

「余計なお世話…だ…」


同一箇所に放り込んだ二度の強打は、人一人を倒すには十分だった。

額当てだけつけていた結果だと思ったリルフィスは素直に案を出したつもりだったが、騎士長にしてみれば皮肉以外の何物でもなく、絞り出すように返す。


意識は保っているが動く様子はない。

そう判断したリルフィスは、剣を拾い上げてセリシアと共に走り出した。




夜の静けさを取り戻した貧民街で、騎士長は一人深い息を吐く。


「(本当に負けるとはな…)」


かつて、自分を越えて城に来ると言い切ったリルフィス。

本当に姫が殺される段に至ってそれをやって見せた背を見ながら、騎士長は笑みを浮かべた。


「(戻ってきたら貴様の下にもついてやる、姫を頼むぞ馬鹿野郎。)」


口にできない粗野な言葉が自然と浮かぶ、騎士らしさの欠片もない…最高の近衛騎士。

姫の手をとり駆けて行ったその姿を思い浮かべながら、騎士長は型にはまりっぱなしの自分を笑うように微笑み、そのまま目を閉じた。








翌日ことの顛末を聞いた王は、二人を捨て置くよう指示をだし、玉座で紙を開く。


それは、リルフィスが王にのみ届くようにとセリシアの従者に預けておいた手紙だった。

セリシアにも見せた地図と暴走の回避を試してくる説明に同封されていた手紙を、王は繰り返し眺める。


『滅びがセリシアのせいなら一緒に死んでくる。もし戻ってきたら俺は処刑でも構わないけど、その前に絶対セリシアに謝れ。見張りを撒いてまで見たかった国の人達に殺されそうになった身になってみろ。』


学がなく汚ない字で書き綴られた、騎士のそれには全く見えない手紙を丁寧に折り畳むと、王は背もたれに全てを預けるようにもたれ掛かり、声をあげて笑った。


「お、王…笑い事では御座いませぬぞ。」

「笑わずにおれんのだ。忠臣たるヌシや騎士長より、親の儂より余程…姫を任せるに足るのが、生活苦にあったはずの子供とはな。」


国の中でアレコレと悩んでいた自分達。

それを丸ごと出し抜いて、たった一人でセリシアと国の安全を纏めて確保して見せた。


「(娘を…頼む。)」


王は全てを託し、祈るように目を閉じた。









城下を上手く逃げ延びた二人は、予定通り山をしばらく登ると、見晴らしのいい丘に着いた。


「わぁ…」


遠くに霞む王城と城下町を一望できる丘に、思わず感嘆の声を漏らすセリシア。

彼女に続くようにして城を見たリルフィスは、一息吐いてうなずいた。


「この辺で過ごす事にしよう。ここからなら城から誰か向かってきても見えるし。」

「ええ。」


小さく霞んで写る、城と城下町。

丘からそれを眺めながら、セリシアは胸を押さえた。


「…よかったの…かしら。」

「え?」

「町の人々は、不安を抱えたまま予言の時を迎える事になる。私の幸せのためだけにそうなるのが…はぅっ!?」


自身の死を願っている町…それでも、その理由を十二分に理解しているセリシアは、怒るどころか町の人々の心配をして、そんなセリシアの言葉を止めるように、歩み寄ったリルフィスが彼女の背中を平手で強く叩いた。

加減こそされていたとはいえ騎士として鍛えているリルフィスの力ではたかれたセリシアは、その背中を軽くそらせながら息を詰まらせる。

そんなセリシアの隣に並んだリルフィスは、呆れたように大きく息を吐いた。


「暴走の範囲は抜けたんだ。予言を回避したいって気持ちはともかく、これでもセリシアに死んでほしいって言うならただの殺人集団だ。」


故郷の人々を纏めて軽蔑したようなリルフィスの言葉にセリシアは肩を落とす。


「そんな言い方…」

「わかってる。俺達の故郷は、フォルトフィードはそんな所じゃない。…だから、逆に言えば、もうセリシアが死ぬ必要なんて無いんだ。」

「ぁ…」


そして、優しい笑みで続けられたリルフィスの言葉に、しばらく呆然としていたセリシアは、それが故郷を信じるものだと気づいて笑みを浮かべた。


「後は…予言を乗り切るだけ。」


丘の上。リルフィスはそう言ってセリシアの顔を真っ直ぐに見て、歩を進める。

距離を詰める。


零にする。






「俺は姫が…セリシアが大好きだ。」





しばらくして口付けていた顔をゆっくりと離したリルフィスは、改めて気持ちを告げた。

城の騎士を外れた場所で、王も姫も無い今この時まで、リルフィスからは言うに言えなかった気持ち。


城でセリシアからした告白になぞらえた、はっきりと覚えている事を示すリルフィスからの返しに気づいたセリシアは、飛びつくようにしてリルフィスに抱きついた。





















予言の日の前夜、神々しくすら見える月明かりに照らされた丘の上、セリシア透き通るような夜空に浮かぶ月を見上げていた。


「不安?」


そんなセリシアを少し離れた場所で岩に腰掛けて見守るリルフィスが、短く問いかける。


「正直…今すぐここから飛び降りてしまいたいくらい。」

「ちょっ…」


死んでしまえば魔力の暴走なんて起こらない。

こんなタイミングでそんな危険な台詞が飛び出して、慌てて立ち上がったリルフィスを振り返り、セリシアは微笑みを浮かべた。


「そのつもりだったら言わないから大丈夫。」

「…嫌な大丈夫だよ、まったく。」


自分が慌てるのを見ながら笑うセリシアに、思ったより平気そうだと少し安心するリルフィス。

もちろん無理はしているんだろうけれど、頑張れば気を紛れさせて笑える程度の状態ではあると言う証明でもある。

故郷ごと死ぬかもしれない時にそれだけ出来る状態なら、十分だった。


「リーフ…今更だけれど、どうしてここまで?」


セリシアの問いに、リルフィスは意外な質問をされたと思って即答しようとして、言葉に詰まった。命がけでセリシアを庇うほどの理由には遠いものしかない気がするのだ。


「初めてまともに一緒に過ごした可愛い女の子が、『死にます、理由は予言です。』なんて伝えられて頭にきたんだ。確かに命がけには足りないのかもしれないけど、そんな必要ない…そう言ってあげたかった。」


笑って告げたリルフィスの言葉を聞いて目を伏せるセリシア。


「もしそれほど理由が無いなら、せめてリルフィスにも安全な場所で待っていて欲しい。」

「馬鹿言うなよ、あるだろ?それほどの理由。」


リルフィスを巻き添えにしたくないセリシアは退避を願うが、リルフィスはそんな彼女に対して笑いながら自身の唇を指差した。

目を開いてそれを見たセリシアは、頬を染めて視線を泳がせる。




直後、大きな脈動を感じると共にその場に崩れ落ちた。



「っ…ぁ…」

「セリシア!っ…なんだよ、まだ日が変わるには早いぞ!?」


月を眺めていたのは位置から時間がわかるからであり、明らかに予言の日は迎えないタイミングだった。


けれど…セリシアの身を襲う魔力の暴走は、国を滅ぼすと予見された力を十分に持っているそれだった。



「っ…ぁ…これ…駄目…」

「セリシア!」

「リーフ…に…にげっ…あ…ああぁっ!!」



最期の最期。

その時くらい奇跡でも起きないかと、いや、やれる全てでなして見せると思っていたセリシア。

けれど、その覚悟は一瞬で無意味なものとなった。


今まで幾度か漏れ出た魔力の奔流が部屋、城を揺らす程度の事はあったが、今回のそれは一瞬で丘を満たす力の波となった。


放たれた魔力の奔流に飲まれ、リルフィスは…



溢れかえる魔力の奔流に身を裂かれながら、リルフィスは確かに一歩踏み出していた。



「っ…なにを…っ!」


苦痛に耐えながら驚くセリシアを前に、リルフィスは一歩、また一歩とその距離を近づけていく。


「やぁ…駄目っ…逃げて…」

「逃げないよ、最期まで一緒だって言ったろ?」


動くこともままならず内側から自身を食い破ろうとしている力を持ちうる全てをもって押さえ込もうとするセリシア。

ただひたすらにそんな彼女に歩み寄ったリルフィスは、とうとう彼女を抱き締めた。


「馬鹿…です。」



一瞬、全ての苦痛を忘れたセリシア。

結局離れてくれなかったリルフィスと最期を迎えることになったが、それでも自分のために命をとしてくれたことが嬉しくて…






「俺が合図したら全部の制御を手放してくれ。」






リルフィスが放った一言は、まるで何かの案を実行するような口調だった。

だからこそ、セリシアは一瞬訳がわからなかった。

彼女の理解が追い付く前に、リルフィスは言葉を続ける。




「どうあっても君じゃ制御できないんだろ?だったら…俺がやってみる。」

「っ!な、何言って…人の魔力の制御なんて出来るわけ」

「そんなことない。増幅とか自然の力の利用だってちゃんと機能するんだ、ちょっと借りて使えるなら、全部だってできる筈だ。」


話の最中にセリシアは言葉をつまらせ歯を食い縛る。

魔力の暴走の収まりがつかなくなりつつあるのだ。


漏れ出た力の奔流に再びその身を裂かれながら、リルフィスは続きを笑いながら告げた。


「勿論、俺より君の方が上手いって言うなら、任せるけど。」

「ぅ…それは…」


災厄の姫と呼ばれ、その原因となっている魔力の制御を今の今まで出来ていないセリシアに言える筈もない台詞。

口ごもったセリシアの背中に回した腕に軽く力を込めたリルフィスは…




「任せろ、この賭けは成功する。俺と予言者、どっちを信じる?」




予言に振り回され死を突きつけられたセリシアに、未来を予言した。

特筆すべき力を持たない、それでも、もっとも信頼できる人の見せてくれた可能性。


自身は信じられなくても…そんなものを否定できるわけがなかった。



「…け…」

「ん?」

「た…て。」

「聞こえない、もう一声。」



セリシアの声は掠れるほど小さいものだったが、抱き合って、互いに耳元から声がしている以上聞こえていない筈がない。


リルフィスの悪戯っぽい声に…




「貴方と未来が見たいのっ!!助けてリルフィス!!!」




感極まったセリシアが叫ぶと同時に、不可視の筈の力がまるで光のごとく辺りを満たした。












光。

リルフィスの意識を満たしたのは、光だった。


白に見える筈で、しかし虹色にも見えるような光に満たされながら、リルフィスはそれを捌こうとする。


そして、すぐに気づいた。




「(あれ…こんなに簡単だったのか?)」




それは、無自覚のままリルフィスが身に付けた力。

自身のうちに有する力があまりにも少なかったがゆえに身に付けた力。

才ある魔術師は必要としなかった…故に誰も知らなかった力。



他者の制御下に無い力を制御する力。



無論、現存する魔術師達も自身以上の力を行使する際に魔法陣や薬品等の下準備を以て周囲の力を使用した、セリシアの練習補佐を任されていた魔術師達も、彼女の魔力を抑え込もうとした。


だが…無力な貧民から騎士長に打ち勝とう等と志して鍛えてきたリルフィスのそれは、既存の文献や先人の扱えた力を参考に磨いた城の魔術師達とはけた外れの代物となっていた。


まして、セリシアが彼を信じ全てを委ねた今、余計な淀みの一切はなく、また、魔法として発現させる必要もなくただ力を逃がすだけでいい今、彼にとってはあまりにも簡単で…




「(簡単…だけど…っ!)」




それでも、城を滅ぼすとまで言われた彼女の力は、あまりにも大きかった。

制御の全てを請け負っているリルフィスという一つの出口に、雪崩のように魔力の流れが押し寄せる。



それでも、その制御を手放せば自身が弾け飛ぶ…否。




「(しくじったら…セリシアが死ぬんだよっ!!諦めるか、諦められるかっ!!!)」




未来を見たいと交わした、死を押し付けられていた、大切な人。

ここで諦めれば彼女のすべてが終わってしまう。




諦められるわけがなかった。









光。

幼き日からセリシアを苦しめてきた、災厄と呼ばれた力は今、彼女の目の前で光の翼となっていた。



リルフィスの背から伸びる翼は何一つ傷付けず、まるで宙を虹色に染め上げるかのように広がっていく。



「(…そっか。)」



これまでになく大きな魔力の奔流は、それでいて何一つ傷つけることなく、寧ろ踊るように彼女の身体から抜けていく。

その光景に、セリシアは今更ながらに全てを理解した。


どう封じるかと悩み苦しんできた光は、ただ外へつれていってあげればよかっただけの友だったのだと。


「(貴女は…私の力は…別に何一つ苦しめようとしてなかった。)」


涙を流しながら、セリシアは宙を見る。

夜の闇を紺色に変えながら空に舞い上がる、虹色の翼を。



「(私の力なんだから…傷つけたいわけ無いよね、フォルトフィードも…リーフも。)」



今の今まで自身を苦しめ続けてきた光に包まれながら、セリシアはまるでゆりかごに揺られるかのように目を閉じた。












いつ意識が途絶えたのか、リルフィスはゆっくりと目を開く。

空が見え、同時にそれを理解する。



上手く…いったんだ。



失敗していてあの距離で自分が生きているわけがない。

生きていた、それこそがセリシアを救うことができた証明だった。



くたくたの身体だったが、すぐにでもセリシアの姿がみたいと飛び起き…








視線の先に、バーグに斬り裂かれるセリシアの姿があった。








「…………………………は?」








事態についていかないまま、リルフィスは呆然と息を吐いた。















数日前。


「…で、何の用だ?」


城の一室に内密に呼び出されたバーグは簡潔に要件を聞こうとすぐさま問いかける。

対して、問われた大臣はゆっくりと深くうなずいた。


「セリシア様を…予言の日までに殺して欲しい。」


大臣の依頼内容は想像できないでも無かったのか、バーグは特に顔色を変えずに大臣と向かい合っていた。


「…何故だ?あの坊主が姫を連れ立って山に向かったのだろう?距離的に安全だと判断したと聞いたが。」

「さすがに耳が早い。」


バーグの言葉が真実だと言外に告げながら、大臣は一枚の古い紙を広げる。


「高い山だ、記録上残っておる『噴火』の範囲はここまでに及ぶ。」


言いつつ大臣は、開いた紙…古い地図を指でなぞる。

それは、城に届くではなかったが、かなり近い範囲まで示していた。


「山頂には住めんだろう。となると、山の中腹におられる筈。そんなところで姫が魔力を暴発させれば、城側の斜面から噴火が襲ってくる可能性がある。」

「姫がいないから大丈夫と言うものでもない…と言うわけか。」


顔をしかめたバーグに頷いた大臣は、歯ぎしりをしながら続けた。


「フォルトフィードの為ならばこの身を焼かれる覚悟はあると言うに、何故姫が…だが、儂は…」

「王としてもこの話だけで、せっかく逃れた娘を殺せまい。情に厚い方のようだからな。だから…貴方がその業を引き受けようと?」

「…そんな大層なものではない。ただ…この国を、フォルトフィード王家を護りたいだけだ。」


言いつつ大臣は、革袋に入った硬貨をバーグに渡す。依頼の内容が重いとは言え、決して安くはない額と持っただけでわかる袋を手に、バーグは大臣を見る。

当然、国からでた資金ではない。ならばどこから?


「儂の懐からだが…やはり不服か?」


バーグの視線だけでの問いかけを察した大臣は、苦い表情で答えた。

決して少なくはない額、それを大臣とはいえ個人で払う。

驚きを隠すことなくバーグは口を開いた。


「十分すぎるほどだ、だが、良いのか?」

「それに関してはこちらが聞きたい、『王女の暗殺』など、理由の遺憾とてお主の経歴に泥を塗ることになろう。」

「成る程な。」


通常の依頼の10倍近い額を寄越した訳に合点がいったバーグは自身を気遣う大臣に対して笑みを返す。


「元より受けた依頼をこなしていたら知れただけの名声だ、貴方が間違っていると思うなら断るだけの事。気に病むことはない。」

「…感謝する。」


深く頭を下げた大臣に背を向け、バーグは部屋を出た。

後に残された大臣は、一人天井に目を向ける。


「王よ…姫よ…この老骨の命で代えられるものならばいくらでも代える覚悟はありますが…」


言いながら閉じた大臣の瞳から涙が零れた。


「このフォルトフィードを見捨てることは…儂は…」


王家に逆らわなければ滅びかねない王家。

その矛盾にこそ苦痛を覚えながら、大臣はそれに耐えるように拳を握って静かに涙を流していた。










そして…


「何とか間に合った…か。」


月明かりに照らされた丘の上で、バーグは血濡れの剣を一振りして血を払った。


ピシャン。と、傍の岩に叩きつけられた血の雫の音が耳に届いて、リルフィスはようやく我に返る。



「は…ぁ…あああああああぁぁっ!!!!」




激昂。

感情任せに手にしていた剣を振りかぶって突っ込んだリルフィスの剣はバーグにあっさりとかわされ、逆に放たれた回し蹴りを急所に直撃して丘の上を転がっていく。


「考え無しは子供の特権だな…お前はそれでここまで来た訳だが。」


倒れたリルフィスを見て、バーグは剣を収める。


「恨み言なら好きにするがいい、俺はただの傭兵だからな。」


それは、城を町を、命を賭して護ろうとした大臣への、リルフィスの怒りを、町民でない自身へ向けるための言葉。

だが、リルフィスは気づかない無いほど考え無しではなかった。




傭兵が金を支払う『誰かの依頼』で動く事に気づかない程、考えなしではなかった。




倒れたままで、掌を見るリルフィス。

自身の掌を、セリシアの魔力を制御した掌を…




自分以外の力を扱える掌を。




触れているのは、風の力。

流れを持つそれは、集めようとすれば無くなったところに向かって周囲から引き寄せられてくる。


「これは…お前は…っ!」


リルフィスが束ねる力、それが彼の…否、並の個人の持ちうる力をやすやすと超える域にあることに、手練であるバーグもすぐに気づく。


そして…



リルフィスが解き放った風の刃は、相殺しようとしたバーグの魔法を貫いてその全身を裂いて吹き飛ばした。

全身を刻まれたバーグは、そのまま丘から落ちていく。


無表情でそれを見送ったリルフィスは、ゆらゆらと歩いて丘の先端へ向かう。




斬られて倒れているセリシアの元へ。




深々と斬られて無残に吹き出た血溜りにうつぶせに倒れているセリシア、その体をゆっくりと仰向けにして抱き上げる。


斬られたのが背中で、周囲の草花が血をせき止めたせいか、その顔は眠っているように綺麗だった。

けれど…冷たい。動かない。



丘の先端にいて、背中から斬られた。


未来を繋いだ彼女が、その先に見ていたもの、写していたもの。




城。




傭兵バーグに彼女を殺せと命じた場所。




「こんなっ…こんな話があってたまるかああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」




二度と動く事の無いセリシアの身体を抱えたままのリルフィスの声が夜の闇に響き渡った。













爽やかな風が吹く丘、遠く霞がかって城が見えるその丘にセリシアの亡骸を埋めたリルフィスは、遠く小さな城を眺めていた。

予言の日、当日。日の光がその回避を祝福するかの如く降り注ぐ光景を眺める。


「死ななくたって…よかったのに…」


呟きながら目を閉じた所で頬を伝う感触に自身が泣いている事に気づいたリルフィスは、拳を硬く握る。



セリシアの強大な魔力の発現と消失、それを感知しているだろうフォルトフィード王国では、今頃『歴戦の名勇の活躍により災厄の姫セリシアは死に、予言は回避された。』と盛大に言われているだろう。

悲劇の回避に…セリシアの死に歓喜する民衆の様を想像したリルフィスは、膝を突いて握り締めた両の手を地面に叩き付けた。



「アイツはっ!関係っ!!なかったのにっ!!!」



予言の災厄は殺した、予言の破滅は滅ぼした、だから私達は大丈夫、だから私達は救われた。


『本当に』何の責めも負う必要のないセリシアの死によって自分達は救われたと喜ぶ人々の様を思い浮かべ、リルフィスは何度も地面を叩く。



何度も、何度も、何度も―



やがて、地面が叩きつけた手の痕に凹んだ頃、リルフィスは立ち上がった。


掌を見つめる。

自分以外の力を制御できる魔法技術の極み。セリシアの魔力の暴走を…滅びの魔力の制御をし切った自身の掌を見つめる。

世界の力を…その一端である風の持つ力を制御した自身の掌を見つめる。


周囲の力…風の力を集めるリルフィス。

それは昨晩バーグを葬った時ほど繊細で、それは昨晩収めたセリシアの暴走ほど大きく…


空の総てを翔る風は、際限なくリルフィスの手によって束ねられていく。



「…そんなに…予言に沿いたいかよ。」


リルフィスは、呪詛の如く冷たい口調で呟きを漏らした。


『暴走の範囲は抜けたんだ。予言を回避したいって気持ちはともかく、これでもセリシアに死んでほしいって言うならただの殺人集団だ。』


助かっていたはずの、助かって当然だったはずの、予言と何の関係も無かったはずのセリシアを、念のために殺した、セリシアの故郷の…殺人集団。それ等が居座る国を見据える。


「予言を外そうと何もしなかったくせに…自分達だけ助かりたいかよ…」


自分のしようとしている事の罪を、リルフィスは十二分に分かっていた。

だけどそれでも、セリシアを殺したから救われたと言う状況が、どうしても許せなかった。




「怯えながら楽して救われようとしてアイツを殺したから…そんな奴等だから…」




セリシアを殺した『せいで』予言が成就した、と言う結果にする。

ただその為だけに―







「予言通りに滅ぶんだ。」


短く呟いて、その手の風を解き放った。











魔術師として高い力を持っている王。

故にセリシアに膨大な魔力が継承されたわけだが、自身の娘であり、危険因子でもあったセリシアの生死については離れていても感じることが出来ていた。


それ故に、王はセリシアの死を感じ取った朝、町に向けて大々的に彼女の死を明かした。


安堵の息を漏らし、それでも歓声を上げるには至らなかった町の人々を見て、王はそれ以上何も言えずに玉座に戻った。



王は見ていたのだ、セリシアの魔力によって出来た夜空を染める翼を。



それが収まり、その少し後にセリシアの死を感知した。


「リルフィスが…抑えたのだろうな…」


セリシアが突然制御できるようになったとは思い辛く、また、脱走にあたり彼の部屋に残っていた資料から周辺魔力を使用した大魔法についての書物がいくつか見つかっていた。

そこから、リルフィスが暴走するセリシアの魔力を制御してみせたものの、完全に護りきることはできずに息絶えてしまったのだと推察していた。


そんな王の前に、大臣が姿を見せる。

そして…





「……………は?」




全ての罪を告白して自身の命を捧げる気で現れた大臣に告げられた真相を聞いて、王は硬直した。

その顔にあったのは、責めるでも、怒るでもない王の姿。


硬直したまま、思考だけがぐるぐると回るように王の頭を埋めていく。



暴走のダメージが原因で死んだのなら、少し死までの時間が長いとは思っていた。



けれどもし、暴走の全てを完璧に制御しきって疲弊したリルフィスの前に飛び込んできたバーグがセリシアを殺害したと言うのなら…



幼子の時より鍛えて城まで辿り着き、文献を漁り身に付けた技術を持ってセリシアを救い、恐れていた予言にセリシアが関係ないことを知って…





そんな最中、予言を恐れた我々によってセリシアが殺されたのだと思ったのなら…





ゾワリ。


と、王の背に寒気が走った。

魔力を扱う才に長けている者なら分かる、強大な魔力の動き。

暴走などまるで無い、制御されている。




周囲の魔力を使用した大魔法。




リルフィスがセリシアを救うために集めたと思われる文献。

そして、先に予想した、リルフィス最悪の絶望。



「っ…すまん…すまない皆っ!!!」

「は…」



涙を流しながら大声で謝罪しながら、王は魔法陣を展開し…




「おおぉぉぉぉ!!!」




玉座の間の壁をたやすく打ち砕く暴風が、王の手より放たれて…




外より来た滅びの風に一瞬の拮抗も無く、城ごとその全てが消し飛んだ。


















遥か彼方、普通に見ていては霞むほどの距離にある人々の営み、石造りの城とその前にある町。

それら総てが、空から掻き集めた風の一撃によってまるで元からなかったかのように消滅した。



かくて予言は相成った。

わずかな瓦礫の痕どころか、地面ごと抉れたように完全に消し飛んだ城のあった更地を涙の乾いた瞳でしばらく眺め、リルフィスはその地を後にした。


まずは、こんないきなり思い出したかのように現れた(ように見える)作者の話を読んで下さった方、ありがとうございます。


えー…ここから旅立ちのような去り際にひょっとするとお気づきの方もおられるかもしれませんが、学生時代に考えた『ぼくのかんがえたさいきょうのキャラクター』の過去話になります。我ながら酷い所からネタを引っ張ったものだと…(汗)。

彼がどうするのかまでは細かくは考えが及んでおらず、この先描くかも怪しいのですが…にも拘らず投稿したのは慣らしに短編をと言う以外に、題のようなものがあったからです。


それは…『誰が悪かったのか』。


事務的に悪事を行った者を悪いと言うか、全てを台無しにした者を悪いと言うか、そもそも予言なんてするべきではなかったのか…何をどうしても滅んだのか。

優しい想いや強い想いがあっても、『誰一人に悪意が無くても』起きるろくでもない事象はある。

けれどそれは、逆に言えばろくでもない事にも『責められる悪い人』がいない可能性があると言うことでもあります。


『こいつのせいで-』と思う何かがあった時に、この話が悲しいと思われたのなら、少しその人の位置で起きている事の可能性についても考える余地が出来るんじゃ無いかと…そうなれば、無意味に責められたり怒られたりする人が減るんじゃないかなー…と、連日テレビや近所で無意味に叩かれすぎてる人や事柄を見ていて思い、あえてこのバッドエンドとなりました。

普通に悪い人もいますし、何を良い事としているかによっても違ってくるので、『誰が悪かったのか』の結論があっさり出る人もいるのでしょうが、少し考える事で一つでもすれ違い勘違い考え違いによる必要なかった悲しいことが減ってくれたらと思う、駄々甘作者でした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いろいろと考えさせられる話でした。 [一言] 誰が悪かったかと言えば実行犯のバーグですね。私の中では。 魔法の知識があるのだから、しっかり状況を把握したうえで判断すべきではなかったでしょう…
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