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部活見学

 キーンコーンカーンコーン


「それじゃ、今日はこれまで」

「先生―、さよならー」

 終業のチャイムが鳴り、生徒たちは散り散りになっていく。

「拓耶ぁ、また明日な。あ、いちごちゃんも」

「おお、またな」

「なんだ? 友達同士なのに一緒に帰らんのか?」

 不思議そうな顔でいちごが聞いてきた。

「ああ、あいつは部活だよ。俺は部活入ってないからな。」

「ぶ、部活!? 部活かぁ!」

 何故かいちごは目を輝かせている。

 ちなみに俺が部活に入っていないのは、沙耶と二人暮らしだからだ。いや、今は三人暮らしだが……。沙耶を一人で留守番させておくのも心配だし、

 同じような理由で沙耶も部活には入ってないが、それは少し胸が痛んでいた。楽しそうに笑い、一生懸命汗を流し活動する皆を横目に、沙耶はいつも俺の晩飯を作るために早く帰宅している。友達との絆だって、部活を通して深まっていったりするものだろう。

 俺の世話が原因であいつは寂しい思いをしているんじゃないか?

 そう思い、あいつに「別に俺の世話を焼く必要はないぞ」と言ったこともあるが、「好きでやってるから」と返された。本音かどうかわからなかったが、あいつには自分の好きなことをやってほしい。


「貴様はなんで部活入ってないんだ?」

 そう聞いてくるいちごに「数行前から読め」、と言いたかったが、事情を話してやった。

 それに対するこいつの答えはこうだった。


「貴様は馬鹿か?」


 何で罵られてんだ、俺?

「貴様がそうやってあいつに気を遣うから、あいつもお前に気を遣うのだ。これだからロリコンはぶつぶつ」

 脳天に何かが直撃する音がした。

 こいつは、監視官というだけあって、本当によく見てるんだな。人の気持ちを。俺のことをロリコンというのあアレだけど、素直に感心した。

 俺もこいつを見習わなきゃな。

「そうか、そうだな。確かにお前の言う通りかもしれないな」

「え? な、なんだ気持ち悪いな、貴様がそんな素直に……」

 いちごは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

「ところで、部活興味あるのか?」

「な、べ、別に、興味、とか、ある、ある、わけ……」

「さっき部活って聞いた時、顔を輝かせてたじゃないか」

「あ、あれはだな……その、部活とか、見たことないし……」

 ふと、俺は昼休みのこいつの暗い顔を思い出した。

「それじゃ、見学でもするか?」

「え、いいのか!?」

 顔を輝かせ、こちらに迫ってくるいちご。こいつは本当に表情がコロコロ動くやつだ。

「いいよ、行こうか」

 そうして、俺といとごは色々な部活動を見てまわることになった。



 まずは校舎内の部活を見学する。

 吹奏楽部、美術部、合唱部、書道部、料理部、落語研究会、漫画研究会、etc.

 この学校は特に珍しい部活があるわけでも、何かに特別力を入れているわけでもない。良くも悪くも普通の学校だった。

 それでもいちごは、ひとうひとつに目を輝かせ、まるでサーカスでも見ている子供のようにはしゃいでいた。あれやこれやと質問してくるので、その度に俺が答えてやったり、部活の人に聞いたりしたが、それはそれで楽しかった。小さい妹を遊びに連れてきてやってる感覚だ。

 まぁ、ちょっと周囲の視線は痛かったけど……


 そして、南校舎の3階を歩いているとき、ある小さな部屋の一室からわずかに声が漏れていた。

「ここは何の部活なんだ?」

「なんだろうな? ちょっと開けづらい雰囲気だな」

 なんだか揉めているようだった。微かに「事件」だとか物騒な単語が飛び交っているように聞こえる。

「まぁ、ここはいいんじゃないか? 運動部の方見に行こうぜ。悠も――」


 ガラッ


 急に戸が開いた。

 黒髪を両サイドで束ねていて、メガネをかけている美少女。クセっ毛なのか、毛先はくるんと内側に巻いている。リボンの色からすると3年生のようだ。

 どこか幼さを感じさせる大きな瞳と視線がぶつかる。そして、彼女は続いて俺の隣にいる小学生へと視線を移していく。

「いたーーーーーーーーーーーーー!!!」

 思わず耳を塞いでしまうほどの大音量で彼女は叫んだ。

 そして、俺といちごの手首をがっしりと掴み、こう言った。

「ターゲット、確保!」

 俺たちはそのままズルズルと部屋の中へ連れ込まれていった。



 部屋の中には生徒が3名。

「あれ? 部長、その人たちは……」

 いかにも優男という雰囲気の細身の男子生徒。ネクタイの色からすると3年だ。

「さっすが部長! もう捕まえてくるなんてやり手っす!」

 元気いっぱいの彼女は動きやすそうなショートカットで、アホ毛が一本頭頂部から伸びている。1年生のようだ。

「不潔」

 なんだか俺の方を睨んで、超失礼な言葉を発したのは、ロングヘアーで吊り目の女の子。和服が似合いそうな美人顔だ。彼女は2年生だろう。

「いや~、やっぱり超一流ジャーナリストのもとには事件の方からやってくるってね。困っちゃうな~」

 部長と呼ばれている。このメガネの先輩が頭をわさわさと掻き、照れる。

 とても嫌な予感しかしない。この話の流れから、バカでも現在の状況と、これからの展開が読めるのではないだろうか。

「失礼します」

 俺が即座に部屋から出ようとすると、ちっこい身体でショートカットの女の子に通せんぼされた。身長だけならいちごと大して変わらない。

「おっと! 逃がさないっすよ!」

 バスケのディフェンスをするように両腕を上下に動かして左右に跳ねている。

「座れ」

 妙な威圧感で和服の似合いそうな美人で命令される。

 強行突破もできそうだが、そんなことしたら後々何て書かれるかわかったもんじゃない。

 そう、机の上の原稿や資料、壁に貼ってある紙面を見て確信した。

ここは新聞部。

「すみません、強引で。でも、ちょっとだけお付き合い願えますか?」

 優男がわざわざ俺たちの椅子を引いてくれる。

 いちごの奴も初対面の相手ばかりだからか、借りてきた猫のように縮こまっていた。ここは大人しく従っておくしかないようだ。俺たちはその椅子に嫌々腰掛けるしかなった。



「さて、単刀直入に言おう」

 向かいに座った部長さんが人差し指を立て、こちらに向かって言う。

「君たちを密着取材させてほしい」

 ……まぁ、こうなるよな。

「国を挙げて取り組まれている『ロリコン特別対策法』。多くの税金をそこに注ぎ込み、この間初の逮捕者が出た。現在、全国で何百、何千という数のロリコン犯罪者が捜査官によって監視されていると噂があるが、正式には発表されていない。我々の身近でもまだ確認されていない。しかし! この学校から初の被疑者が出たというじゃないか!」

 彼女はこちらの様子を窺うこともなく、長々と語っている。

「そこで! 君たちを取材することで! その法律の是非を問いたいのだ! 法律に踊らされるのではなく! 法律を見極めることこそジャーナリストの務め!」

 そんなもの、たまったもんじゃない。今の状態でさえ周囲の視線が冷たいのに、これ以上晒し者にされてたまるか。

 とは言うものの、どうやって断ればいいのか……

「いいだろう」

 と、俺が頭を悩ませていると、こともあろうか、いちごは一言で了承しやがった。

「ちょ! お前なぁ!」

「何を慌てている。私たちは何もやましいことなどしていない。まぁ、貴様はやましいことをしたのだが……」

「ばっ……! やましいことなんて……!」

「裸を見ただろーがっ!」

「あれは事故だってお前も認めたじゃねーか!」

「うるさい! 黙れ!! 変態!!! ロリコン!!! クズ!!!!」

「ぐっ……!」

 こうやってただの悪口で返されると反論できない。まさか小学生相手に同じ土俵で言い合いをするわけにもいかないだろう。

「……はっ、あはっ、あっはっはっはっは!」

 突如、部長さんが大語で笑い出した。

 しまった、つい状況を忘れていつもの調子でやっちまった。

「いいね、君たち。取材も楽しくなりそうだ」

「愚か」

「なんか捜査官と犯罪者ってより、兄妹って感じっすね~」

「ちょっと微笑ましいね」

 皆、好き好きな感想を言ってのける。

「貴様は更正しようとしているのだろう? その様子を皆に知ってもらうのは、貴様にとってもいいことなのではないか?」

 ……そうか、確かにそうかもしれない。

 俺がロリコンであり、犯罪者であるという濡れ衣はもうどうしようもない。それならば、普段の俺を見てもらって、少しでも俺が正常であるという証拠になれば、周りの目も変わっていくかもしれないな。

「……わかった。取材を受けよう」

「決まりだね! アタシはここの部長であり、超一流ジャーナリストの日下部那南くさかべななん。大丈夫、アタシは真実しか書かないから」

「副部長の森文成もりふみなりです。これから、よろしくお願いします」

「……阿久比千種あぐいちくさ

「自分、若林鈴わかばやしすずっす!」

「皆藤拓耶だ」

「ロリコン特別対策法特殊捜査官のスウィートストロベリーだ。いちごでいい」

「よろしく、皆藤くん、いちごくん」

 日下部先輩は俺たちの前に両手を差し出した。

「よろしくお願いします」

 俺といちごはそれぞれの手で、先輩と握手を交わした。

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