小学生と高校生
遂にこの時が来てしまった。
「クラスの者たちには、既に担任から話されているはずだ」
今はHRの時間。俺といちごは教室のすぐ外にいた。
俺は転校したことないからわからないが、転校生というのはこんな気分なんだろうか。いや、もっと期待に胸が膨らんでいるに違いない。新しい環境、友人、胸に期待と不安を膨らませて、この戸を開けるのだ。
俺には不安しかない
「行くぞ」
俺の気持ちなどお構いなしに、いちごはその戸を勢いよく開けた。
「出た、ロリコンだ」「あんな小さい子を襲ったの!?」
教卓の前に立つ俺たちに、皆好き好きにひそひそ話をしていた。
「おまえら、静かにしろ!」
担任の一喝が生徒たちを静めさせる。
「確かに皆藤は罪を犯したが、それを償うために今がんばっているんだ。今まで同様仲良くするように」
罪なんて犯してないんだけど、ともう何度目になるかわからないツッコミを心の中で入れる。
「皆藤拓耶の監視を担当する、スウィートストロベリーだ。呼ぶときはいちごでいい。」
小学生が高校生に向かって、尊大な自己紹介をしている。
しかし、こいつ何気にいちごって呼び方、気に入ってやがるな。
「じゃあ、スウィートストロベリーさんは皆藤の後ろの席に」
「うむ」
俺たちは自分たちの席につく。
って、こいつの席まであるのかよ!? 小学生が高校の授業受けんの!?
つーか、こいつ小学校とか行かなくていいのかよ!?
次々と疑問が頭の中に出てくる。しかし、今はそれを聞く雰囲気ではない。
「それじゃ、HRは終わりだ。一時間目の準備をしておけよー」
そう言って担任は教室を出て行った。
「かわいいー」「ねぇ、いちごちゃんって何歳なの」
「じゅ、10歳だ」
「えーかわいいー、妹にしたーい」
いちごは休み時間に大勢の女子たちに囲まれていた。すっかり溶け込んでやがる。
俺はというと、ひとりぼっちだった。
皆、どうやって接したらいいかわからないのだろう。チラチラと視線は感じるが、話しかけてくる奴はいない。授業の支度をさっさと済ませ、ぼーっと外を眺めていた。
「あー……、拓耶」
そんな中、俺に話しかけてきた勇士が現れた。
こいつの名前は桐嶋悠。1年の時から同じクラスで、出席番号が近いこともあって、一番最初に仲良くなった。それ以来、一緒に遊んだりするようになった、いわゆる親友である。
「お前、俺には正直に話してくれればよかったのに」
「何をだよ」
「ロリコンだって」
違う! と、否定したかったが、それをいちごに聞かれたら、またどんな罵倒をされるかわかったもんじゃない。だから俺は適当に答える。
「ああ、悪かった。でも、引かれると思ったからさ」
「別に引かねーよ。そりゃあ、小学生が相手ってのはちょっとあれだけど……そういうのはひとりで溜め込むから抑えきれなくなるんだよ」
悠はいいやつだ。こうやって友達の心配をしてくれる。思いやって、相談になってくれる。だからこそ、今はその優しさが痛かった。
キーンコーンカーンコーン
「それじゃ、授業始めるぞー」
チャイムと同時に国語の先生が入ってくると、生徒たちはそれぞれの席へと散っていった。
なんだかんだで昼休みになった。
俺は今朝、沙耶が作ってくれた弁当を鞄から取り出す。
「拓耶ぁ、一緒に飯食おうぜ」
悠がコンビニの袋を持って、俺に近付いてきた。悠はいつも学校に来る時に、コンビニで昼飯を買ってくる。父子家庭で、朝弁当を作ってくれる人がいないからだ。
「いちごちゃん、一緒にご飯食べよ」「あ、ずるい~、私も~」
数人の女子がいちごに声をかけた。
「あ、えっと……」
いちごは戸惑っているようだった。休み時間の度に女子たちの質問攻めにあっていた彼女だったが、どうも打ち解ける様子がない。俺や沙耶に対する遠慮のない態度は鳴りを潜めていた。
「あー、悠わりぃ。今日は他のやつと食べてくれ。いちご、俺と一緒に食おうぜ」
そう言って俺はいちごの手を取って、歩き出す。
「ちょ、クズ! 何をする!」
口ではそう言いながらも、割と素直に俺に従ってついてくる。背中越しにクラスの女子たちの罵声が聞こえたが、気にせずそのまま教室を出た。
「もういい! 離せ!」
教室を出てしばらく歩き、渡り廊下まで行ったところで俺の手を振り払ういちご。その行動にもいつもの力強さは感じられなかった。
「お前どうしたんだよ、元気ないじゃないか」
「なっ……!」
俺に悟られていたことに驚いたのだろう。そう言われると彼女は押し黙り、うつむいた。
まったく、誰でも気付くっつーの。
「せっかく女子たちが話しかけてくれてるのに、クラスに溶け込むチャンスじゃないか」
「べ、別に私は馴れ合うためにいるわけではない。お前を監視するためにいるのだ」
そんな風に強がっても、いちごの表情はやはり暗かった。
しかし、よくよく考えると無理もないか。小学生がいきなり高校生と仲良くできるわけがない。しかも女子たちは純粋に仲良くしたい感じではなく、奇異の目で彼女を見ていたのだ。
小学生でありがなら、捜査官。ロリコンの被害にあった女の子。格好の噂の種だ。
俺はふと疑問に思っていたことを彼女にぶつけた。
「なぁ、なんでお前は捜査官になったんだ? 小学校には通ってなかったのか?」
そう聞かれると、彼女は俺の目を見た。その目は微妙に涙ぐんでいる、気がした。
「私は……私は、独りだから……」
「独り?」
その問いの答えはグーパンだった。
「ぃでぇっ!」
俺はたまらず仰け反る。
「ええい! 貴様に話すことなど何もないわ! クズのくせに生意気だぞ!」
顎をさすりながら、俺は安堵の溜め息をついた。
「やれやれ、やっといつものいちごに戻ったな」
俺がそう言って微笑むと、彼女の頬は一気に紅潮した。
「なっ、なっ……」
「お前に元気が戻るなら、まぁ、俺はいくらでも殴られてやるよ」
そうじゃないと、こっちも調子が狂うからな。
って、別にMじゃないからな。
ビビビビビビビビビッ!
「あががががががががっ!」
殴られる代わりに電流が俺を襲った。殴られる方が遥かにマシである。
「あ、ありがと……」
「え? なんだって?」
電流の痛みで倒れこんだ俺に、彼女の囁いた言葉は聞こえなかった。
俺は起き上がり、もじもじしてる彼女の肩をたたく。
「さぁ、昼休みが終わる前に昼飯食べようぜ。せっかく沙耶がお前の分も作ってくれたんだからな」
「弁当なら教室だ」
「な、なんで持ってきてないんだよ!」
「知るか! 貴様がいきなり連れ出したからだろう!」
渡り廊下で大声で言い合う俺たちの周りに次第にギャラリーが集まってきた。
「何、あれ?」「なんで子供がいるんだ?」「あれ事案じゃね?」
やばい。俺がロリコン(濡れ衣)で罰を受けていることを、まだほとんどの生徒は知らない。このままだといずれ知れ渡ってしまうのかもしれないが、この光景だと俺が小学生の女の子を怒鳴っているようにしか見えないだろう。何しろ、誰もこいつの本性を知らないわけだし……
「ほら、弁当なら俺の分やるから、穴場スポットがあるんだぜ」
「ちょ、ちょっと待て……!」
俺はいちごの手を引いて、そそくさとその場を後にした。